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第七話 絵画強奪

 横浜中区元町午前二時。

 貴金属取扱店『ナンダロウナ』の前に金属製の重そうなハンマーを握りしめ目出し帽を被った四人の黒い集団が集まっていた。

 一人があたりを警戒するように見回した。

「いないぞ、やるなら未だ」

 一人の男が無言で厳重に施錠しているドアノブをハンマーで叩き潰し、もう一人がドアを叩き壊した。

 甲高い音とともに警報機が店内に鳴り響く。――が、お構い無しに店内になだれ込み、店の奥にある金庫に殺到した。

「あと十分で警備会社がとんでくるっ、ぶっ壊せっ」

 金庫を取り囲み狂気を含んだ目の強盗連中がハンマーで力任せに交互にぶっ叩く。一抱えもある如何にも頑丈な金庫でもひとたまりもなかった。徐々にひしゃげ、中身が露出した。

「あと三分しかないぞっ。そのインゴット、取り出せるだけ取り出せっ」

 ハンマーを手放した強盗集団はインゴットを掻き出す。

 強盗集団は路地裏に用意してあったワゴン車に次々と飛び乗り、タイヤから白煙を上げながら急発進する。車内で次々と目出し帽をかなぐり捨てる。

 同時に警備会社の青色灯とすれ違う。

 その車両を横目で見た主犯格と乏しき男が、ふう、とため息を漏らすと懐から携帯を取り出した。

「旦那の言う通り、お宝、手に入れましたぜ。今、警備会社の車とすれ違いましたぜ」

 くぐもった男の声が聞こえた。

「予定通りだ。あとは安全運転でこっちにもってこい。いいな、覆面には気をつけろ」

 通話が切れると運転手に伝える。

「安全運転でもってこいってよ」

 後ろから不満そうな声が届く。

「いくらやつが俺達の弱みを握っているたってなあ、汚い仕事は俺達で自分はぬくぬくしてんだからよ」

 主犯格と目される男がぶっきらぼうに答えた。

「へっ、旦那の言うことじゃ国外逃亡を手助けしてやるってことよ。ま、信用するしかないだろ」

「どうする、相棒。首都高に入るか?」

 運転手の問いかけにやはり主犯格の男が返事をする。

「いやあ、銀座には下道で行く。ここまで来れば安全運転だ」



 午前四時

 宝来警察署に緊急対策室が置かれ、呼び出された副署長の加藤が訓示する。

「ムラセ捜査一課長、対策本部長に任命する。各班はムラセ指示のもと鑑識と合同で捜査せよ」

 重伝と神崎もその中にいた。

「簡宿の殺人事件が終わったばかりなのに、また事件ですか……」

 眠い目を擦るかのように神崎が言う。

「人的被害がないだけまだ良いんじゃない」とやはり眠気を払うような重伝だ。

「でも最近所轄管内での事案がこうも続くと」

「愚痴ってもしょうがないよ」

「重伝刑事、タフですね」

「タフじゃなけりゃ、やってられないよ」


 さらに午前六時KHKニュース、Aiアナウンサーが喋る。

「午前二時頃横浜元町商店街の貴金属取扱店に強盗が押し入り貴金属が盗まれました。神奈川県警宝来警察署に対策本部がおかれ犯人の行方を追っています」

 宝来警察広報室では数人の記者が屯している。

「お待たせ」

 そういいながら広報課の女刑事が出てきた。

「カオリ刑事さん、おはようございます」

 記者達が口々に挨拶をし、椅子に座る。「で、どんな状況です?」

 記者たちは胸に録音機、手には小型通信機器を持っている。

「ナンダロウナ貴金属店から強奪されたのは純金インゴット数個。重さにして約四キロです」

「四キロですか――被害金額はいかほどで?」

「まあ、約二億円といったところでしょう」

「手口は?」

「鑑識によれば金庫の扉を破壊して盗み出しました」

「ってことは相当荒っぽい手口ですねえ。警察としてはプロ集団と見ますかね?」

「まだそこまではね、現場には破壊に使ったと思われるハンマーが四本。指紋検出せず、です」

「防カメは?」

「解析中です」

 なんともぬるそうなやり取りが続いていたが、敏腕記者たちにはそれで十分記事ができるのだ。




 冷たい雨がそぼ降る銀座の画廊のギャラリー白鷺。

「ここか」

 オンボロライトバンから出てきた杉田は背広を頭越しに広げギャラリーに入った。

「おお、(ちめ)てえなあ」

 杉田は身震いした。

「いくらなんでも傘がないのは見苦しいよ、社長」

 同じく背広を傘代わりにしている和道にギャラリーのガラス扉を開けながら杉田は言う。

「いいじゃねえかこちとら貧乏会社なんだからよ。……ごめんください、スケロク商事でございます」

 ギャラリー白鷺に入ると畏まった姿勢で女性が出迎えた。銀座のギャラリーと言うだけに大小さまざまな優雅な絵画が二人を出迎える。しかし人っ子ひとりいず、がらんとしたギャラリーだった。

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

 手を広げた女が応接室を案内した。白壁に包まれこじんまりとした応接間だが落ち着いた雰囲気が誠に銀座にふさわしい。

 二人はキョロキョロとあたりを見回す。

 展示されているのは大層立派な額縁に一抱えもある大きな絵が一枚。草原に小鳥が飛び交い少女一人が物憂げにそれを見つめている拍子抜けするほど地味な絵が展示されている。美術には疎い杉田であるが、どう見ても幼稚な絵に感じた。

「代表が来ますのでお待ち下さい」

 女はソファに腰掛けた二人の前にお茶を差し出す。

「商談ですのでお茶は結構」

 杉田が言うまもなく白いスーツを着た細身の二十代を思わせる若い男が出迎えた。

「はじめまして」

 三人は交互に名刺を交わした。受け取った名刺には「白鷺画廊 代表 白鷺當真」とある。

「では、さっそくですが我が社に依頼とは」

 座った画廊は後方の絵を指し示した。

「この絵を山梨古代美術館に輸送してほしいのです」

 杉田と和道は目を凝らしながら展示してある絵をながめた。やはり幼稚で雑な絵としか映らない。

「ダレン・ダーカという画家をご存知ですか」

「美術には疎くて……」

 杉田は頭をかく。

 白鷺画廊が説明をする。

「これはダレン・ダーカの『小鳥と少女』という絵です。ダレン・ダーカは十九世紀最大の画家の一人です。貧乏な画家でしたが、描き続けることにより晩年には執念の画家と称され、ヨーロッパ全土に評価が上がりました」

白鷺は一呼吸おいたあと続けた。

「特に話題になったのがこの曲線美、小鳥と少女の対比、日の光とのコントラスト、見事な絵画です」

 そう言われてもピンとこない二人は「はあ」と答えるだけだった。

「そのような重要な絵なら専門の美術輸送業者に頼まれるのでは?」

 杉田の問いかけに画商は首を振る。

「専門業者に依頼をしましたが、途方もない金額を提示されましてね。お恥ずかしい話ですが銀座の一等地に画廊を構えることは金銭がかかります。なんとか展示販売にこぎつけていますが、実情は火の車です。打開するためこの絵を各美術館に打診しまして、このほど山梨国立古代美術館が買い取っていただくことになりました」

「そうですか。参考までにお尋ねしたいのですが、いくらぐらいで?」

 白鷺はこともなげに言う。

「二億円です」

 どう見ても幼稚な絵に二億円とは。和道はその金額に驚いた。

「そんな絵画を弊社に委託するとは、ちょっと引き受けかねます。もし万が一のことが起きたら二億なんて払えません。誠に残念ではございますが、この取引は無かったことで」

 席を立とうとして腰を浮かした二人に細身の男は立ち上がり直立不動で懇願した。

「画廊から運ぶにも車も人員もいません。お願い致します。なんでも引き受けるスケロク商事さんと聞いております」

 杉田は困惑した。

「そうはおっしゃられてもね、困ります。損害でも発生すればとてもではありませんが、弊社では支払い出来ませんよ。ではここで――」

 何故か白鳥は必死の形相をしていた。

「見積もりの三倍は支払います。保険をかけますので、たとえ事故が起きたとしても大丈夫です」

 三倍、と言う言葉に杉田の心が揺らいだ。二人は座り直す。

「そうですか。弊社は見積もりを提出して御納得後取り掛かるシステムです」

 白鷺はコクンと頭を下げた。

「存じております。御社のホームページを見たからこそお願いするのです。それに何でも引き受けますと言うフレーズが心に響きました。更に失敗したら代金はいただかない、と言う姿勢が潔さを物語っています」

 白鷺は続けた。

「数ある何でも屋さんから御社にお願いしたいと思いましてお呼びだてしたのです。それに……何でもするのでしょう?」

 そう言われた杉田はちょっと困った顔をしたが和道に命令をした。

「和道君見積もり頼む。白鷺様これからいくつか質問をします」

「この場で?」

 訝しそうな顔をした白鷺だが杉田の問いに答え始めた。

 その答えを元にノートパソコンのキーを叩き、あっという間に印刷した。

 和道から受け取った見積書を間違いないか一読して、白鷺に渡した。

 白鷺は見積書を机の上に置くと一言。

「見積もりの四倍、お支払いしましょう」


 結局、白鳥に押し切られ杉田は契約書を交わすことになった。


 雨がみぞれに変わった午後三時。

 ワイパーを動かしながら雨の中、帰社するスケロク二号車を運転している和道に言った。

「見積もりの四倍の契約を交わしたがなあ、なにかおかしいよなぁ?」

 和道も答えた。

「そうだ、二億もする絵を便利屋に託すこと自体不自然だよ、社長」

「なにか裏がありそうな気がしてきたぞ。和道、帰社したら調べようぜ」

 和道は口をへの字に曲げる。

「画商を調べるのかね、社長。しかし明日午前八時にはここに来ないとならん。人選もあるし輸送や重要な絵画、など説明もせにゃならん。時間がないぞ」

「まあそうなんだがね」

 そういいながら杉田の頭脳はぐるぐると回転した。



 昨日の破天荒が嘘のような晴れ渡った午前八時すぎ。

 人相風体の怪しげな作業服をきた二人が車から降りてくるのを画廊が見て、ちょっと驚いた風だが「これです」と画廊と女が大事そうに絵画をもってきた。

 たしかにサングラスを掛けもしゃもしゃ頭の祖父江と、人相風体の怪しげな伊東のコンビではそう思われても仕方ない。

「剥き出し?」と伊東は訝った。

 絵を抱え込むと妙な重量感を感じた二人だった。

「すぐ展示する都合上これでお願いします。ただくれぐれも粗相のないように慎重に運んでください」

 画廊はそう言うが祖父江は首を振る。

「そう言われてもナア、社長から説明を聞いてんだ。こいつで運ぶんだし、あちこちぶつけるかもしんねえ。社に戻って厳重に梱包してから運ぶぜ」

「いや、そこまでしなくても結構です」

 おもむろにサングラスを取り凄む祖父江。

「高価な絵なんだろっ。壊すわけにはいかねえだろがよ、こっちのクビがすっ飛んじまわあ」

 祖父江の迫力に白鷺が言う。

「そうですか。分かりました。そうしてください。先様に連絡を入れ都合がありますので運ぶときにご一報いただきたい」

「わかった」

 ポンコツライトバンに乗せると二人はその場を離れた。

 角を曲がったライトバンを見送った白鷺は呟いた。

『スケロク商事はやくざ者を雇ってんのか? ……だが計画は計画だ、実行に移すまでだ』


 スケロク商事事務所。

「何これ」

 絵を見た管弦は開口一番、呆れた顔をした。「ガキの落書きじゃん」

 越狩が言う。

「なんてこと、言うでやんすか。飛び交う小鳥を見つめる少女。この芸術性は唯一無二でやんすよ」

「お、越狩はわかるのかね」

 和道の声に越狩はえへへというように頭を掻いた。

「どこが芸術がさっぱりでやんす」

「テメー」と憤する管弦。

「姉御に逆らっちゃあいけやあせんぜ」と的場。

 和道は説明をした。

「たしかにダレン・ダーカは十九世紀に活躍したイタリアの画家だ。画商が言ったようにかなり貧乏で生活費を稼ぐため、顧客の求めに応じ絵の他に彫刻や宗教画も書いていたようだがね、ただこの絵に関しては、美術書やカタログ絵画にも存在がないのだよ」

 杉田は腰を折りしげしげと絵を眺める。

「十九世紀といやあ、緻密な油絵が多いんじゃないのかい。わからんけど。それをこんな抽象画と言うかなんと言うか、当時としちゃあ斬新なのかな」

 眺めているうちに杉田は左下にかすれて読めないサインのような筆跡を見つけた。

「和道、ここにサインらしきものがあるぞ。ネットで本物かどうか探ってくれないか」

「わかった」

 和道自慢のパソコンにカメラを接続し人工知能と会話し始めた。

「ごきげんようHAL9000」

 自作パソコンに問いかける和道に杉田はちょっと驚いた。

「ちょっと待てよ和道、一体誰と話してんだ?」

 和道は杉田にウィンクした。

「これは私専用の人工知能だよ」

 杉田は呆れた顔をする。

「いつの間にこんなもの作ったんだよ」

「説明は後回し。HAL9000、君に質問する。ここに書かれているサインを読み取り本物かどうか判定してくれ」

 HAL9000と呼ばれた人工知能が快活に返事をした。

『了解です博士。もっと近づけてください……筆致、顔料の経年劣化、総合的に判断しますとダレン・ダーカの直筆である確率は九〇%以上です』

「本物かね」

『間違いないです、博士』

 杉田は言う。

「絵の題名とか年代とか訪ねてくれないか」

 和道の問いかけに人工知能は数十秒沈黙した。

「壊れたかんでやんすか?」と越狩。

 和道はフフン、と鼻で笑う。

「これはダークサイドから広く人材をかき集めて作り上げた人工知能だよ、そんなことはない」

 更に数秒間沈黙し出た答えがこれだった。

『確認できません博士。過去の事例を調べましたが不明です』

 和道は絵の題名を言う。

「相手が言うにはダレン・ダーカの小鳥と少女と言う絵だそうだ」

 するとHAL9000は雄弁に語り始めた。

『お待ち下さい博士、それは重要なヒントです。――自分の娘を描いたという記録が見つかりました。誰のためでもなく自分のために描いた、と。売る気もなく誰にも渡さなかったと記録があります。カタログにもないわけです。ただ……』

「ただ、なんだね、HAL9000」と和道。

『小鳥と少女、ではありません、戯れの少女、です』

「小鳥と少女ではないのか」

『戯れの少女で間違いないです、博士。イタリアの美術館に一時、所蔵されていた記録が見つかりました。ただ第二次戦争の混乱期に行方不明になっています。戦争で消失した可能性八十%』

 やり取りを聞いている杉田は和道に言う。

「これから絵を見せるのでこれがそうか判定してほしい」

 寄せたり引いたり人工知能が要求する。

「どうだ、なにかわかったかね」

『これだけでは戯れの少女か判定不能です。それにダレン・ダーカの贋作は多く出回っています。有名な贋作としてあげられるのはフランスの贋作家フランソワ・シモネータ。彼女の贋作は――』

 和道を押しのけるよう杉田はぐいっと顔を出した。和道は迷惑そうに眉間にシワを寄せたが杉田は気にもかけない。

「随分雄弁に語ってくれるじゃねえかよ。じゃあ聞くけどな、もしこれがダレン・ダーカ本人が描いたとしたらどうなんだよ?」

『博士のご友人ですね。はじめまして。本人直筆で、しかも戯れの少女と確定されたら今世紀の大発見です』

「二億と言われたぜ」

 杉田の言葉にHAL9000は否定的な言い方をした。

『もし本物なら、その金額では安すぎです。二十倍から四十倍、あるいはそれ以上の価格で取引されます。そしてこれが本物と認定されたらば幻の名画発見さる、となり世界美術界は衝撃を受けます。これを公表しますと世界中の美術家や好事家が押し寄せます。強奪される可能性もあり博士の身に危険が及びます。任せていただければ、これからの対応策を提案しますよ』

「わかった、取り敢えずこの話はここまでにしよう。HAL9000ご苦労さま」

『承知しました博士』

 以後HAL9000は沈黙した。

「和道君よ、いつから博士になったんだ?」

 和道は頭を掻いた。

「開発中ちょっといい気分になったのものでね」

「君の給料じゃ、開発なんて出来ないだろ?」

「アイデアは私が出したが、商用化して高額な料金を取る人工知能開発に反発する勢力がダーク世界には一定数いるのだよ。私はそれを利用したまでだ」

 それを聴いた杉田はニヤッとした。

「さすが世界中の金庫破り」

 和道は大きく手を横に降る。

「やめてくれないかな社長。それは過去の話だ」

 口を尖らす和道だがそれとは別に管弦は目を丸くしていた。

「こんな落書きが数億円もするんかさ? これだからゲージュツってやつは~」

 杉田は憤る。

「あの画廊の野郎、俺達が無知なことをいいことにテキトーにいいやがって。それに本物かどうかわからないのに二億と言ったのもあの画廊商だ。白鷺が知らねえわけないだろう。どっちにしろ、何かあっちゃあたまんねえ。和道、こいつに位置情報発信機をつけろ」

「わかった」

 和道は絵画を持ち上げかけたが、意外と重いことに気がついた。

「そうなんですよ、ボス。受け取ったときに妙に重いと思ったんで」

「大きな絵とはいえ絵画自体重いはずはない」

 そう言われた杉田も近寄り額縁を触った。古びているがそれなりにガッチリ組み込んだ木製の厚みもある装飾額縁だ。

「妙に不釣り合いな額縁だ。やっぱ臭うぜ。額縁の重さだけではない。それに見ろ、意外と厚みもある。ケンジ、銀次、武春の三人で慎重にひっくり返せ。壊すなよ。壊しでもしたら二億なんて金、払えんからな」

 杉田の命令に祖父江が答えた。

「ひっくり返しました、ボス」

「よ~しその裏板を外してみよう」

「外すんでやんすか」

 怪訝そうな顔をする越狩に杉田はニヤッとした。

「もしかすると、お宝が眠ってるかもナァ……」

 八箇所の留め金をゆっくりと外す。興味津々に覗き込む管弦。

「金の延べ棒でも入っていたら、きゃ、ど~しよ~」

 嬉々とした管弦は頬を両手に当てた。

「何喜んでんだよ、瑠那。この絵にはなにか秘密が隠されているかもしれないんだぜ」

 冗談ともつかない杉田だ。

「良し、開けるぞ」

 ケンジの声にゆっくりと裏板を剥がすと――

 木枠の四隅に這わせるように光り輝く棒状の物体があった。一見すると木枠の補強材として設えてあるかのようだ。

「何だあこいつは……」

 呟く杉田だったがすぐに和道に命令した。

「和道、HAL9000で探ってくれ」

「そうだな」

 そういいながら和道はHAL9000の接続ポートにカメラを差し込んだ。

「悪いなHAL、これがなんだか正体を探ってくれるかな」

 和道はHAL9000を起動しカメラを『ひかり輝くもの』に近づけた。HAL9000は数秒で判定を下した。

『博士、純金です。どれもこれも相当な価値があります』

 HAL9000の合成音を聞いていた全員が驚いた。

「え?……あたし当てちゃったの……」と管弦。

 杉田の頭脳が回転する。そしてある一点に到着した。

「そうかそうなのか――」

「何がそうなのかね」

 和道の問いに杉田は事務所にいる全員を見回した。

「この落書きのような絵にはなんの価値はない。本当の価値はこいつだ。美術専門運搬業者に頼まず俺達に頼んだ理由もわかったぜ」

「専門業者に依頼しなかった理由は何かね、社長」

 和道以下杉田の言葉を待った。

「ガキの落書きに見えても高額な金額がついた絵だ。専門業者なら慎重に運びいれるルートを考える。温度や湿度に神経質になる。専用車両も必要だ。万が一の場合に備えボディガードだってつけだろう。専門業者の見積もりが高額なのはそれが理由だ。その点、いい加減に運び入れる何でも屋なら運び入れるだけで記録は曖昧さ。絵がひん曲がろうがどうでもいいんだ――額縁さえ無事ならな」

 更に杉田は付け加えた。

「強奪されてもみな。便利屋なら罪をなすりつけることなんざ、へじゃない。盗難事件扱いでもそれなりに時間がかかる。その間にこいつを売っぱらって二重取りでウハウハだ。あの画廊、とんでもない野郎だ」

「損害賠償って言ったってさ、二億も払えんじゃん。どうすんのさ」

 管弦の声に答える。

「もちろん二億なんて言われたら我が社は破産だ。君たちだって路頭に迷うぞ。それでいいのか?」

 ここで放り出されたら、と、全員は身震いした。前科者の集団が多い、スケロク商事だ。まともに雇い入れてくれる会社は皆無だろう。

「どうすりゃいいんでやんすか。ここが潰れたら行くあてもないでやんす」

 越狩の嘆きの声に、それまでじっと聴いていた盲目の黒川がいい出した。

「元町の貴金属店からインゴットが強奪された事件があったと記憶しております。目が見えないのでインゴットがなにか分かりかねますが、妙に符合するような匂いを感じます」

 黒川の言い分に杉田はハッとなった。

「それだっ。さすが、我が社自慢の盲目名探偵。白鷺と強盗団の関係はわからんが、きっと奴らはグルだぜ。わざわざ四倍払うってこのことか、畜生め」

「どうすんのかさ」

 管弦を見る杉田。

「あいつらに一泡かかせてやろうじゃないか。確か倉庫に鉛の塊があったな……」

 杉田は事務所の柱時計を見る。

「時間がかかりすぎたな。ケンジ、伊東、倉庫から鉛をもってこい。すり替えるんだ。出来上がり次第山梨古代美術館へ向かえ。俺達は次の作戦を練る」

「このインゴット、どうするかね、社長。売り払うかね」

「ばかいえ。こっちが犯罪者になっちまうじゃないかよ。当社の金庫に一時保管だ。これが盗まれたインゴットなら大事な証拠品になるんだぜ」



 二時間後、祖父江と伊東が載ったスケロク二号車が快晴の中、中央道目指して高速道路を飛ばしていた。

 伊東の懐から携帯電話の呼び鈴が響いた。声の主は杉田だ。

「画廊商から電話が入った。蕎麦屋の出前じゃないが、いま出た、と言っといた。どうやら順調に進んでいるな」

「んだ」

「こっちも動きは把握できている。到着は十三時ぐらいか」

「んだ」

「んだ、しか言わんのかよ」

「んだな」

「まあいい。何かあったら打ち合わせどおりにな」

「んだ」

 祖父江は伊東に聞く。

「なんだって?」

「話したどこに、しろってよ」

 サングラスを掛けた祖父江はハンドルを操作しながら言う。

「どうも銀次さんの訛はわからん。つまりボスは計画通りにしろってことか?」

「んだ」

 スケロク二号車のライトバンは東名高速から中央道に入った。

「遅い」

 腕を組んでいる伊東が呟く。

「これでもアクセル目いっぱい踏んでんだ」

 左車線を走っているスケロク二号車のエンジンは悲鳴を上げているが次々と追い抜かれ、さらに情けないことに新型軽自動車にも抜き去られていった。

 祖父江は毒づく。

「勘弁してくれよ」

 その時伊東はサイドミラーから付かず離れずしている黒い大型ワンボックスを見つけた。

「後ろ」

 伊東の声がけに祖父江はバックミラーを見つめた。

「付かず離れず、か。つけられてるようだな」

 杉田の計画を反芻した祖父江が伊東に念を押した。

「さすが、ボス。先読みは鋭いぜ。銀次さんよ、ボスの計画通り実行だ」

「んだな」

 呼吸を合わせるように伊東は返事をする。

 談合坂付近に差し掛かった時、黒のワンボックスカーが右車線に入り、スケロク二号車を追い抜いていった。そして突然、左車線に割り込みブレーキランプが灯った。

「危ねえっ」

 ハンドルを切る祖父江。同時に急ブレーキをかけた。

 悲鳴を上げたタイヤから白煙が風になびく。ぶつかる寸前、両車両は緊急車両路で停車する。

「危ねえぞっこの野郎っ」

 祖父江たちがドアを開け飛び出す。

 すると相手からも黒いマスクで口元を覆った全身黒尽くめの男四人が警棒を振り上げながら飛び出してきた。一人は明らかにスタンガンを持っている。

「なんだってんだ、この野郎っ」

 一人の男が威嚇するように吠えた。

「痛い目に遭わなけりゃ手を上げろっ」

 ざっと男たちを見回す祖父江。

『四人か……コイツラなら俺の喧嘩殺法で叩きのめせるが』

 そう思ったが打ち合わせ通り祖父江たちは素直に手を上げた。

 三人がスケロク二号車の後扉を跳ね上げ梱包された絵画に手をかけ引きずり出す。

「何しやがる。そのブツ、さわんなっ」

 叫ぶと祖父江は構えた。今にも襲いかかる殺気を感じる。

 祖父江の喧嘩殺法と知らない男はスタンガンを振り上げ威嚇する。

「妙な真似するな。これはいただいていく」

 厳重に梱包された「戯れの少女」が男の手によって素早く黒い車に載せ替えられ、祖父江たちを見張っていた男もじりじりと後退りしながら助手席に飛び込む。

 そして黒いワンボックスは白煙を上げながら急発進した。

 危機は去った。

 高速道路ではどの車もトラックも気にすることなく飛ばしまくっている。

「危ねえから乗り込もうぜ。携帯貸してくれ」

 黙って差し出す伊東。

「ボスの言ったとおりです」

 祖父江の報告に杉田は言う。

「絵は順調に進んでいるぜ」

「次は警察に連絡するんですか、ボス」

「ことを大きくせんとな」

「ボス、やっぱ警察は苦手で……」

 組事務所にいる時さんざお世話になり、スケロク商事の社員となった今でも、宝来警察など厄介になっている祖父江だ。これから先も厄介になるかもしれない。

 だが杉田の陽気そうな声が響いた。

「大丈夫だ。宝来警察署と山梨県警との連携できてる。今や君たちは善良な市民だ。ヒーローだ」

「ボス、おだてすぎですよ」

 その言葉に安心したかのように祖父江は答えた。


 祖父江から被害届が出された山梨県警はすぐに受理した。簡単な調書を取られただけで、すぐに開放され、なんだかあっけないな、と祖父江は思ったのだが伊東とともに帰路についた。


「ただいまけえりやした」

 くたびれた社長席の皮椅子をぐるりと回した杉田は二人を労う。

「ふたりともご苦労さん」

 事務所では全員が二人を待っていた。「おかえりなさい」

 妙な雰囲気を感じた二人だが祖父江には何となく杉田の顔が微笑んでいるように見えた。

「ボス、なにかおかしいことでも?」

「いやあ、俺の思う通りに進んでるのが面白くてな。盗まれた絵は山梨国立古代美術館じゃなく山梨県都留市の廃ホテル『ウンガロ』に運び込まれたぜ。そこでなにかしでかすに違いない」

 杉田は勢いよく立ち上がった。

「ケンジ、すまんが付き合え」

「ボス、どこへ?」

 杉田はウィンクする。

「小鳥と少女の絵を奪い返すんだ。四倍返しと行こうじゃないか、四倍返しとな」

 願成寺の運転でスケロク三号車が廃ホテル『ウンガロ』に向かった。オンボロワゴン後部座席に揺られながら、祖父江と的場、黒猫マギーを抱えた蔵前がのっている。全ては打ち合わせどおりなのだ。



 深夜、廃ホテル『ウンガロ』

 雲ひとつない天空に満月が煌々と光り輝き、廃ホテル『ウンガロ』を冷ややかに照らしている。

 梱包が解かれ剥き出しになった絵が机の上に立てかけられ、四人の男がスケロク商事から強奪した絵を前にして口々に言い放っている。

「こんなちゃちな絵に二億の価値あんのが信じられねえぜ」

 その時『ウンガロ』裏手の、かつては従業員出入り口前にスケロク商事がいた。

「的場」

 囁くような杉田の声に的場は頷く。作業員姿の的場が内ポケットから平べったい治具を取り出し、ドアの取手をこじいた。襲撃に備え祖父江はあたりを警戒する。

 カシャカシャとと深夜に響く音。

 空き巣家業が長かった的場には造作ないことだ。ましてや廃ホテル、鈍い音とともにドアが解錠され、ゆっくりと開けられた。

 ドアの隙間から蔵前がマギーのお尻を押す。

「マギー、アンタの出番よ。頑張って」

 蔵前の囁くような声に大きな首輪をつけたマギーは一瞬振り向いたが、何事もなくすっと入り込んでいった。



「なんだあ、ありゃあ、タヌキか」

 黒猫に気がついた一人が素っ頓狂な声を出した。

 その声に別の一人が一瞥した。

「猫だ」

 マギーは冷ややかに集団を見つめ、高い位置から香箱座りをしている。

「いつの間に? 気味悪いぜ、なんでこんなところにあんなデカイ黒猫がいるんだよ」

 廃墟と化しているホテルに黒猫。出来すぎた構図だ。今にも化け物が出てきそうな雰囲気に包まれる。

「壊れたガラス窓から入ってきたんだろうよ。まだ外は寒いからな」

「そうかあ。でもよお、改めてみると見ると、こんな幼稚な絵を奪えって白鷺は何思ってのか」

「その答えは私から話そう」

 破壊された玄関ドアからいきなり響いた声に窃盗集団は総毛立った。四人は腰から伸縮性にとんだ警棒に手をかけ身構えるが――。

 主犯格は安堵した。

「白鷺の旦那かよ、びっくりさせやがって」

 そこに現れたのは大きなカバンを肩から下げた白鷺とあの受付の女だ。

 安堵し警棒から手を離す四人組。

「化け物でも出たと思ったのか」

 窃盗団のかしらが言う。

「旦那、何でも屋から絵を奪え、って聴いたときは信じられなかったぜ。こんな絵になんの価値があるんだ?」

 白鷺は言う。

「素人な君たちだ、何故こんな手の込んだ芝居をした、と思うだろう? 君たちは奪ったインゴットをさっさと海外で売っちまえばいい、と思っているだろうが、そんな単純な話じゃない。アレだけ世間の耳目を集めたんだ。そのままじゃ手が後ろに回るだけだ。そこでひと芝居を打ったというわけだ」

 主犯格が言う。

「インゴットが金庫にあると言ったのもアンタだよな。それに金庫の位置も正確だった。なんでわかってたんだ? 分け前はどうなんだよ――この芝居の結末はどうなるんだ」

 暗い部屋の中だが、外部からの月明かりで白鷺が微笑んだのがわかった。

「ちょっとな、知り合いの知り合いからインゴットの所在がわかったのだよ。そこで数カ月かけて計画を練り込んだ。海外の展覧会に向けた絵画に忍び込ませての輸出名目ならバレることはない。貧乏画廊商としては完璧な計画だ。そしてこの芝居の結末はこれだ――」

 芝居がかった余韻を残し重そうなカバンを開けた。その中にはマシンガンが――。

「だ、旦那、なんの真似だよ」

 白鷺はマシンガンの筒先を四人組にあてる。

 予想もしない結末に四人は縮みあがった。

「生憎だが君に立ちには消えてもらう」

 主犯格の頭に血が上る。

「騙しやがったなっ、この野郎っ!」

 口々に喚く強盗団の前に白鷺は冷ややかだ。

「なんと思ってもいいさ、死ね」

 冷酷非道な白鷺の声が響く。と、その時――

「汚え手を使いやがってっ」

 突然、杉田の怒号が廃墟ホテル内に響き渡った。

「白鷺さんよ、見積もりの四倍返しをしてやっからよ」

 白鷺ほか強盗連中はどこから声がしたかわからず狼狽え、キョロキョロとあたりを見回した。

「誰だ、どこにいるっ?」

 マギーは香箱座りのままだ。実はマギーの首輪は和道がしこんだ超小型録音機と拡声器が組み込まれていたのだ。

 見回していた白鷺は黒猫を凝視した。

『……あれは?』

 その黒猫が言う。

「その女に額縁開けさせてみな」

 物騒なマシンガンを構えたまま女に顎をしゃくる。

 女は重そうな絵の裏の留め金をやっとの思いで外した。

 覗き込む白鷺。

「なんだコレはっ?」

「事務所倉庫にあった鉛だ。何かのときに使えると思ってたんだが、こんな風に使えるとはなあ……あっはっはっ」

 罵るかのように杉田の笑い声がこだまする。

 白鷺は完全に頭に血が上った。

「この化猫っ!」

 手にしていたマシンガンをマギーに狙いをつけた瞬間――「動くなっ、警察だっ」

 入口ドアや的場が解錠した裏手の従業員出入り口から警棒を振りかざし盾で防御する多数の警察官がなだれ込んできた。

「抵抗は無駄だ、手を上げろっ」

 山梨県警第一機動部隊部隊長の緊迫した声が轟く。

「横浜元町貴金属店からインゴットを強奪した容疑で全員を逮捕する!」

 観念したかのように黒い集団と女が為すすべもなく両手を上げた。同時に白鷺の腕からマシンガンが滑り落ちた。

 この騒動の中、いつの間にか黒猫は消えていた――。



 早朝宝来警察署対策本部室。

「これがホテルウンガロでの音声記録だ」

 そういいながら杉田は加藤の前に録音を再生する。

 マギーが大人しく香箱座りをしていた理由はこれだった。

「それにこれだ」

 杉田が指差す先に盗まれたインゴットが積まれていた。

 加藤は頭を下げた。

「杉田君、恩に着るよ。元町強盗団を一網打尽にしたしインゴットもこうして無事だからな。しかし何故だ、なんの得にもならんじゃ無いか」

 杉田は静かに言う。

「確かにな、この騒動じゃ一円にもならんさ。売上は消えたがね、これは弊社の矜持ってもんだ。特にあの画廊、弊社をダシにしたんだ。絵画専門会社ならバレる可能性があった。便利屋なら見積もりの四倍払う、といえばホイホイと受けるに違いないと踏んだんだろう。スケロク商事をばかにしたんだ。だから一泡吹かせてやろうと思ってね」

 黙って加藤はタバコを差し出した。火をつけ美味そうに煙を吐き出す杉田。

それを見つめていた加藤がぼそりという。

「半ば伝説と化しているが、その昔、警視庁捜査一課に『鬼のスギタ』と呼ばれた敏腕刑事がいたそうだ。結構なヘビースモーカーだったらしい」

「ほう」

 そっけない返事をした杉田。

 加藤は咳払いをした。

「ココだけの話だがな、あの白鷺當真は表向きは画廊商だが、裏じゃ密かにマネロンする闇商人だった。タタキもいとわない非情な男だ。公安国際部が追ってたんだが、こんな形で捕まえられたのも、杉田、お前さんのおかげだ。改めて礼を言うぞ」

「胸に刻んでおくぜ。――わかんねえのは、あの四人の強盗団との関係だ」

 杉田の疑問に加藤は答える。

「これもココだけの話だが白鷺に弱みを握られている犯罪者グループだ。今後解明されると思うが、いわば主従関係のようだ」

ふと杉田は加藤に問いかけた。

「あの絵って、まさか本物?」

 加藤は両手を振った。

「まだ山梨県警が保管しているんでわからんがいずれ山梨古代美術館に送られるだろう。そこで真贋がわかるだろうが、答えは数年先になるんじゃないかな」

 疑問が解消された杉田はぼやく。

「さぁて、社に戻ってなけなしのポケットマネーで社員に寿司でも奢るか。みんなの協力があったからな。そうだ、ご褒美としてマギーにも極上の大トロをやらんとなあ。――頭痛いぜ」

 加藤は両手を広げながら笑った。

「君んとこの車両な、オンボロだからすぐに分かる。ささやかなお礼として多少の駐禁ぐらい見逃すように現場に言っとくよ。まあ一ヶ月程度だがな」

 席を外すように立ち上がった杉田も笑った。

「ありがとな――今回の報酬はこれか」



 第六話一度終了します。もちろん続けますが。

 あまりにも重い事件を書いていたので今回は軽いタッチでお贈りいたしました。次回から珠伊師和代の黒い陰謀とそれに対応するスケロク商事を描いていく予定ですが、いつになりましょうか。


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