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ただの兵士  作者: 南蛇井


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紫の月が浮かんだ夜から七日。


 各地の砦が沈黙した。


 連絡は途絶え、魔力の波が世界を圧迫する。


 魔王が動いた。


 それは宣戦布告ではない。


 “回収”だ。


 勇者亡き世界の、最終整理。


 王都軍は進軍を決めた。


 防衛では削られる。


 ならば叩く。


 戦略的には無謀。


 だが他に選択肢はない。


 作戦会議室。


 地図の前に立つ俺を、将軍たちが見る。


「お前が前衛だ」


「了解」


 簡潔。


 もう疑われない。


 信頼でもない。


 必要だから使う。


 それで十分だ。


 魔王城前。


 空が割れている。


 紫の月は魔力炉だ。


 世界を書き換える装置。


 勇者がいれば止められただろう。


 だがいない。


 だから。


 兵士が行く。


 城門を突破。


 四天将アルヴェインが待っていた。


「来たな」


「最終試験か?」


「違う」


 彼は剣を抜かない。


「今回は共闘だ」


 俺は眉をひそめる。


「どういう冗談だ」


「魔王様は完成された存在だ」


 金の瞳が曇る。


「ゆえに変化を拒む」


「紫の月は世界固定術式」


「恐怖の均衡を永続化する装置だ」


 理解する。


 戦争を終わらせるための“凍結”。


 希望も絶望も動かない世界。


 永遠の停滞。


「それを望むのが魔王だ」


「だが私は違う」


 アルヴェインが初めて感情を滲ませる。


「戦場は流動してこそ意味がある」


「……戦闘狂か」


「誇り高き武人と言え」


 短く笑う。


「魔王を止めろ、兵士」


「お前なら壊せる」


「私は四天将として立ちはだかる」


「だが、一瞬だけ隙を作る」


 玉座の間。


 魔王が座している。


 黒き鎧。


 深淵の瞳。


「来たか」


 声は穏やかだ。


「勇者を殺した兵士」


「またその肩書きか」


「誇れ」


 魔王は立ち上がる。


「選ばれぬ者が選ばれし者を殺した」


「それは世界の異物だ」


 紫の月が脈動する。


 空間が歪む。


「この世界は物語を欲する」


「勇者と魔王」


「光と闇」


「だが貴様は中間だ」


 黒炎が噴き上がる。


「ゆえに不純物だ」


 激突。


 圧倒的。


 四天将以上。


 勇者ザインと同格。


 いや、それ以上。


 剣が軋む。


 骨が鳴る。


 意識が揺らぐ。


「なぜ抗う」


 魔王の声が響く。


「停滞は安定だ」


「争いは消える」


「涙も止まる」


「笑いも止まる」


 俺は血を吐く。


「それの何が悪い」


 問い。


 世界規模の合理。


 俺は息を整える。


「決めるな」


「何を」


「世界を」


 踏み込む。


「俺は選ばれない」


「だから俺が選ぶ」


 アルヴェインが動く。


 一瞬の斬撃。


 魔王の肩口に傷。


 隙。


 俺は紫の月を視る。


 魔力炉の核。


 勇者なら正面から砕いただろう。


 俺は違う。


 流れを見る。


 歪みを読む。


 最小出力で最大崩壊。


 核へ、刺す。


 紫の月が砕ける。


 光が爆ぜる。


 術式が逆流。


 魔王が膝をつく。


「……兵士」


 黒炎が消えていく。


「貴様は物語を拒むのか」


「違う」


 俺は剣を抜く。


「物語に参加しないだけだ」


 最後の一閃。


 静寂。


 空は元の色へ戻った。


 魔王城は崩れ始める。


 アルヴェインが立つ。


「終わったな」


「お前はどうする」


「四天将は解散だ」


 彼は笑う。


「次は敵として会おう」


「面倒だ」


「戦場は常に面倒だ」


 消える。


 王都は歓喜に包まれた。


 魔王討伐。


 新たな英雄の誕生。


 広場に俺を呼ぶ声。


 勇者の像の隣に、新しい台座が用意されている。


 俺は立たない。


 夜のうちに王都を去る。


 辺境の街道。


 剣を背負う。


 ただの兵士。


 英雄ではない。


 魔王でもない。


 物語の中心を拒んだ男。


 世界はまた回り始める。


 勇者が生まれるかもしれない。


 新たな魔王も現れるだろう。


 その時。


 俺がいるかは分からない。


 だがもし目の前に火があれば。


 俺は斬る。


 選ばれずに。


 選び続けながら。


 ――終。

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