5
王都上空。
黒炎が渦巻き、魔力の圧が肺を押し潰す。
四天将アルヴェインの剣が振り下ろされる。
重い。
勇者ザインの一撃とは質が違う。
あれは爆発的だった。
これは――圧殺。
受ければ砕ける。
俺は真正面から受けない。
滑らせる。
逸らす。
勇者の隣で学んだのは、派手な勝利ではない。
生き残る技術だ。
火花が散る。
足場が崩れる。
だが倒れない。
「なぜ退かぬ」
アルヴェインが問う。
「勝てぬと理解しているはずだ」
「勝つ必要はない」
俺は息を整える。
「時間を稼げばいい」
王都の西塔。
魔導兵が詠唱を続けている。
広域結界の再構築。
勇者がいなくとも、都市防衛術式はある。
ただ――発動までが遅い。
だから俺が前にいる。
ただそれだけだ。
アルヴェインの瞳が細まる。
「兵を動かし、士気を繋ぎ、己は盾となる」
「それが“ただの兵士”か」
「そうだ」
踏み込む。
剣を打ち合う。
鎧の隙間を狙う。
浅い。
だが確実に削る。
四天将の動きが、わずかに鈍る。
空が震えた。
西塔から光が走る。
王都全体を覆う結界が展開された。
降下していた魔族が弾かれる。
悲鳴。
混乱。
戦場の流れが変わる。
兵士たちの声が上がる。
「押し返せ!」
俺は一瞬だけ笑った。
「時間切れだ、四天将」
アルヴェインは周囲を見渡す。
戦況を冷静に計算している。
そして――剣を下ろした。
「本日はここまでだ」
「随分あっさりだな」
「目的は侵略ではない」
金の瞳が俺を射抜く。
「確認だ」
空間が歪む。
「お前は“空席”を埋められるか」
「埋めない」
即答する。
「俺は座らない」
アルヴェインは僅かに笑った。
「ならば、奪われるぞ」
転移門が閉じる。
魔王軍は撤退した。
王都は半壊。
だが陥落は免れた。
広場で兵士たちが俺を見る。
恐れ。
敬意。
困惑。
王が歩み寄る。
「勇者殺し」
「はい」
「今日、王都を守ったのも事実だ」
沈黙。
「お前を処刑すれば士気は折れる」
「生かせば混乱を招く」
王は苦い顔をする。
「厄介な男だ」
「よく言われます」
王は告げた。
「罪は保留とする」
「代わりに戦え」
命令。
取引。
合理的だ。
俺は膝をつかない。
ただ頷く。
「契約成立だ」
夜。
王都の屋根の上。
風が吹く。
勇者の像が見える。
石の英雄。
動かない象徴。
俺はそれを見下ろす。
「……面倒だな」
英雄の席は空いている。
民は象徴を求める。
魔王は対抗者を欲する。
四天将は試す。
王は利用する。
世界が、俺を中心に寄せてくる。
だが。
俺は座らない。
勇者にはならない。
魔王にもならない。
ただ。
必要な場所で、必要なだけ斬る。
それだけだ。
その時。
空に、もう一つの月が浮かんだ。
紫色。
不自然な輝き。
魔王城方面から立ち上る巨大な魔力。
王都中がざわつく。
俺は目を細める。
「……本気か」
四天将は前座。
本命は。
魔王自身。
世界は最終局面へ進もうとしている。
勇者はいない。
だが兵士はいる。
ただの兵士が。
最後の戦場へ向かう。
選ばれないまま。
選び続けながら。




