4
アルヴェインが去ってから、町は奇妙な静けさに包まれた。
襲撃は止んだ。
魔王軍の小隊も現れない。
まるで嵐の中心にいるような、歪な平穏。
俺は理解していた。
これは“準備期間”だ。
魔王軍は様子を見ている。
俺を。
三週間後。
王都から使者が来た。
紋章付きの封蝋。
王命。
「勇者ザイン殺害の容疑により、出頭を命ずる」
酒場の主人が青ざめる。
女騎士は俺を見る。
「……本当なの?」
「事実だ」
否定はしない。
王都も遅すぎるが、動き出したらしい。
勇者の死因は伏せられていたはずだが、魔王軍が流したのだろう。
分断のために。
逃げるか。
戦うか。
出頭するか。
選択肢は三つ。
だが実際は一つしかない。
「行く」
「捕まるのよ!?」
「違う」
剣を腰に下げる。
「確認しに行くだけだ」
王都がどう動くか。
世界が俺をどう扱うか。
それを見極める。
王都は重苦しかった。
勇者の像が立っている。
大理石の台座。
誇張された英雄譚。
俺はその前を通る。
足は止めない。
謁見の間。
王は老いていた。
恐怖と焦燥が顔に滲む。
「お前が、勇者を?」
「はい」
ざわめき。
貴族たちの怒号。
「処刑だ!」
「裏切り者!」
王は手を上げ、静める。
「なぜだ」
単純な問い。
俺は少しだけ考えた。
「個人的な理由です」
正義でも思想でもない。
「彼は強かった」
「だが、俺は嫌いだった」
空気が凍る。
「それだけか」
「それだけです」
沈黙。
王は目を閉じる。
「愚か者め」
その言葉が、俺に向けられたのか、勇者に向けられたのかは分からない。
その瞬間。
城が揺れた。
爆音。
天井が崩れる。
紫の魔法陣。
王都上空に巨大な転移門。
魔王軍、本隊。
ざわめきが悲鳴へ変わる。
「早すぎる……!」
貴族の一人が叫ぶ。
四天将アルヴェインが空中に現れる。
「王よ」
冷たい声が響く。
「勇者なき今、貴様らに抗う術はない」
兵士たちは動けない。
勇者がいた頃とは違う。
象徴がいない。
統率が崩壊している。
アルヴェインの視線が、俺を捉える。
「来たぞ、兵士」
試験の続きだ。
俺は王を見る。
「命令を」
王は震えながらも、言った。
「……守れ」
それだけ。
簡潔。
だが十分だ。
俺は前へ出る。
「王都防衛戦、開始だ」
誰も任命していない。
だが、兵士たちが俺を見る。
勇者殺し。
それでも、四天将と渡り合った男。
皮肉だ。
選ばれたくない俺が、今、中心にいる。
「陣形を組め!」
声が自然と出る。
「魔導兵は西塔へ! 弓兵は屋根上!」
勇者の戦場で見てきた布陣。
再現する。
兵士たちが動く。
混乱が、秩序に変わる。
アルヴェインがわずかに笑う。
「やはり、お前は空ではない」
「うるさい」
俺は剣を抜く。
「ただの兵士だ」
空が裂け、魔族が降り注ぐ。
王都が炎に包まれる。
だが今度は違う。
勇者はいない。
だから。
俺がやる。
英雄にならない。
象徴にもならない。
だが。
目の前の敵を斬る。
それだけだ。
四天将が地に降りる。
黒炎が揺れる。
「最終試験だ、兵士」
「何回やる気だ」
地面が砕ける。
激突。
衝撃波。
王都の空に剣戟が響く。
兵士たちが踏みとどまる。
王が見ている。
民が祈る。
俺は、ただ斬る。
ただの兵士として。
だがその一撃は。
もはや、ただでは済まない威力を帯びていた。
世界は気づき始めている。
勇者ではない。
魔王でもない。
名もなき兵士が。
戦局を、変えようとしていることに。




