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ただの兵士  作者: 南蛇井


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3/6

3

魔王軍の使者が現れてから三日後。


 辺境リグナの空は、不自然なほど静かだった。


 嫌な静けさだ。


 戦場では、嵐の前ほど風が止む。


 俺は剣を研ぎながら、酒場の主人に言った。


「今日は早仕舞いしろ」


「何か来るのか?」


「たぶん」


 説明はしない。

 直感だ。


 勇者の背後で生き延びてきた勘は、こういう時ほぼ外れない。


 夕暮れ。


 空が裂けた。


 紫の魔法陣が幾重にも重なり、黒い門が開く。


 転移。


 しかも大規模。


 門から現れたのは――


 四体の上級魔族。


 そして、その中心に立つ白銀の鎧。


 人型。


 だが、角がある。


 瞳は金。


 背後に揺らめく黒炎。


「……魔王直属か」


 周囲の空気が重くなる。


 住民は逃げ惑い、女騎士は剣を抜くが、足が震えている。


 白銀の魔族が俺を見る。


「見つけたぞ」


 声は冷たいが、怒気はない。


「勇者殺しの兵士」


 町がざわつく。


 最悪だ。


 知られたくなかった肩書きが、こんな形で広がるとは。


「魔王様はお前を招いている」


「断ったはずだ」


「今回は違う」


 魔族はゆっくりと歩み寄る。


「試すのだ」


「何を」


「お前が“ただの兵士”であるかどうかを」


 上級魔族が一斉に動いた。


 町の四方へ散開。


 虐殺だ。


 俺は舌打ちする。


 選択肢はない。


 俺は地面を蹴った。


 最初の一体へ一直線。


 速度は勇者ほどではない。


 だが、無駄がない。


 最短距離、最小動作。


 喉を裂く。


 上級の皮膚は硬い。刃が止まる。


 魔力を流し込む。


 勇者の戦いを観察し、盗み、改良した自己流。


 刃が通る。


 一体目、沈黙。


 背後から炎。


 転がって回避。


 二体目の腹部へ刺突。


 骨が硬い。


 刃を抜かず、捻る。


 絶叫。


 崩れ落ちる。


 息が荒くなる。


 勇者と違い、俺の魔力は有限だ。


 だが止まらない。


 三体目の腕を切断。


 四体目の首を刎ねる。


 血と黒煙が町を覆う。


 残るは白銀。


 彼は拍手した。


「見事」


「お前も試験官か」


「いいや」


 魔族は兜を外す。


 端正な顔。


 冷徹な眼。


「私は魔王軍四天将、アルヴェイン」


 空気がさらに重くなる。


 四天将。


 勇者がいなければ倒せなかった階級。


「魔王様は言われた」


 アルヴェインは静かに告げる。


「勇者を殺したのは憎悪か、正義か、それとも空虚か」


「答え次第で処遇を決めよ、と」


「……暇なんだな、魔王は」


「余裕があるのだ」


 事実だ。


 勇者はもういない。


「質問だ」


 アルヴェインが剣を抜く。


 白銀の刃。


「なぜ人間を守る」


「契約だからだ」


「それだけか」


「それ以上でも以下でもない」


 沈黙。


 次の瞬間、衝撃。


 速い。


 重い。


 腕が痺れる。


 剣がぶつかり合う。


 俺は後退し、体勢を立て直す。


 アルヴェインは本気ではない。


 だが、強い。


 勇者と互角とまではいかないが、それに近い。


 何合も打ち合う。


 地面が砕け、壁が崩れる。


 町の外へと戦場が移る。


「お前は、空だな」


 アルヴェインが言う。


「憎しみも理想も薄い」


「あるさ」


 剣を押し返す。


「俺は嫌いなんだ」


「何を」


「選ばれることが」


 一瞬、アルヴェインの目が細くなる。


「勇者は選ばれた」


「魔王も選ばれた存在だろ」


 俺は踏み込む。


「俺は選ばれない」


 横薙ぎ。


 防がれる。


「だから、自分で決める」


 刃を滑らせ、鎧の隙間へ。


 浅い。


 だが血が出る。


 アルヴェインは距離を取った。


 そして、笑った。


「合格だ」


「は?」


「お前は魔王軍には向かん」


 剣を収める。


「だが敵としては実に厄介だ」


 空間が歪む。


「いずれ本隊が来る」


「その時、お前は選ばれる」


「世界に」


 転移門が再び開く。


「それまで生き延びろ、兵士」


 アルヴェインは消えた。


 町には瓦礫が残った。


 だが生き残った。


 女騎士が俺を見る。


「あなた……何者なの?」


 同じ質問だ。


 俺は答える。


「傭兵だ」


 それ以上でも、以下でもない。


 だが胸の奥で何かが軋む。


 勇者の空席。


 魔王の余裕。


 四天将の警告。


 世界は確実に、俺を中心に回り始めている。


 面倒だ。


 本当に面倒だ。


 それでも。


 剣はまだ折れていない。


 ただの兵士は、今日も生き延びる。


 世界がどうなろうと。


 ――少なくとも、俺が見える範囲だけは守る。


 物語は、まだ終わらない。

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