表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただの兵士  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/6

2

辺境の町リグナは、風が冷たい。


 王都から遠く、街道も荒れ、魔物の影が常にちらつく土地だ。

 勇者を失った世界では、こういう町から先に削れていく。


 俺は名を「ロウ」と名乗っていた。


 本名は捨てた。

 勇者を殺した兵士の名など、残しておく理由がない。


 傭兵としての仕事は単純だ。

 荷馬車の護衛、魔物の間引き、山賊退治。


 魔王軍は勢力を広げている。

 だが最前線以外では、まだ統制が甘い。

 末端の魔物や半端な配下が好き勝手に暴れているだけだ。


 勇者がいた頃より、むしろ戦場は雑になった。


 あの男は、確かに強かった。

 だからこそ、魔王軍は押さえ込まれていた。


 今は違う。


 恐怖が、じわじわと広がっている。


 ある夜、酒場の扉が勢いよく開いた。


「傭兵はいるか!?」


 入ってきたのは若い女。鎧は新しく、剣は扱い慣れていない。


「村が襲われてる! 魔族が!」


 酒場は静まり返った。


 誰も動かない。


 勇者は死んだ。

 王都の救援は来ない。

 無理をして死ぬ義理もない。


 俺は椅子から立ち上がった。


「いくらだ」


 女は一瞬言葉に詰まり、震える声で答えた。


「……払えるだけ払う!」


 雑な契約だ。


 だがそれで十分だった。


 村は炎に包まれていた。


 下級魔族が三体。

 指揮を執る中級が一体。


 数としては多くない。


 俺は深く息を吐いた。


 勇者の後ろで何百という戦場を見てきた。

 あの規模に比べれば、これは小競り合いだ。


 だが。


 目の前で泣いている子どもは、あの頃と同じだ。


 俺は走った。


 剣を抜く。


 一体目の喉を斬る。

 二体目の脚を断つ。

 三体目は逃げようとしたが、背中から心臓を貫いた。


 中級魔族が怒号を上げる。


「人間風情がァ!」


 振り下ろされる爪。


 受け流し、懐に潜る。


 勇者の戦い方を、何度も見てきた。

 弱点の角度も、魔力の流れも、癖も。


 喉元へ一閃。


 黒い血が噴き出した。


 魔族は崩れ落ちる。


 静寂。


 炎の爆ぜる音だけが残った。


 女騎士は呆然としていた。


「……あなた、何者?」


「傭兵だ」


「そんな強さ、普通じゃ……」


 俺は剣を拭き、鞘に収める。


 普通じゃない。


 勇者の隣で生き残った兵士だ。


 英雄に踏みにじられながら、最前線を見続けた男だ。


 強くならざるを得なかった。


 翌朝。


 村の広場で簡素な礼が行われた。


 子どもが俺に花を差し出す。


「ありがとう、おじさん!」


 胸が、妙にざわついた。


 勇者がやっていたことは、こういうことだったのか。


 世界を救うだの、魔王を倒すだの。

 大きな話じゃない。


 目の前の火を消す。

 目の前の命を守る。


 それだけだ。


 その夜、宿の窓を叩く影があった。


 黒いローブ。


 魔王軍の紋章。


「魔王様がお呼びだ」


 やはり来たか。


「仲間になる気はないと、言ったはずだ」


「違う」


 使者は低く笑った。


「魔王様は、興味を持たれている」


「勇者を殺した兵士が、今は人間を守っている」


 窓の外、赤い瞳が細められる。


「どちらに傾くか」


「世界か」


「それとも、絶望か」


 使者は煙のように消えた。


 俺はベッドに腰を下ろす。


 ただの兵士だ。


 そう思っていた。


 だが世界は、勝手に俺を物語の中へ引き戻そうとする。


 勇者は死んだ。


 だが、空席は残っている。


 誰も座らない玉座。


 誰も抜けない聖剣。


 そして、拡大する魔王軍。


 窓の外を見上げる。


 星は静かに瞬いている。


「……面倒だな」


 だが剣は、まだ手放していない。


 俺は英雄にならない。


 魔王の配下にもならない。


 それでも――


 もし世界が俺を選ぶというなら。


 その時は。


 俺が選び返してやる。


 ただの兵士として。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ