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転生したと気づいたとき、俺は剣を握っていた。
勇者でもない。
悪役令嬢でもない。
賢者でもなければ、商会の御曹司でもない。
名もなき一人の兵士だった。
配属先は王都北門守備隊。
日当銀貨三枚。
訓練と見回り、時々魔物退治。
戦功を立てても勲章は隊長止まり。そんな場所だ。
魔王が復活した、という報が届いたのは、俺が転生三年目の春だった。
空は紫に染まり、王都の神殿が鐘を鳴らし続けた。
世界は再び恐怖の時代に入る、と。
だが、俺に出来ることは変わらない。
門を守る。
命令に従う。
死なないようにする。
それだけだ。
ある日、王城が騒然となった。
勇者が現れたのだ。
名はザイン。
神託を受けし者。
聖剣を引き抜いた男。
魔王討伐の旗印。
彼が王都の広場に立った瞬間、民衆は歓喜し、貴族は涙を流し、兵士たちは剣を掲げた。
世界は一色に染まった。
魔王討伐。
正義。
希望。
俺には関係のない話だと思っていた。
──はずだった。
「お前だ」
王城の謁見の間で、ザインは俺を指差した。
「は?」
素で声が出た。
「顔が気に入った。お前、ついてこい」
王は苦笑し、側近は困惑し、俺の上官は青ざめた。
理由はそれだけだった。
顔が気に入った。
それだけで、俺は勇者パーティーの一員になった。
ザインは強かった。
理不尽なほどに。
魔王軍の前線基地を一人で壊滅させ、
幹部級の魔族を笑いながら斬り捨て、
仲間を盾にすることも躊躇わない。
「雑魚は前に出ろ。俺の邪魔をするな」
高圧的。傲慢。傍若無人。
だが、強い。
圧倒的に。
俺はただ後ろをついていく。
傷ついた兵を運び、
荷物を持ち、
戦場の後処理をする。
勇者の影。
それが俺の役割だった。
そして、魔王城。
玉座の間で待っていたのは、黒き鎧に身を包んだ魔王。
空気が凍りつく。
「よく来たな、勇者よ」
戦いは、想像以上に拮抗した。
聖剣が魔力を裂き、
黒炎が石壁を溶かす。
互角。
まさに、互角だった。
それは千載一遇の機会だった。
勇者は余裕を失い、呼吸は荒れ、背後への注意が散漫になる。
俺は剣を握った。
思い出す。
蹴られた夜。
見捨てられた仲間。
「お前は使える道具だ」と笑った声。
俺は、ただの兵士だ。
だが。
だからこそ。
気づかれない。
背後から、喉元へ。
刃は迷いなく通った。
ザインは振り返り、目を見開いた。
「……な、ぜ……」
「復讐だよ」
それだけ言って、剣を引き抜いた。
勇者は崩れ落ちた。
聖剣が乾いた音を立てる。
静寂。
魔王は、ゆっくりと俺を見る。
「面白い。人間よ」
その声は低く、だが楽しげだった。
「我と組まぬか?」
世界は勇者を失った。
魔王に抗う術は、ほぼ消えた。
ここで頷けば、俺は幹部になれるだろう。
生き延びられる。
だが。
「断る」
「ほう?」
「俺は勇者の味方でも、お前の味方でもない」
俺は剣を収めた。
「俺は、ただの兵士だ」
玉座の間を背に、歩き出す。
魔王は追わなかった。
「世界は再び恐怖に沈むぞ」
「知ってる」
扉を開ける。
「それでも俺には関係ない」
勇者は死んだ。
魔王は健在。
世界は再び恐怖に怯える日々へ戻った。
俺は王都へ帰還せず、辺境の町で傭兵になった。
名も変えた。
誰も俺を知らない。
夜、酒場の隅で一人飲む。
世界は救われなかった。
だが俺は、生きている。
英雄でも悪でもない。
ただの兵士として。
それだけで、十分だった。




