第3話 政治家の心
幼い頃に夢を見ていた。
果てない夢を。
そして、いつしか大人になるにつれ、そんな夢は忘れてしまった。
――いや、忘れちまった。
いいぜ、やってやろうじゃねーか。
このくだらないばかりの浮世に、少しばかりの花が咲けば、それで十分だろう。
せいぜい、くたばるまで、演じてやろうじゃねーか。
政治家、国向正としての戯曲を生涯をかけて、婆娑羅の如くに、貫いてみせるぜ。
俺は嫌われ者でもいい。
その代わり、この国だけは、日本だけは、間違えさせない。
☆
「はー。今日もヒマですね。先生」
退屈そうにパイプ椅子に腰かけ、木製の長机にもたれかかり、スマホをいじっている牛子。
「お空が青いの」
口をポカンと開け、呆けている新神。
これがいつもの、新神なんでも相談屋の日常であった。
「お客さん全然こないですね」
「まぁ、ネットでボロクソに書かれているからなぁ。あの相談所に行くと一方的にムチャクチャを言われる。と。この間のエアポーション・零式のスタッフがネットで噂を拡散したんだろうなぁ。きっと」
「ため息しかでませんね」
「閑古鳥が鳴いてらぁ。カー」
「それカラスだと思います、先生」
「カー」
……などという状態で無為に時間だけが流れていく。
「ニュースでもみようかな。と」
そう言って、牛子はスマホを操作し始める。
「えーと、なになに? 野党連合が新党結成、政党名は中庸道化連合……か。先生って政治とかには詳しいんですか?」
「まぁ、もうオッサンだから、人並にはな。しかし、中庸道化連合、か。次回の選挙で政局が大きく動きそうだな。少数与党の民自党が下野するかも知れんな」
「えっ? それって大変なことなんじゃないですか? 世の中が大きく変わるとか?」
「いいや、大して変わらんさ。日本ってそういう国だもの。精々、当事者である政治家が右往左往するくらいでしょうよ」
「ふうん、でも私はもう有権者だから、ちゃんと選挙には行こうっと。……しかし、どの党に入れたらいいのかサッパリわからない」
「せいぜい、清き一票を投票してくれたまえ。私はカラスごっこをして遊んでいる。カー、カー」
「……」
(大丈夫かこの人?)
と、牛子は思いつつ、新しいニュースを求めて、スマホの操作を続けた。
……と、いきなりマフィアがやってきた。
違う。正確にはマフィアのボスのようないで立ちをした、1人の老人がこちらへ向かってきているのが視界に入った。
「ん?」
思わず、新神はその老人の姿を見て、目をパチクリさせる。
(うわっ、マジか?)
流石の新神も、その老人の存在に面食らっている。
そして、老人は2人の目の前までやってきた。
「よう。今日は相談にきたぜ。よろしくな」
そう言って、マフィアの被るような帽子を取って、その老人は挨拶をした。
途端に新神は恐縮した様子で起立する。
な、なんだ? 普段の先生の余裕しゃくしゃくの感じとは違う、と、思いつつ、牛子も起立する。
「お初にお目にかかります。当、新神なんでも相談屋を主幹している新神炎寿と申します。失礼ながら、国向正さんとお見受けしますが、間違いないでしょうか?」
「おう、オレのこと知ってんのか。なら、話が早ぇな」
「はっ」
一礼する新神。
(なんだ? こんな先生はじめて見る。らしくもない)
「あのー、失礼ながら、どなた様でしょうか?」
思ったことをそのまま口にする牛子。
途端に新神の気が遠くなる。
「くらっと、きた」
「えっ? だいじょうぶですか先生?」
オマエが原因だよ、と思いつつ、新神は目の前の人物について説明をすることにした。
「今ここに居るのは、民自党の超大物政治家で、政界のドンと目されている方だ。その発言1つで政局が大きく左右されると言われている。それに、国向正と言えば、お茶の間でも有名な、べらんめぇ口調で頭がキレることで知られる、国民的レベルで有名な人だぞ」
「褒めてくれてんのか? ありがとよ」
気さくに応える国向。いいお爺ちゃんにしか見えないけど、と言った様子で、なんでこんなに先生は恐縮しているのだろう、と、牛子は訝しく思った。
「へー、知らなかったです。偉い方なんですね」
「いいや、しょぼくれたジジイだぜ。お嬢ちゃん。今日はよろしくな」
気さくに応える国向。
「はあ、はあ、はあ……」
逆に過呼吸になってしまう新神。
「だいじょうぶですか? 今日の先生なにかおかしいですよ?」
心配になって、眉間にしわを寄せる牛子。
「そうだな。なんだか調子悪そうだな。改め直そうか? ……いや、今日ここに来たのはよ、若い連中の間で有名なカリスマアーティストを一方的にコテンパンにした。とかいう話を聞いてな。そりゃ一体どれほどのヤツかと興味津々だったんだが。これほど、弱弱しい状態とはな。正直、拍子抜けしちまった」
そう言って、踵を返そうとする国向。
しかし、その背中に対して、お待ちを。と声をかけた人物がいた。
新神炎寿であった。
「お待ちを、閣下。この超! 天才。新神炎寿に怖いものなどこの世にございません。お見苦しいところをお見せしたことをおわびします。私のそういう面に期待してくれている。と。ならば、お応えしましょう。今、この瞬間から、ビシバシとやらせて頂きます。お覚悟を」
「おっ、急に威勢がよくなったじゃねーか。ハッパをかけた甲斐があったぜ」
満足そうに笑みを浮かべる国向。それでは、どうぞ、と牛子が好きなパイプ椅子に座ってくださいと誘導する。
「こんな安っぽいパイプ椅子に座れっていうのかい? この老体にはチト厳しいものがあるぜ。――銀座に俺の行きつけのバーがあるんだが、そこに移動して話さねーか? いい社会見学になると思うぜ。どうだ?」
「是非もありません。行きましょう。牛子クン準備を整えたまえ」
テキパキとカバンにスマホなどを入れ出す新神。慌てて、牛子も外出の準備をはじめる。
「慌てなくていいぜ。俺は先に外で車待たせとくから、よろしく」
そう言って、国向は先に外へと向かってスタスタと歩いていった。
☆
「すごーい! これ、リムジンって車ですよね。確か、庶民には手の届かない超高級車!」
「ああ、よく知ってんな、お嬢ちゃん。その中でもこいつは特注のヤツだ。最高ランクのやつだぜ」
「うっはー! リムジン! リムジン!」
3者3様の様子で、3人は国向が所有する特注のリムジンの後部座席に乗り込む。
「うわぁ! なにこのソファーの感触! 異次元の心地よさ!」
「ははは。俺とかはもう馴染んじまってるから、そういう気持ちはもう味わえねぇな、羨ましいぜ」
和やかにやりとりする、牛子と国向。しかし、なぜか、新神だけは不愉快そうな面持ちをしていた。
「牛子クン。キミにはこのリムジンのソファーに座るのは、10年、いや、100年早いっ! 今すぐ降りて、愛用のママチャリで目的地へ向いたまえ」
「えーーーーっ!?」
絶対ヤダ、という様子で牛子は首をフルフルと横に振る。
「いや、先生の言ってることにも一理あるぜ。若い頃から贅沢してると、その後の人生でロクなことにならねぇ。俺だってガキの頃は、ロクに贅沢させて貰えなかった。今はそれに感謝してるぜ」
「……」
牛子は黙ってしまう。
「ささっ、牛子クン。後生大事にソファーにしがみ付いてないで、とっとと車から降りたまえ」
「ちなみに、先生も裕福な家庭の育ちだそうだが、子供の頃はどんな生活してたんだい?」
興味本位で国向が尋ねた。
「私ですか? 私は、幼い頃から贅沢三昧で、十代の頃にはフォアグラ、キャビアなど食べ飽きていました」
「だろうな。なんで、そんな風に育っちまったんだろうな」
察しがいった様子で、頷く国向。
「私、降ります! ママチャリに乗って銀座のバーに向かいまーす」
☆
お抱えの運転手が運転する特注のリムジンに乗って、都内を移動していく新神と国向。
と、車の後部から追い上げてくる一台のママチャリが。
全力で立ちこぎしている牛子の姿があった。
「体力増強! 体力増強!」
猛烈な勢いでママチャリを走らせている牛子。
「若いってのは、いいなぁ」
後ろを振り向き、牛子の姿を認めた国向はそう言った。
「ですねぇ」
そう言って、新神は前髪をピッと指で払った。
――車は都内の中を走り抜けていく。
☆
「よっしゃー、着いたーっ!」
新宿から銀座にあるバーまで、ママチャリできた牛子。
バーがあるビルの前にママチャリを止めて、地下一階へ向かった。
階段をコツコツと歩いて降りていくと、あった。目的地のバーである。
初めて入る世界だなぁ、と思いつつ、牛子はゆっくりとドアを開けた。
広がっていたのは、なんとも落ち着いた世界。
暗いシックな雰囲気の店内には薄暗い照明だけが点いている。
カウンターの奧にはマスターらしき人が1人。
そして、カウンター席には、国向と新神が並んで座っていた。
どうやらもう酒を飲みはじめているらしい。
「牛神牛子。到着いたしました」
そう言って、挨拶をする牛子。
「おう。もうやってるぜ、お嬢ちゃん。まぁ、隣に座んなよ」
そして、牛子は国向の隣に座った。国向を挟んで2人が座っている状態になる。
「疲れてないのか?」
珍しく牛子を気遣い、新神が声をかける。
「全然? むしろ、身体があったまってきました」
(フィジカル・エリートだなこの女)
と、新神は呆れた。
「マスター。同じやつを頼む」
「はい」
落ち着いた雰囲気のマスターが、綺麗に手入れをされている酒棚から1本のお酒を取り出す。
そして、それを流麗な動作で、グラスの中に注いだ。
「バランタインの30年物だ。俺の一番好きなやつ。キツ過ぎるかも知れないが、まずはストレートで飲んでみてくれ」
「は、はい」
酒などまだほとんど飲んだことのない牛子が、緊張した面持ちでグラスを手に取る。
そして、一口。コクリと口にお酒を含んだ。
と。
「うわぁ! なにこれ、舌の上に何かが立ってる感覚がするっ!?」
「だろ? ピラミッドが立つってやつだ。このランクの酒じゃねーと味わえない感覚だぜ。いい経験になるだろ?」
「うわぁ。すごいです。人生で初めての感覚です」
感動しきりの牛子に、それを満足そうに眺めている国向。
しかし。
「10年早いんだよ」
新神だけは不機嫌そうであった。
3人はしばらく、無言でこの酒を堪能していく。
つまみは、自然由来のナッツ類だけ。
高級バー特有の静かで贅沢な時間がゆっくりと流れていく。
「じゃ、そろそろ本題に入ろうか。先生、今回俺が先生と話したいのは、なんでだと思う? 少しアンタを試してみたい」
「皆目見当が付きませんね」
ナッツを粗雑に口の中に投げ込み、バリバリと齧る新神。
どうやら普段の調子をすっかりと取り戻したようだ。
「そうかい。なら、俺から話そうか。今回俺が相談したいのは、AIのことだ。なにやらこれからAIが社会活動の中心として活躍する時代になるそうじゃねーか。当然、政治にも影響があるだろうよ。俺はAIについては完全に門外漢だ。その辺の意見について先生に聞きたい」
「AIですか。別にいいですけど、私もそんなには詳しくないですよ」
バリボリとナッツを齧りながらそう言う新神。ロックの酒をグビっと飲み込みそれを洗い流す。
「まず、現状の確認をしましょうか。既にAIは社会活動の中枢にコミットしています。政策立案、金融予測、流通管理、などなど、社会の主要なインフラ管理において、もはやAIは欠かせない存在として機能しています」
「ふむふむ」
国向は納得したように頷く。
「これからAI社会がどうなるか? そのカギを握るのは、AGI、つまり、アーティフィシャル・ジェネラル・インテリジェンス。日本語で言うなら、汎用人工知能。これが完成すると同時に社会のAI化は一気に進むと予測されています」
「ほう。それはいつ頃になりそうなんだ?」
「所説ありますが、早ければ、2028年になります」
「すぐじゃねーか」
「はい」
最低限のコンセンサスはこれで成立した、と、新神は腕時計を見た。
「ふーん、来年ねぇ。うかうかしてらんねーな。こりゃ」
そう言って、少し国向は困ったような顔になる。
「これでお話は終わりということでいいでしょうか?」
「いいや」
と、国向は首を振る。その反応を待っていたかのように、新神はニヤッとした。
「でしょうね。この程度の話なら、貴方が抱えている私設秘書や関連のシンクタンクから容易に得られる情報の筈です。本意は他にあるに決まり切っている。では、それについてお話ください」
「かなわねぇな」
そう言いながらも、国向は愉快そうに虚空に笑みを浮かべる。
「実はな……」
そう言って、一旦、国向は話をきった。
それは、大事な話題を切り出したい時の、彼の話術の1つであった。
「実は、だ……。新神先生。アンタを政界デビューさせたいと思ってな。どうだい? 政治家として活躍してみねぇか? アンタがその気になるなら、俺が後ろ盾になる。悪い話じゃねーだろう?」
「……」
思ってもいなかった提案に、しばし、新神は思案した。
「アンタは話術も頭もキレるし、なにかと目立つ存在だ。なによりも人間としての華がある。これからの政界にとって必要な人材じゃねーかと、俺は目を付けてるんだ」
「……」
「まだ40歳なら、政治家としてのデビューは全然遅くはねぇ。新宿の片隅でひっそりと小せぇ看板立ててやってるより、国会で華々しく暴れてみねぇか? アンタなら世界が舞台でだってやれるかも知れねぇ」
「悪い話ではないです。しかしながら……」
そう言って、新神は先ほどの国向のように、話を一旦切ってタメをつくった。
「しかしながら、です。私は自らが主幹する、新神なんでも相談屋の運営について大変な誇りを持って取り組んでいます。この道から微塵もそれるつもりはありません。この道の先に自らが望む未来があると信じている。この道の先にこそ光がある。そう信じている。だから、お断りします」
キッパリと新神は国向の申し出を断った。
「そうかい。それほどの思いがあるのかい。なら、俺の出る幕じゃねーな。今回の話は――」
と、国向が撤収しようとしたところに、こおらぁ! と叱責しつつ、牛子が立ち上がった。
見ると、完全に酔っぱらっている様子だった。
「こおらぁ! なに抜かしとるんじゃー、この奇天烈おじさんがっ。普段、9割がたヒマを持て余して、カーカーカーカー、カラスの真似しとるだけなのに、なぁにが、道の先に光じゃあ!? ボケぇ? トンチキなこと言ってないで、今からでもお爺ちゃんに土下座して、政治家としてデビューさせてください、言えやあ! とっとと土下座せんかい、オラァ!」
言いながら、頭がクラクラとしているのか、フラフラとフラついている牛子。
国向と新神の2人はそれを唖然とした様子で見ている。
「ふ。ただのどこにでも居るようなお嬢ちゃんかと思いきや、言ってくれるじゃねーか。ひょっとしたら、アンタが大将の器かもな。……こりゃ面白れぇや、ハハハ」
「いいえ、コイツはただのポンコツです。これから家にもどって修理作業をする必要があるので、今日のところは帰らせて頂きます」
ピシャっと新神はそう言い切った。
「そうかい。なら、それでいい。今日のところは俺が酒代は奢っとくぜ。また、機会があれば旨い酒でも一緒に飲もうや」
「はい。喜んで」
そう言って、牛子の首根っこをガッシと掴み、帰ろうとする新神。
と。
「うっ!?」
急にそううめき声をあげて、椅子から床へと国向が倒れ落ちた。
「ううっ……」
顔を見ると、苦しそうな表情を浮かべている。
唐突な緊急事態を受けて、瞬時に牛子は酔いから醒めた。
「た、大変ですっ! 私、救急車呼びますっ」
そう言ってスマホを取り出す。
が。
「そこにある固定電話をお使いください。#1を押せば専用の救急回線に繋がります」
マスターがそう言う。マスターはちょうど間が悪くグラス類の洗い物をしているところだった。
牛子は慌てて、カウンター席の脇に設置されている固定電話の受話器をあげて、#1を押した。
すぐに、専用の救急回線に繋がる。
そして、国向の状態について、電話口の向こうの救急隊員から尋ねられる。
「えーと。とにかく、苦しそうで。急に倒れて……」
牛子がまごついていると。
「心臓発作だ! 国向正には心臓に持病がある」
即座に、新神がフォローに入った。
「はいっ」
そして、牛子は心臓発作であることを救急隊員に伝えた。
……。電話を終え、牛子が受話器を元に戻す
「あとは、とにかく救急隊員の方々を待つしかありません。みなさん、落ち着いて待ちましょう」
マスターが勤めて冷静な口調でそう言った。
場に重い沈黙が広がる。
しばらくしてから、救急車のサイレンの音が聞こえてきた。
☆
――数日後。
新神と牛子の2人が食材の買い物ついでに、都会では貴重な緑のあるところの散歩道を歩いていると。
ぷっぷー。と、車のクラクションの音が聞こえてきた。
2人がそちらを見ると、見覚えのある車が。
それは、国向が所有していた特注のリムジンであった。
リムジンの後部座席から、国向が降りてくる。そして、2人に向かって手を振りながら歩み寄ってきた。
「よう。数日前は世話になったな」
そう言って、手に持っていた何か小袋を2人に対して差し出した。
「退院されたんですね。元気なようでよかったです」
牛子が嬉しそうにはにかむ。
「これ、お礼にプレゼントするわ」
なんだこれ? と、思ってプレゼントの小袋を受け取り、新神はそれをまじまじと見つめる。
それは――どこのスーパーの駄菓子コーナーにも売ってるような、一番安い麦チョコであった。
「俺。この商品の昔からのファンなんだ。これナイショだぜ」
そういうと、踵を返して、国向はリムジンの方へと向かっていった。
はー、こんな安っぽい麦チョコのファンだなんて……と、牛子がしばし茫然としていると、隣からバリボリとした咀嚼音が聞こえてきた。
見ると、新神が既に麦チョコの袋を開けて、全部中身を食べきっていた後だった。
「あーっ! 勝手に全部食べてるっ。私の分はどうなるんですかっ!?」
怒る牛子。
「知らん。こんな麦チョコどこにでも売ってるんだから、買いに行って勝手に食べりゃあいいじゃないか」
モグモグと麦チョコを口にほうばりながら、新神はそう言った。
「ちーがーうー! そういう問題じゃ、なーいーっ!」
そう言って、牛子はポカポカと新神を叩き始めた。
と。
不意に走り去るかと思われていた、リムジンの後部座席の窓が開いた。
そこから、ひょっこり顔を出した国向。
その顔には満面の笑みが浮かんでいた。
そうして。
「あばよ」
と、一言だけ残して、リムジンの窓は閉まって、そのまま車は発進していった。
その一瞬の笑顔が妙に印象に残った新神。
ふと、こんなことを思った。
(まるで、少年の頃を思わせるようなあどけない笑顔……なにかかけがえのない夢を見ていたような………気のせいか?)
それは、気のせいではなかった。
国向は新神と牛子。2人の関係性の中に、かつて少年時代に夢見た理想をみたのであった。
しかし、それは誰の知る由でもない。
車が、2人から遠ざかっていく。
(――いい2人だったな。さて、仕事に戻るとするか)
と、国向はリムジンの中で新聞を広げ、そこに目を落としていく。
すると、その新聞には政治家が汚職事件で逮捕された記事が載っていた。
その政治家は国向の弟子筋の中の1人であった。
………。
「やっぱ俺、人を見る目がねぇのかな?」
国向はそう呟いて、首を捻るのだった。
――外では、やわらかい日差しが降り注ぎ、静かな風が新緑の緑の一欠片を舞い上げていた。
第3話 政治家の心 closed.




