第2話 カリスマアーティスト
フフ。
みんな、いつもありがとう。
僕の人生は幸せに満ちている。
僕の職業は、アーティスト。
アーティストだから、幸せに溢れている? ノンノン。
僕はみんなを愛している。僕は世界を愛している。
愛することこそが、幸せの秘訣。
だから、いつでも大丈夫。僕は愛の伝道師なのさ。
フフ。
――いや、自分自身にまでウソをつくのはやめようか。
僕が本当にしているのは、配慮。
みんなに対する配慮さ。
別に配慮するのが大好き、という訳じゃあない。
……すべては、自己実現のため。
この名、エアポーション・零式という存在の自己実現のため。
そのために僕は全てを捧げている。
フフ。
もうすぐ、時代は祭りになる。
誰も乗り遅れさせはしないのさ。
僕の歌で運ぶよ。
必ず、みんなに幸せを届けてみせる。
フフ。フフフフフ。
☆
「あーっ、ひっまだなぁー」
新宿にある。新神ビルの1F。
そこではパイプ椅子に並んで座った2人が、退屈そうに過ごしていた。
「暇ですねー。先生」
気だるそうにして、口を天井に向かってあんぐりと開けて呆けている新神。
それに対して、牛子はずーっとスマホを操作して時間を潰しているが、それにももう飽きてきた、という感じだ。
「はー、どうすりゃいいんだろう? 過ごし方がわからない」
「ですねぇ」
フロアは相変わらず、広いスペースが開いていて、一角にパーテーションで囲われたエリアが存在している。
パーテーションの中は、牛子のプライベートゾーンになっていて、その中で牛子は日常生活を送っている。
通勤時間0分台の理想的な労働環境であった。
「運動でも一緒にしますか、先生?」
「えー、私は運動するのが大嫌いなんだよ。頭脳労働専門だ」
「ははあ。まあ、別にどうでもいいや」
そう牛子は興味なさげに、スマホをいじる作業に戻った。
「あ、そうだ! 先生ってすっごい変わってますけど、先生はご自身のことをどう思ってるんですか? それ聞いてみたいです」
「えー? そんなの決まっているだろう。私は天才だ。世界の中のミラクルだ。間違いない」
「はあ。聞いた私がバカだった。――なんか音楽でも聴いていいですか?」
「もう子供じゃないんだから、そのくらい自己判断しろ」
「む」
少し、ムッとした牛子は爽快な気分になりたいな、と、YouTubeにアクセスして、聴きたい音楽を検索した。
そして、少ししてから、その曲が流れてくる。
パラリ♪ パラリ♪ チャーハン パラリ♪
その曲を牛子はなんていい曲なんだろう、と、ノリノリで聴いている。
「なんだ? このふざけた曲は?」
舐めてんのか? と感じた新神が牛子にツッコミを入れる。
「えー!? 知らないんですか、この曲を? 再生回数1億回越えした超有名曲ですよ。『チャーハン パラリ』です。知らないなんて信じられないっ」
「はあーっ? この曲がーっ? なんだそれ。おじさんついていけない」
「エアポーション・零式っていう、今の若者達にとってカリスマになっている、超有名アーティストの曲ですよ。自称天才の先生とは違って、本物の天才なんです。覚えといてください」
「しらんがな」
そう言って、新神はなまった身体をリラックスさせようと、両手を上に伸ばして、あーあ、と言った。
「はあ、こういうきらびやかな世界ってやっぱり憧れちゃうなぁ。いいなぁ、アーティストって」
「ふん、実像を知れば落胆するのがお決まりのパターンだ」
「そんなことはー、あーりーまーせーんー!」
「そんなことは、あーりーまーすー!」
2人が言い合っていると、ふと、目前に人の気配がした。
いつの間にか接近していた存在に気付いていなかったらしい。
「す、すいません。みっともないところをお見せして」
慌てて、牛子は、その人に対して反射的におじぎをする。
そして、顔をあげて、その人を見た。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!」
「なんだなんだ? いきなり発狂して? ついに本性を現したのかっ?」
「ち、ちがいますっ。この人ですっ。この人がカリスマアーティストのエアポーション・零式さんですっ」
「えーっ?」
思わず、ビックリして新神も、その人の顔を見る。
と。
「ごめんね。ビックリさせちゃったみたいで」
かけていたサングラスを指でずらして、目線を出して、気さくで柔和な感じで、零式は2人に話しかけた。
サングラスを元に戻す零式。金髪で長い髪の毛。アロハシャツを着て、下はパンツルックにビーチサンダルというラフな格好であった。
「ごめんね。座っちゃうね」
そう言って零式は、4つ並んでいたパイプ椅子の1つに腰を降ろした。
「わー! 感激ですーっ! まさか、零式さんとお会いできるなんて。……あとで、サイン貰ってもいいですか?」
「バカヤロウ」
「あ、すいません。仕事中でしたよね。私情を挟んでしまいました」
「違うっ! サインを貰うのは私が先だっ! サイン用紙買ってくるんで、書いて貰ってもいいですか?」
「フフ。面白い人達」
楽しそうに零式は言った。
「冗談ですよ。それでは打ち解けてきたところで、ご相談を受け賜わりましょうか? お名前とご年齢をお教えください」
キリっと新神は仕事モードに入った。
「はい。名前は、エアポーション・零式。年齢は28歳になります。よろしくお願いいたします。フフ」
楽しそうに零式は笑う。
「ほう」
それを受けて、新神はなにかを感じとった。
「エアポーション・零式さん。零式さんとお呼びしましょうかね? 見受けられるところ、とても人生をエンジョイされているご様子で、悩みなどないように見受けられますが、本日はどういったご用件で?」
そう言ってから、即座に新神は腕時計を見た。
「フフ。悩み? あるよ。でも、言えないなぁ。アーティストだからね。簡単には弱音は吐けないよ」
「ほう」
新神は腕時計から目を話して、零式の顔を見た。
その顔はリラックスした笑みに満ちている。
(こいつは何かを隠している。間違いない)
新神はそう直感した。
「フフ、実はね。今日ここに来たのはね。先生に会いたかったからなんだ。新神炎寿先生、でしたよね。すごく面白い人だって、そんな噂を聞いてさ。ちょっとお話してみたいと思ったのさ」
「ほう、それは光栄です。ちなみに、具体的に誰にその噂をお聞きになったのですか?」
「フフ、ひみつ」
「左様で」
新神は手でピッと前髪を素早く撫でて整えた。
それは、彼がストレスを感じた時にする癖であった。
「フフ、実はね。僕は愛の伝道師でさ。先生に愛を伝えようと思って、ここにきたのさ」
「わー! それすっごい素敵なお話ですっ! ぜひ伝道して差し上げてくださいっ」
目をキラキラさせて、牛子が頷く。
「ほう、それでは只今から60分無制限一本勝負、ディープキスで愛を伝え合う合戦でも開始いたしますか?」
「フフ、面白い」
新神の奇天烈なギャグを零式は軽くいなした。
「冗談、全部じょうだん。フフ、本当は今日ここに来たのは、僕の悩みを相談するため、です。けどね、やっぱりそれは、僕の口からはとても言いづらいことなんだ。先生のトークスキルで僕の見えない心の壁を打ち崩して欲しいと思ってね。だから、今日は沢山お話するために、やってきたよ」
「ほう。それは手厚い信頼を頂戴して、光栄です」
「フフ、愛です」
ピクっと、新神の表情がわずかにひきつった。
「零式さん。カリスマアーティストということでさぞや御多忙なことであるとお察しします。今日のアーティストのお仕事は多岐に渡ると思われますが、やはり、人当たりが一番大事なお仕事。対人関係のストレスが一番のお悩みであると推察しますが? いかがでしょう?」
「フフ、かもね」
零式はとぼけた。
「もっとも力を入れ、緊張感をもって挑まれるのは、やはりステージでのライブ活動であると思われます。ライブ活動を成功させるためには、事前に様々なスタッフとの意見交換のプロセスが必要不可欠。おそらくそのスタッフとの人間関係について悩まれている、というところではないでしょうか?」
「フフ、驚いた。秒で当てられた。さすが、新神先生だ」
パチパチパチと、軽く拍手して、零式は新神を称えた。
「すごいね。だけど、まだ、僕の口からは言えないね」
「では、言いましょうか? ズバリ、貴方がもっとも懸念されている人間関係は、ファンと直に対峙する時の自らの演出の在り方についてです。その企画、アイデアを出すスタッフとの人間関係に悩まれている。違いますか?」
「当たり。でも、外部の存在から、それが露わになっているということは、やはり、ボク自らがなんとかしないといけないということ、に、なるね」
ここだ! と思い新神は一気に畳みかけることにした。
「貴方は、リラックスしているように見えて、その実は凄まじいまでの気配りの人だ。全ての人に対する配慮を徹底している。だから、ピントのズレたことや、外した発言をしているスタッフのことを直接は注意できない。人材として伸びるように教育的指導をする必要性と、配慮する自分との狭間で揺れている。そうでしょう、エアポーション・零式さん」
「……」
「貴方がなぜ、そうまでしているのか? それは、貴方が自己実現をなんとしても果たしたいためです。貴方の正体はそこにある。貴方は本当はとても自己中心的な人だ。それをまずはお認めになったらいかがでしょうか? ……以上で、私からの話は終わりです。お忙しいでしょうから、早急におひきとりください。沢山のファン達のために」
あまりにも踏み込んだ物言いに流石の零式も一瞬固まった。
「先生……」
牛子が気まずい感じで、新神の顔を見やる。
「ありがとう。新神先生。僕の悪いところを指摘してくれて」
「えっ!?」
意外な、発言に牛子は驚いた。
「じゃ、言われた通り帰ることにするよ。今日はとてもいい経験になったよ。2人ともありがとう」
「フフ、重々お気をつけてお帰り下さい」
勝ち誇ったように、新神は零式の口癖をマネた。
「そうそう、大事なことを言い忘れていた。今日のこのやり取り、全部録音させてもらったから。後で、スタッフのみんなに聴いてもらうね」
そう言って、懐からスマートフォンを取り出して、チラリと見せた。
確かに録音機能がオンになっていた。
この一連のやりとりをスタッフ達に聞かせれば、確かになんらかの効果は期待できる。
(こいつ、あらかじめ全部計算してたのか……手のひらの上だったということか)
思わず、新神はギリギリと歯ぎしりをした。
「じゃあね。またね。ありがとう」
そう言って、爽やかにエアポーション・零式は出入口に向かっていった。
☆
「はっ!?」
しばらく茫然としていた新神だったが、思わずハッとした。
「なんですか、先生?」
「サイン! サイン貰うの忘れてた! まだ、間に合う。ダッシュで追いつくぞ」
「待ってください先生。サイン用の紙がないですっ!」
「メモ用紙があるだろうっ! それにサインしてもらうぞ! 急げっ」
「えーっ、絶対にそれって失礼だと思う」
そう言いながらも、牛子も零式のサインは是非欲しかったので、後を追うことにした。
ビルの出入口を飛び出て、左右を見渡すと……いた! ちょうど車の後部座席に乗り込もうとしていた零式の姿を見つけた。
「零式さーん!」
手を振って、牛子が駆け寄っていく。
が、車の後部座席に入っていく零式。
「まぁてぇ! サインくれぇ!」
慌てて、ダッシュしていく新神。
と、後部座席から零式が出てきた。
手には2枚のサイン用紙があった。
そこへ2人は追いついた。
「はい。これ、僕からのサインです。もらっといて」
そう言って、零式は2人に2枚の自らのサインが書かれたサイン用紙を手渡した。
それを受けとる牛子。
すぐに、零式は車の後部座席に乗り込み、すぐに車は発進していった。
……。
「どうです。先生? 世の中には上には上がいるんです。先生より上の人だって当然世の中にはいるんですよ? これを機に少しは謙虚になられてはどうですか?」
牛子は零式のサイン用紙を1枚手渡しながら、そう言った。
「絶対にやーだもんっ!」
言い切る新神。
「……」
やっぱりそういう人なんだろうな。と、牛子は無言で、白い目線を送るのみだった。
(ボクは絶対に天才なんだもーん!)
――新宿の上空は車の排ガスの影響で、空気が結構汚れていた。
第2話 カリスマアーティスト closed.




