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新神なんでも相談屋 ~ゴッド・オブ・バディ~  作者: 空希果実


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第1話 路傍の石

 オレは、深い闇を抱えている。

 世の中は、真っ暗だ。

 どいつもこいつもオレが早く消えればいい、そう願っている。

 ……人の視線が刺さる。オレを意識した咳払いをしている。

 どこに居ても居心地は最悪だ。

 ――ああ、はやく世界が滅びねぇもんだろうか。

 こんな世の中メチャクチャになってしまえばいい。


 しかし、オレは路傍の石。

 ただ、そこにあるだけの。なんの変哲もない、ありふれた石。

 オレは――。


 

 ここは、新宿。

 大都会。たくさんの人達が行きかう街。

 

 街中にはビルがたくさん並んでいる。

 その中に、とあるビルが。

 ビルの名前は、新神(にいがみ)ビル。

 まだ建てられて間もない、真新しいそのビル。


 ぴかぴかのガラス張り、コンクリートと一体化した、見上げれば20階ほどもあるビル。

 そこへ、1人の若い女性が入ろうとしていた。

 いや、入ろうか、どうか、まよっていた。


 (あーもう、髪型がちゃんと決まらない)

 その女性は、ビルのガラス部分に映った自分の顔をみながら、手櫛で髪形を整えていた。

 年の頃は20歳くらい、リクルートスーツに身を包み、真面目で人が良さそうな印象。

 女性はショートボブの髪をととのえるのを諦めて、もう時間がない、と慌てて、新神ビルへと入っていった。

 新神ビルの1階には、ひとつのプレートが掲げられていた。

 そのプレートには、こう書いてあった。――『新神なんでも相談屋』と。



「遅いな」

 パイプ椅子に座った中年男性が、古びた腕時計に目を落としながら、そうつぶやいた。

 中肉中背、年の頃は30代前半くらいに見える、その男性は、イライラした様子で立ち上がった。

 そして、機敏なしぐさで、髪をピッと指先でなでた。こざっぱりとした印象だが、まだ、どこか色気づいている。そんな印象がある髪型をしていた。


「すみませぇん、遅れましたっ」

 がらんと広い、新神ビルの1F。そのフロアに響く声。

 若い女性の声、男性は声のした方を見た。すると、リクルートスーツに身を包んだ、ショートボブの20歳くらいの女性が、小走りで駆け寄ってくるのが見えた。

 そして、2人は、ふしぎな言い方をするなら。ボーイ・ミーツ・ガールした。



「すみませんっ。改めながら、ご挨拶します。今日からこの相談屋でお世話になる、牛神牛子(うしがみうしこ)です。よろしくお願いいたします」

 そう言って、リクルートスーツ姿の女性、牛子は深々と頭を下げた。

(私ももうはたち。社会人としての自覚をもって、ちゃんとしないと)

 キッチリと礼を深いところで止めて、そして、丁寧な所作で頭をあげていった。

 しかし、それを受けたはずの男性の目線はあらぬ方向を向いていた。


「キミねぇ……」

 ノーネクタイでラフなジャケットスーツ姿のその男性は、投げやりに、呆れたように言った。

「すいませんっ。遅れてしまったことについては、おわびいたします」

 ふたたび、頭をさげようとする、牛子。

「違う! ぜんっぜん違うから」

 男性はそう言う。

「えっ?」

 牛子はわけがわからず、男性の顔をみた。

「あのねぇ、違うでしょ。挨拶するんだったら、面白いことの1つや2つ咬まさないと! 例えば、そう。こういう風に」

 そう言って男性は、目の前の長いテーブル椅子を避けて、牛子の目の前に立った。

 そして、ちょっとした振り付けをしながら、歌いだした。


「ごーはん、つーぶがー、付いていたら、ペロッて舐めてあげるわー♪ なんて、上等♪ ぜんぶ上等♪ ちょっぴりホントは腐女子ガール♪」

 そして、歌い切った男性は、最後にパチッとウインクを決めた。


 うわぁ、きもちわりぃ。強くそう思った牛子だが、顔に出してはいけないと必死にこらえて、ひきつった笑顔を浮かべた。

 そして、パチパチパチと控えめな拍手をした。


「これが手本だから。次回から参考にして」

 満足そうにそう言う男性。

「お断りします」

 牛子はピシャっと言い切った。

「あっそ」

 別に男性はどうでもいい、といった様子で、クルリと反転し、2つ並んでいるパイプ椅子に座り直した。


「となりに座りたまえ」

 男性は牛子が隣に座る様にうながす。

 2つ並んだパイプ椅子の前には簡素な、移動式の長机があって、その長机を挟んで、対面にはパイプ椅子が4つ並んでいる。

 それ以外のものは、めぼしいものはフロアにはなく、ガランと広いスペースが広がっていて、片隅には小さなキッチンや、トイレ、シャワーといった生活感のある設備が備え付けられている。

 牛子はチラリと、そちらの方を見やり、それから、男性の隣のパイプ椅子に座った。


「あのー、一応というか、確認しておきたいんですが……」

 そろそろ、と、牛子は男性に話しかけた。

「なんだね?」

 グテっとした姿勢で、男性は尋ねかえす。

「わたし、今日からここに住んでもいいんですよね? あのー、そのー、無料で、ということで?」

「ああ、いいぞ。ただし、住民票はキチンと移しておくこと、それと掃除は自分でちゃんとすること。守れるか?」

(やはり、意外としっかりとしている)

 そう思った牛子は、はい、と言って、うなづいた。


「それでは、ただいまから、新神なんでも相談屋、オープンということにしますか。と。牛子クン、大学で学んでいるという心理学の知見を遺憾なく発揮してくれたまえ」

「はい、新神先生! 心得ています」


 ――それから30分後。早くもグダついた2人が、頬杖ついて退屈そうにスマホをいじっている、と。

 ゆっくりとした足取りで、こちらに向かってくる、年の頃50才くらいの中年男性の姿がみえた。


「あのー。新神なんでも相談屋というのは、こちらでよろしいのでしょうか?」

 中年男性は弱弱しい小さな声で、そう尋ねた。

 中年男性は、痩せこけていて、神経質そうで、なにか苦悩に満ちたような印象を受ける表情を浮かべている。


「ようこそお越し頂きました。当、新神なんでも相談屋を主幹している、新神炎寿(にいがみえんじゅ)と申します。どうぞ、目の前にあるパイプ椅子におかけください。歓迎いたします」

 そう言って、丁寧な所作で、新神は中年男性を招いた。

「はあ、ありがとうございます」

 中年男性は、妙に殺風景なところだなぁ、と思いつつ、パイプ椅子に腰を降ろした。


「では、まず、お名前とご年齢を伺ってもよろしいでしょうか?」

 新神は丁寧な口調で尋ねた。

「はあ……。名前は、錦鯉明(にしきごいあきら)。いま52歳になります」

 メモ用紙を片手に待ち受けていた、牛子がペンで走り書きをしてメモしていく。


「なるほど。錦鯉さん。本日はどういったご用件で?」

 新神はたずねる。

「………」

 しかし、錦鯉は口を開こうとはしなかった。

「………」

 新神と牛子の2人は、沈黙を守り、錦鯉の反応を注意深く伺う。

「あのー」

「はい? なんでしょうか?」

 牛子が口を開く。

(バカ。まだ早い)

 新神はそう思った。

 その新神の予感は的中して、男性は怪訝な表情を浮かべる。そして、口を開いた。

「アンタ達、まだ、随分と若く見えるけど、歳はいくつだ? ちゃんとした大人なのかよ?」

 不信感を抱いた錦鯉はそう尋ねた。

「年はちょうど40になります。こちらのバカ! は、まだ大学生でちょうど20才です」

 なんだいきなりその扱いは? と思いつつも、牛子も続く。

「都内の大学で心理学を専攻している、牛神牛子と申します。若輩者ですが、よろしくお願いいたします」

「ふん。新神さん、だったっけ? アンタなら少しは話がわかりそうだ」

 錦鯉は、牛子の存在は無視して、新神の方を向いた。


「一応、確認取りたいんだけど? この相談屋って、なんでも相談していいんでしょ? それに無料なんだよね? 本当に?」

 少しリラックスしてきた様子で、錦鯉は確認を取ろうと尋ねた。

「はい。当、新神なんでも相談屋では、あらゆる相談に対してコミュニケーションのみで解決することをモットーとしている、無料(タダ)で利用できる相談屋となっております」

 テキパキと新神は応える。


「ふうん、ひょっとしてアンタ金持ちなの?」

 なにかを試すかのように、錦鯉は質問を続けた。

「はい。当ビル。新神ビルの所有者です。他にも都内にいくつかビルを所有していて、そこからの所得で生活しております」

 新神は本当のことをそのまま伝えた。

「はっ、いいご身分だことで」

「果たして、本当にそうでしょうか?」

 その新神の切り替えし、を受けて、錦鯉はなにか納得のいった様子で頷いた。

「いいだろう。相談したかったことを話させてもらう。いいか? オレはな、路傍(ろぼう)の石なんだ」

(ん? 意味がさっぱりわからない)

 そう思った牛子は口を開く。


「あのぅ、それは一体どういう意味で、お――」

 牛子の口を途中で手で遮り、新神は錦鯉の意を汲もうと思案した。

 そして、0.1秒。

「はい、つまり、おっしゃりたいのは、路傍の石のように、普段は誰にも存在を意識されず、時折、子供や酔っ払いに戯れに蹴られて、転がる程度の世の中にとってどうでもいい存在、という意味合いでしょうか?」

「そういうことだ。アンタ察しがいいな」

 少し満足した様子で錦鯉は頷いた。


「オレはな、まともに働く気もないし、今も無職だ。狭いボロアパートに住んではいるが、電気もガスももう止まってるし、金もない。メシもここ3日くらいロクに食っちゃいない」

(大変な状態だ)

 そう判断した牛子はためらわずに口を開いた。

「錦鯉さん。私すぐにでもコンビニに走って何か食べ物を買ってきます。おかゆか何か、消化にいいものを。とにかく、まず食べてください。いいですか?」

 すぐにでも行かないと。と、牛子はメモを放り出して、バッグの中から財布を取りだそうとする。

 しかし。

「いや、いい」

 錦鯉は申し出を断った。

「どうして?」

 牛子は思わず、錦鯉に詰め寄る。

「言っただろう。オレは路傍の石なんだよ。このままどうなろうが、くたばろうが、みんな知ったことではない。もう十分に生きた。もういつ死んでも構わないんだよ」

「私はどうでもよくないです。目の前の苦しんでいる人を放ってはおけない」

 牛子はそう言い切った。


「黙ってろ、青二才」

 そんな牛子を新神は切って捨てた。

 途端にぱぁっと、錦鯉の表情が明るくなる。

「いいですか? 錦鯉さん。ここは当ビルの敷地内です。ここでもし貴方になにかあると、我々は責任を持って対応しないといけない。それが社会の定めるルールです。我々には社会通念上の道義的責任がある。おわかりになりますね?」

「は、はい。申し訳ございません」

 社会、責任という言葉を聞いて、錦鯉は判断力を失い、思考も身体も硬直して、新神に謝った。

「よろしいです。では、牛子クン。ちょっくらコンビニにひとっ走りして、おかゆでもビフテキでも好きなものを買ってきなさい」

「はい! 先生」

 そう言って、牛子はサイフ片手に立ち上がり、ビルの入口へ向かって走り去っていった。


「さて」

 2人きりになったフロアで、新神はそう言って立ち上がり、錦鯉の元へと歩み寄り、その肩へとポン、と優しく手を置いた。

 一体なにを言われるんだろう? 錦鯉がビクビクとしている、と。

「錦鯉明さん。52才、でしたよね。その年代と言うと、子供時代はバブル景気真っ盛りでしたね? 日本の景気は最高潮、世界からはジャパンアズナンバーワンと讃えられ、世界中の賞賛と富をかきあつめ、精一杯の幸せをみんなで謳歌していた、笑顔あふれる日本が最も幸福だった時代です。どうです? 錦鯉さん自身も子供時代には大変いい思いをして過ごされたのでは?」

「……」

「ところが、急転直下、バブル景気は崩壊し、日本は長い停滞期に入ります。就職氷河期と言われ、見捨てられた世代、ロストジェネレーションと揶揄され、仕事もなく、将来になんの展望も持てず、時代が令和に移り変わろうとも、なんら暮らし向きがよくなる予兆もなく、孤独な独り身のまま年を取り、そして、今、朽ち果てようとしている。右肩あがりの人生は楽しい一方で、その反対の人生はあまりにも耐え難い。心中察するに、さぞやお辛いかと思われます」

「……」

 錦鯉は新神の本意を測りかね、黙って話を聞いている。

 新神は、錦鯉の肩から手を放し、自らが座っていたパイプ椅子へと戻った。


「さて、では、我が出来の悪いアシスタントの帰還を待つこととしますか。錦鯉さん、なんでもおっしゃりたいことがあるなら、遠慮なく口にしてください」

「……」

 しかし、錦鯉は黙ったまま口を開こうとはしなかった。

 と。そこへ。

 コンビニ袋を手に下げた牛子が小走りで戻ってきた。


「おまたせしました! おかゆです! 錦鯉さん。食べてください。ゆっくり少しづつですよ?」

「……」

 錦鯉は黙ったまま、コンビニ袋から取り出された、おかゆと割り箸を受け取った。

 そして、おもむろにおかゆが入ったアルミ袋を開封して、そこに割った割り箸を突っ込んだ。

 ふるふると震える手で、最初の一口を食べようとする。と、おかゆがぽろぽろと箸の間からほとんど全部こぼれおちていった。


 途端に、錦鯉の頭はなんとも言えない怒りの感情でいっぱいになる。

「おい! なんで、スプーンじゃねーんだよお! おお!? おお!? なんで、スプーンじゃねーんだよおっ! おいっ」

「す、すいません。急いでてそこまで気が回りませんでしたっ」

 牛子は慌てて謝る。

「いいや、違うね! どいつもこいつも腹の中ではオレのことをバカにしてやがるっ。オレがゴミ屋敷の部屋から死ぬ気でがんばって外に出たら、世間はみんなオレに冷たい目線を注いでいる。この邪魔者がっ! と。みんな腹の中ではそう思ってやがるんだよっ! だから、スプーンじゃなくて、割り箸になるんだよぉおおっ! そういうことだろうぉおおっ!? どいつもこいつも大っ嫌いだオレは!」

「錦鯉さん……」

 牛子がかける声が見当たらず、新神に目線を送る。

 しかし、新神は無表情で錦鯉の話を聞き入れていた。

「いいかぁ! オレはなぁ! こんな世の中なんてとっとと滅んでしまえっ! みんな死んじまえっ! っていつも思ってるんだよっ! それで、そんな自分が嫌で嫌でしょうがないっ! 苦しいんだよっ! どれだけ、オレが苦しい人生を歩んできたのかオマエラにわかるのかぁ! わかるのかっ!? っつってんだよっ!?」

「ええ、わかりますよ。錦鯉さん。自らを路傍の石と思い込むことでしか、自らの存在を納得させる術がなかった。今まで相談したくても誰にも相談できなかった。辛かった。苦しかった。そうですよね?」

「……」

「錦鯉さん。わたし今からコンビニに行って、スプーンもらってきます。そして、おかゆを食べて、落ち着いたら、一緒に錦鯉さんのアパートに行きましょう。ゴミ屋敷のお部屋、私が片付けます。一緒にやりましょう」

「底抜けの甘さだなぁ! 恐れ入った!」

 思わず、ポロっと新神がそう口にした。


 途端に、やわらぎかけていた錦鯉の気持ちは硬直する。

「舐めるなぁ! 舐めるなっつってんだよ! オレを舐めんじゃねーよっ!」

「錦鯉さん」

 思わず、牛子が錦鯉の肩に手をかける。それを錦鯉は強烈に振り払った。

「舐めるなっ! っつってんだよっ! オマエみたいな! 学校や家庭でヌクヌクと守られて育ってきただけの! 社会から守られて生きてきたヤツにオレの気持ちがわかってたまるかっ! ってんだよっ! オレが仕事ないときに、真夜中に、無性に泣けてきて、流れてきた涙がしょっぱくて、そのまま床に落ちて流れていく、それがっ! どれだけオレがっ! 今までの人生で散々みじめな思いをしてきたかっ! オマエなんかにわかる訳ねーだろうがよぉ! オレの涙には1円の価値もねーんだよっ! それがどれだけ辛くて惨めなのか、わかるのかよぉおおおおっ! ………。………。はぁはぁはぁ。はぁはぁ」

 あまりに思いの丈を喋り過ぎたのか、はぁはぁ、と錦鯉は息を切らしている。


「なるほど。なるほど。話はよく伺いました。で? 錦鯉さんは一体自分がどういう存在だとお思いなんですか?」

 新神が平然とした様子で、錦鯉に尋ねた。

「オレか? オレは、ただの弱い人間だよ。どうしようもなく弱い、ただの弱い人間だよ。それを今認めるしかねぇだろうが」

「違います! 自分の弱さを認められる人間は絶対に弱い人間なんかじゃないです! 私が保証します」

「……」

 しかし、そんな牛子の励ましは錦鯉の心には届かなかった。


「いいじゃないですか、錦鯉さん。弱くても。――弱くて強い、最高の人間にこれからなれば」

 なにを意味をわからないことを言ってるんだろう、この人は? と牛子は思ったが、錦鯉の反応は違った。その言葉にピンときた。という様子で目を見開いていた。

「ふっ。新神さん。アンタの言ってることオレにはわかるよ。ありがとう。確かにそうだな、うん」

 そして、錦鯉はスッキリしたのか、おかゆ袋の中に箸を突っ込んで、掻き込むようにワシワシと食べはじめた。

 それを、信じられない。と言った様子で牛子は見ていた。

(さっぱり、言ってたことの意味がわからない。……どうして?)

 牛子は新神の方を見やるが、新神は腕時計を見ていて、時間を気にしていた。

 今日の仕事はもう終わった。と、そんなたたずまいであった。



「新神先生。ありがとうございました。どうやらこれから前を向けそうな、そんな気がします」

「気が向いたら、また遊びにきてください」

 深々と頭をさげる錦鯉に対して、新神は軽い調子でそう応えた。

「はい。これからは、弱くて強い、そんな人間になっていきます」

 満足そうな笑みを浮かべて、錦鯉はそう応えた。

 一礼して、錦鯉はゆっくりとした足取りで、新神ビルを後にしていく。


「さて、今日はもう仕事終わりということでいいか。牛子クン、今日の反省会をしようか?」

「あーっ!?」

 急に素っ頓狂な声を牛子があげた。

 なにやら、コンビニ袋の中を見て、なにかを発見したようだった。

「どうしたんだ?」

 気になった新神が歩み寄る。

「これ、見てください」

 そう言って、牛子はコンビニ袋からなにかを取り出して、新神の目の前に差し出した。

 これは――?

「スプーン!? 入ってたのかっ!」

「えへへ、どうやら店員さんが気を利かせて入れててくれたみたいです。テヘッ☆」

 牛子ははにかんで笑った。

「なぁーにが、テヘッ☆ だよっ、このポンコツがぁ!」

「はいはいはいはいはい、コンプライアンス違反! パワハラです! それ以上ひどいこと言ったら訴えます」

「鍛えてやってるだけということもわからないとは、ホントにポンコツだな!? これから最低賃金でこき使ってやるから覚悟しとけ!」

「別にいいですよー。家賃がタダになること考えたら、それでもおつりが来ますから。じゃ、私これからここに引っ越すための準備してきまーす! ニトリへゴーです」

 そう言って、スキップして牛子は出入口へと向かっていく。

「明日からは、こんなもんじゃ済まないからなぁ!? 怒涛の展開でプッシュプッシュプッシュだぁ!」

「しりませーん」

「明日から、ビシバシいくからなぁ! 覚悟しとけよーっ! って」

 牛子の姿は既にフロアから消えていて、ただっぴろいフロアの中、新神だけが取り残されていた。

 広いフロアにポツンとただ1人になる。

「ック! まぁいい。……陽気に踊っちゃおーっと♪」

 ――それから、10分くらい新神は陽気にそこで踊っていた。

 そして、踊り切った後、よしっ、じゃあ最後にもう一仕事。と。ロッカーからモップを取り出して、フロアの床掃除をはじめた。

 しばらくして、さきほど錦鯉がこぼしていったおかゆを目にした新神。

 じっと、そのおかゆを見つめている。

 そして、ふと、思うところがあった。

「……床にこぼれた涙の悲しさ、か」

 と。

 少し、染みたな、と、錦鯉のことを思い出した。

 ……きっとたぶん、彼には、そんな夜はもうこないのではないか? 

 仄かに思う、そんな新神であった。


 外は、ちょうど春のはじまりの季節で、桜の花が芽吹こうかという時であった。



第1話 路傍の石 closed.

 

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