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第八話

 陸上艦用の港内部にある第七広域警備保障支社の演習場は好奇と、どこかいま相対する彼らを値踏みするような色の視線に満ちていた。

 演習場の中央で向かい合う二人の姿は対照的だ。

 先端部に武骨な何らかの機器が取り付けられた長い杖を携えるライオと、盾と杭が一体化したかのような妙な形状の装備を左腕に取り付けたカイル。


「俺に勝てると思ってるのかよ能無しカイル」


「いつでもどうぞ?」


 軽薄な笑みと共に吐かれた暴言を意にも介さず、カイルは僅かに腰を落とし臨戦する。

 ノアは二人が睨み合うのを演習場の上部に設けられた観戦席から見遣る。

 以前の熱喰らいの襲撃時に見たカイルの強さ。それは確かに病室のテレビやインターネットで見たどんなスポーツマンや格闘家よりも凄まじいものだった。

 だがそれと同時に、この世界の“魔法”が如何に反則じみたものなのかも体感として理解できている。

 あの時、ノアがリミッターを外して使用したバーナー。あんなものを人に向けて使ったら?

 あるいはヴィジルと呼ばれたあの不気味な目のない男が生み出した氷の刃が当たっていたら?

 間違いなく、人は、死ぬ。


 ——カイルさん……。


 殺し合いではないはずだ。

 心配しなくて良いはずだ。

 そうは思っていても、万が一を想像すると内臓が見えない手で握られているような不快感が拭えない。


「……心配ですか?」


 不意に隣から声を掛けられてノアはビクッと肩を震わせる。

 驚いて見ればそこにはさっきライオの隣に立っていた“後輩”とやらが居た。

 思わず睨めつけるような視線を向けると、側頭から角の生えた赤髪の人物は僅かに苦々しそうな顔をして小さく頭を下げた。


「あの人と一緒にしないでください。……と言ってもダメですね、私は諌めもせず横で突っ立っていただけですから」


「あ、いや……」


 面食らってろくな応答ができずにいると不意にブザーのような音が演習場に鳴り響いた。

 それが“開始”の合図であることを察し、ノアはバツが悪い心地のまま中央へと視線を戻す。


起動(イグニッション)一番(ファースト)


 ライオが杖を掲げて唱えると、構えられた杖が淡い青の輝きを放ち、カイルめがけて火球が放たれた。

 当たればただではすまないとわかるそれはまるで破壊力を誇示するかのように決して速くはない速度で進む。

誰もがカイルは左右のどちらかへ身を躱すと思っていた。

 しかし彼が取ったの選択肢は“前進”だった。

 四足獣かと見紛うばかりに姿勢を落とし、左腕に装備した複合盾を前に構えライオ目掛けて真っ直ぐに駆け出す。

 瞬く間に火球との距離は詰まるが、彼はそれを構えた盾で下からかち上げるように軌道を逸らして見せた。


「カイルさん……!」


 もろに当たれば火傷どころでは済まないと分かるのに、彼が躊躇なく前進を選んだことに驚愕する。

 あれだけの速さがあれば回避そのものは容易かったはずなのに。


「術士相手に最速で距離詰める。正解だと思います。にしたって思い切りは良すぎますが」


 隣から聞こえる声にちらとそちらを見ると、件の赤髪はノアを意識しているのだろう、さり気ない程度にノアの方を向いている。

 解説役を買って出てくれたというところだろうか?


三番(サード)!」


 ノアの戸惑いなど全く関係なく、ライオの声とともに彼とカイルの間に炎の壁が現れた。

 しかしカイルはそれを読んでいたかのようにスライディングに移行すると左手を天に掲げる。盾の内側から放たれた鎖が天井に張り巡らされたパイプ類を捉え彼の体が持ち上がると、巻き取られる鎖の勢いに合わせて彼は体を起こす勢いを利用して飛び上がった。


「上だと……ッ?! 曲芸師が……!」


 既にパイプを手放していた鎖が空中で体を捻ったカイルの動きに合わせて振るわれる。

 先端部の速度は目で追える限界を試すかのごとく残像を残す鎖が的確にライオの顔面を狙って迫るも、直撃の寸前に展開された薄青い光の壁がそれを遮りけたたましい音を立てた。


「あの、アレは……? えっと」


「エヴァンジェリンです。……あれは標準的な防御術式。展開が早いのが特徴で、戦う術士の生命線です」


 つまり如何に上手く攻めたとしてもあの防壁を突破できない限り、ライオに一撃を見舞うことはできないのだろう。

 中距離から鎖とナイフの投擲によって間断なく行われるカイルの攻めは、都度都度ピンポイントに展開される防壁によって弾かれて有効打になっていない。


「あの人は特にあの術が得意なんです。……あんな性格なのに」


 意外だ……。

 ぼそっと赤髪——エヴァンジェリンが付け足した言葉に頷いてしまう。あのライオという青年はもっと攻め気のあるものを好みそうな印象があった。


「てめぇなんかに抜かれる防壁じゃねえんだよ!!」


「そっか、すごいね」


「舐めやがって……! 二番(セカンド)


 鎖を防壁で弾き返し、直後に飛来した投げナイフを首の動きひとつでかわしながら苛立たしげにライオが叫ぶと、カイルを取り囲むように現れた火球が一斉に彼を捉えるべく動き出した。

 しかし彼は再び盾を構えたまま身を低く駆け出し方位を突破。先程と違い火球は方向を変えカイルの後を追いすがるそれを目で確認すると、そのまま真っ直ぐに壁に向かって進み、そのまま一瞬垂直に壁を駆け上ると、蹴りつけるようにして後方へ宙返り。

 急な方向転換に追いつけなかった火球が次々と壁に直撃し爆音を鳴らす中、カイルはぽんぽんとズボンの裾を叩いて汚れを落とす仕草を見せる。


「おしまい?」


 コテンと首をかしげて彼は問いかけた。

 ライオとカイルの距離はほぼほぼ戦闘開始時点と同じ間合いに戻っている。


「まだまだ先輩優位ですね……ただ短気だからな、あの人」


 解説の後半に思わず「でしょうね」と返しかけて、ノアは口を慌てて手で塞いだ。


「舐めるなよ……能無しィ!」


 おおきく振り挙げられた杖が燐光を発する。

 瞬間、ジャラリと金属の音を立てて射出された鎖がそれに巻きついた。


「大振りすぎ」


「馬鹿が! 逃げられないのはてめぇなんだよ!! 七番(セブンス)!」


 駆動音を立てて鎖を巻き取ろうとするカイルの“複合盾”に抗いながらライオが吠える。

 杖から放たれた光がチリチリと音を立てながら鎖を這って彼に迫っていく。だがカイルは一瞬、感心したような表情を浮かべただけで特に慌てることもなく、再び吶喊する。

 チェーンフックによる加速と彼が元々持っている獣の如き速さは光が鎖をたどり切るより速く、彼をライオにとって致命となりうる距離へ運びきった。


「速ぇ……ッ?!」


 瞬間、地面スレスレから左の拳を振り抜くような動作とともに放たれたのは複合盾の下部に取り付けられた杭。

 しかしこの一撃もまたギリギリのところで展開された防壁に弾かれる。


「この対応は……バレてますね」


 口元に手を当てて難しい顔をして彼女がつぶやく。


「…………炎と防壁は同時に出せない?」


「よくわかりましたね。正確に言うなら、先輩の補助機では複数術式を同時に使えないんです」


 鎖を這っていた光は既に消失して、今はただ彼とカイルの間に淡く輝く薄青の透明な防壁だけがある。


「て、てめぇっ……!」


 ハッキリとライオの顔に焦りが滲む。


「お手本みたいな方術戦だね。俺にはできないことだ」


 ジャラリと金属音を立て、杖に絡みついていた鎖が外れて複合盾に巻き取られていく。

 その速度はそれだけで“凶器”となりうる程のもので、鎖の先端にとりつけられたフックが彼らの間にあったその壁にくい込んでビシリと罅を生じさせた。


「補助機はひとつ。術式の並列起動に対応していない代わりに出力とレスポンスが優れているタイプ」


 カイルが言いながら左手を更に引く。

 パキパキと音を立てて防壁の罅がさらに広がった。


「防壁は再展開されるまで強度を回復しない単発型」


 ガコンと音を立てて彼の左手の杭が再びの射出に備えて引き絞られる。


「あとは術士ゆえの“運動不足”……かな? 目で追えてるのに足がついてきてない。

 普段は優秀な前衛と組んでるんじゃない? 装備の選び方が“術士”の役割に特化しすぎてる。

 要は、油断、だね。コテコテの術士が一対一で戦士と戦うなんて」


「……ぁ」

 一瞬、空気が震えた。

 カイルの左腕に装備された複合盾から鳴り響く重々しい金属の駆動音。

 直後、ライオの目の前にあった「防壁」が、まるでおもちゃのガラス細工みたいに粉々に砕け散るのが見えた。

 破砕音が現実のものとは思えないほど高く、透き通って響く。

 光の破片がキラキラと演習場に舞い、その中心、ライオの眉間のすぐそばで太い杭が、ピタリと静止していた。

 息をするのも忘れて、ノアはただその光景を凝視していた。

 一センチ、いや、数ミリでもズレていれば、ライオの頭は今ごろ——そんな嫌な想像が頭をよぎって、背筋に冷たいものが走る。

 ライオの杖を握る手から力が抜け、カラン、と乾いた音を立ててそれが床に転がる。


「……終わりでいい?」


 静寂の中で、カイルの穏やかな声が響く。

 それは以前、ノアに話しかけてくれた時と同じ、少しだけ困ったような、優しいトーン。

 その声を聞いた瞬間、ぎゅっと締め付けられていたノアの肺に、ようやく酸素が戻ってきた。


「……認識票でセーフティがかかる仕様だったんですね、あのパイルバンカー……」


 隣で、エヴァンジェリンが呆れたような声で呟くのが聞こえた。

 パシュッ、と排熱音が演習場に吸い込まれていく。

 彼は小さく息をついてから、観客席のノアを見つけると、何事もなかったかのように顔をパッと輝かせた。


「ノア! 待たせちゃってごめんね! もう大丈夫だよ!」


 ぶんぶんと手を振る彼は、さっきまで冷徹なまでの戦いぶりを見せつけていた男とは到底思えない、いつもの人懐っこいカイルだった。

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