第5回 鍾繇、学問三昧の日々を送る
少年鍾繇の朝は、早い。
まずは、学問をする前に、家の事をやる様に言いつけられている。言いつけられていなくとも、荀爽の最年少の弟子であるので、自ら率先して取り組むつもりでいた。
朝の掃除、朝餉の用意をしてからその後片付けまでを鍾繇は、他の家人と一緒に懸命に取り組む。
すると、まずは午前の教場が開かれる。
教場は、鍾繇が志願して、特に念入りに掃除をしている場所でもあり、皆が気持ちよく学問に集中できるように、徹底的に机や床も毎日、毎日、磨き上げている。
教場の開かれている時間は、末端の弟子として教場の片隅で師である荀爽はじめ、高弟たちによる講義を受ける。
この時間こそ、鍾繇の至福の時間と言えた。
師や高弟たちの話が、身に染みてくる。本当の理解とはこういうものなのか、という実感がある。
ただ、当然といえば当然であるが、考え方や解釈の仕方が、自分と師や高弟たちと明らかに違う場合が時折ではあるがあったりするので、その時は、頭を下げて教えを請う様にしていた。
こういった生活を、一年、二年、三年と続けてきた。
家事に関しては、どの家人よりも手際がいいと言われるようになってきた。与えられた仕事が早く終われば、その分、学問に当てられるので、手を抜かず、工夫して、懸命に取り組んできた証であろう。
鍾繇はとにかく、全てのことに全力で取り組む。
この姿を荀爽は三年間、見守り続けた。
そしてある日、講義開始前に荀爽に呼び出された。
鍾繇は何事かと、すぐに荀爽に会いに行った。
荀爽がにこやかに言う。
「繇よ、私はお前の三年間をずっと見てきた。学問に取り組む姿勢で、お前より優れていた者はいなかった。最年少のお前が一番であったのだ。そこで・・・。」
荀爽は一旦言葉を止めた。鍾繇は荀爽を真っすぐに見つめながら次の言葉を待つ。
「鍾繇、お前を高弟に取り立てることにする。」
「私が、荀爽様の高弟、でございますか。」
「そうだ。とはいっても、今の生活を全部変える必要はない。ただ、私の書斎での資料整理など、そういった方面の手伝いも学問の合間を縫って、やってもらいたいのだ。」
更に続ける。
「面倒なことが増えるかもしれんが、どうだろうか。」
鍾繇は拝礼しながら、
「もちろん、お受けさせて頂きます。至らぬ点があれば、ご教導のほど、よろしくお願いいたします。」
こうして、鍾繇はわずか一三歳にして、天下の名士荀爽の高弟に取り立てられたのである。




