第44回 鍾会、蜀討伐の準備に着手する
鍾会はまた出世する。
鎮西将軍・都督関中諸軍事に任命され、蜀の討伐準備を命じられたのである。司馬昭が言う。
「士季よ、私は自分が存命の間に、“魏国”の為にも、天下統一を成し遂げたいと思っている。そして、呉か蜀かと言えば、蜀を最初に滅ぼすことを考えた。故に、そなたを鎮西将軍に任命したのだが、どうか。」
「はい、私も同じ考えでございます、蜀と呉であれば、まずは蜀を攻めるべきかと。諸葛亮亡き今、蜀を恐れる必要はありません。宦官の黄皓という者が政治を乱しており、今がまさに討つべき機会と存じます。」
「そうか。蜀の事はお前に全て任せる、ということで大丈夫か。」
「もちろんです。必ずや、ご期待に応えてみせます。」
「うむ、頼もしい限りだ。まずは作戦を立案せよ。」
鍾会は拝礼して、下がった。
後日、今度は司馬昭に鍾毓が呼ばれた。
「稚叔よ。お前の弟である士季には、今度は大きな仕事を与えたぞ。」
「大きな仕事、でございますか。」
「ああ。もう噂にはなっているだろう、隠す必要もあるまい。蜀の討伐だ。」
「・・・。そのような大役、士季でつとまるか、どうか。」
「心配することは無いだろう。私は士季に“王佐の才”があるとみているぞ。」
「王佐の才・・・。かつての、荀彧様を例えたお言葉ですね・・・。」
「そうだ。そこで稚叔、お前を呼んだのは他でもない。士季が蜀を滅亡させた後の事、を真剣に考えて欲しい。かつて、お前の父である鍾繇殿がやっていた仕事だ。」
「父と同じ仕事・・・。」
この言葉には、深い意味がある。
鍾繇は、漢という国に仕えつつ、曹操に仕えた。
そして、最終的に「曹魏」建国までの道筋を策定したのが、鍾繇である。同じことと言えば、「司馬昭の国造り」を手伝え、ということである。
ここで鍾毓は敢えて、余計な言葉を挟むことなく、拝礼して退出した。
司馬昭は、蜀を滅亡させた暁には「晋王」になることを望んでおり、それを実現するためには、鍾毓、鍾会兄弟の力が必要、と考えているのである。
こうして鍾毓と鍾会の「文」と「武」に分かれた戦いは続くのである。




