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第43回 鍾会、司隷校尉となる
鍾会は司隷校尉になり、洛陽の軍政を統括する立場となった。司馬昭からは、絶大な信頼を寄せられる立場となったのである。
そして、事件は起こる。
司馬昭の専横、我慢ならずと、自ら立ち上がった曹髦が、賈充に弑逆されたのである。
普通に考えれば、家臣が天子の命を奪うという大逆であるが、廷尉である鍾毓が色々と法的解釈を工夫することによって、曹髦の死は不幸な事故死であると結論付け、司馬昭はもちろん、実行犯の賈充も責任を問われなかった。
鍾会は鍾会で、司隷校尉として沈黙し、この件に関わらない様にしたのである。
こうして、鍾会だけではなく、鍾毓も積極的に司馬昭を支えることになるのである。




