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鍾繇一族  作者: 涼風隼人


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41/48

第41回 鍾会、初陣に出る

 洛陽に急報が入る。

 

 魏と呉の隣接する重量拠点である寿春にて、征東将軍の「毌丘倹」と揚州刺史の「文欽」が反乱を起こしたのである。

 

 日に日に強まっていく司馬師の専横に対しての反発であった。

 

 この討伐戦に、鍾会は帯同することになった。

 

 鍾会にとっては、初陣といえる。

 初陣と言っても、陣頭に立って戦うわけではなく、司馬師の補佐という、軍師的な立場での参戦であった。

 

 鍾毓は、出征前で忙しくしている弟に敢えて会いに行った。

 

 「士季よ、この戦、勝算は立っているのか。」

 

 「はい。ご心配には及びません。」

 

 「大将軍自ら、ご出陣なされるとか。」

 

 「はい、その側で軍政や戦略の補佐に携わるように、とのご指示を頂いております。」

 

 「そうか・・・。士季よ、身の丈に合わぬことをせぬよう、心がけて、この戦に臨むのだぞ。」

 

 「もちろんです。私にとっては、初陣と言えますので、出来もしないことを、提言したりするつもりはございません。」

 

 「そうか。それならよかった。必ず、無事に戻るのだぞ。」

 

 大将軍司馬師自らの遠征ということで、その準備は速やかに、そして確実に行われていた。そして、準備が整うと、早々に寿春に向けて出発したのである。総数一〇万の大軍である。

 

 毌丘倹たちは、情報によれば総勢五万、ということで、倍の兵力となる。

 

 毌丘倹たちは、呉や、他の魏の者たちにも声を掛けたが、期待したような反応はなく、毌丘倹は敗走を余儀なくされ、捕縛され斬殺、文欽は呉に逃亡した。

 

 鍾会は、この戦で、毌丘倹、文欽が完全に兵を掌握していないことを見抜き、兵士たちに投降を呼びかけるなど、その戦力を削り、士気を低下させることに成功、一定の軍功を挙げることが出来た。

 

 意気揚々と洛陽に引き上げるだけと思われたが、ここで司馬師の眼の病気が悪化し、何と、死に至ったのである。

 

 しかし、司馬師が死んだとしても、その弟の司馬昭がいる。


 司馬昭はすぐに全権を掌握、大将軍・都督中外諸軍となり、全ての権力を手放すことはなかった。もちろん、鍾会は司馬昭に従った。


 こうして鍾会は無事に初陣を終えただけではなく、次なる権力者司馬昭に仕えることになるのである。

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