第32回 鍾毓、明帝の死を見送る
西暦二三九年(景初三年)、魏国二代目の天子である明帝が、崩御した。享年三七年であった。
明帝は非常に聡明で、家臣の言葉にもよく耳を傾け、父である文帝の後を引き継ぎ、よくやったといえる。
しかし、明帝は子宝には恵まれず、その事に深く悩んでいた。結局、「曹芳」を養子に迎え、後継者とした。
明帝は命の灯の消える予感がしたときに、「曹爽」と「司馬懿」を後見人として指名した。
鍾毓は、明帝の死を偲んでいたが、この二人が後見人に指名されたと聞き、「まずいな」と率直に思った。
曹爽は大将軍であり、司馬懿は大尉であった。いずれも軍職の最高権威者と言ってよい。
ただ、鍾毓から見て、その能力は明らかに司馬懿が勝っていると思っているが、一族ということもありその持ち合わせている権勢は、曹爽が一歩先んじていた。
更に曹爽陣営は、司馬懿を大尉より上の「太傅」に棚上げし、軍権を取り上げたのである。
「この政争の行方によっては、魏国の運命は変わるかもしれん。」
鍾毓はそう思った。そして、更に思う。
「どちらに転んだとしても・・・。」
不安な気持ちで胸がいっぱいになるだけであったが、自分の職分を果たすことに集中し、その不安を少しでもかきけそうとした。




