24/48
第24回 鍾繇、漢中争奪戦に関与する
曹操は魏王に就任した翌年、長年の懸念である漢中の張魯討伐に乗り出すことにした。
そしてここで、再び鍾繇の出番である。今度は長安に入り、涼州と関中の動静を監視し、曹操の漢中遠征に支障が生じない体制を整え、維持した。
曹操は漢中に迫るが、もう一人、漢中を狙う者がいる。
益州牧となった劉備である。
漢中は、曹操と劉備の争奪戦となった。
機先を制したのは、曹操であった。既に、曹操と張魯では兵力格差が大きく勝負にならず、張魯は一矢報いたものの、すぐに降伏をして、その身柄は移送された。
そして、曹操が本格的に漢中を押さえてはその脅威は計り知れないので、劉備軍が動いた。劉備軍は善戦し、定軍山の戦いで、魏の宿将「夏侯淵」を討ち取り、漢中を制圧したのである。
曹操は再度漢中攻略を考えたが、様々な角度から検討して、漢中にこだわることをやめたのである。
そして漢中を制圧した劉備は、漢の高祖劉邦に倣って、「漢中王」を称し、曹操に対抗をしたのである。




