第23回 鍾繇、曹操が魏王になるのを見届ける
とうとう、この時が来た。
曹操が魏王に上る日である。
このために、鍾繇は人生の後半を、魏国の制度設計にかけてきたと言っても、言い過ぎではない。
荀彧がもし生きていたなら、自分の命を懸けてでも止めたであろう。しかし、鍾繇にとっては、強い国が出来て民が平和に暮らせれば、それが一番重要である、という様にいつからか考える様になり、曹操にはその資格が十分にあると思っている。
そして、鍾繇はこれが「最終形」だとは思っていない。
本当の意味での「魏の建国」は、まずは次世代である曹丕、そしてそれ以降に託したのだろう、と鍾繇は思っている。
やはり、二〇八年の赤壁の戦いの敗戦というのが、ずっと糸を引いているような気がしている。
「あの時点で、曹操様は自身での天下統一を諦めた」と、口には出せないがずっと思っていた。
あの敗戦以降、曹操が得意とする「速戦速攻」は無くなり、入念に準備をする様になった気がしてならない。
無論、戦などない方がいいし、やるからには勝たねばならない。それには、用意周到で臨むのは当たり前と言える。
しかし、曹操の強さの秘訣は、やはり「速さ」であったと思う。判断、決断、実行の速さが尋常ではなかったのだ。
それが、赤壁の戦い以降は、影を潜めた様な気がした。
とはいえ、ひとまずは、魏王を名乗る所までもってきたのは、やはり、曹操の才覚であろう。
魏王になった曹操に鍾繇は呼ばれた。曹操が言う。
「元常、この日までよくぞ本当に尽くしてくれた。その礼と言っては何だが、お前に三公の筆頭である、大尉の位を贈らせてもらおう。」
「もったいないお言葉、元常、感謝の念に堪えません。」
「文若、公達と言った、お前にとっての大事な友人を亡くした後も、そこに穴を空けない様に、地道に取り組んでくれていたことも、私なりに見ていたつもりだ。二人の天才ともいえる者たちが亡くなったことを感じさせない仕事ぶりであった。重ねて礼を言わせてもらおう。」
「お役に立てていたのであれば、それだけでこの元常、幸せであっと言えるでしょう。常に自分の非才におびえながら、その身に合わない高位と待遇をお与えいただいていることに対して、どうお返しをさせて頂けばいいのか、ただただそれだけを考えて生きて参りました。」
「その言や善し。さすがは元常である。しかし、だ。酷に聞こえるかもしれないが、私もそなたも、また仕事を終えて楽隠居することが出来る身分ではないということは理解をしておいてくれ。」
「もちろんでございます。この魏国の礎を更に強化なものとし、そして、まだ地方にはびこる賊どもを平らげる日が来るまで、自分の仕事が終わったと思うことはありません。」
「元常から、その様な勇ましい言葉が聞けると思わなかったぞ。私も安穏としていては、大尉殿を怒らせてしまいそうだな。」
曹操は笑いながら言った。
こうして、曹操は、この魏国の制度設計に地道に取り組んできた鍾繇に、三公の筆頭である「大尉」の位を送り、その苦労に報いた。
曹操は位人臣を極める以上の王になったが、鍾繇はまさに、位人臣を極めたといっていいだろう。
しかし、鍾繇が曹操に言ったように、魏国が出来たとしても、天下が定まったわけではないのである。
曹操と鍾繇、二人の戦いはまだまだ終わることなく、これからも続くのである。




