第12回 鍾繇、地方に転出する
鍾繇二九歳の春、転機が訪れる。
地方転出の命令が出た。陽陵県令である。
陽陵県は、涼州安定郡にある。洛陽からはかなり遠く離れた、いうなれば、辺境の地と言っても差し支えない。
なんせ、異民族と隣接した地域であり、中央の威令も行き届いているとは言い難い。一見、左遷の様に見える人事であるが、高い行政力を要求される場所であり、将来、更に上に行くにはこういった辺境での職務経験は必要なものであった。
この話を聞いて、荀攸が挨拶にやってきた。
「元常様、今回の人事はお祝いしてよろしいものでしょうか。」
「公達殿。私は、かねてより行政官には興味がありました。中央でまだ働きたいという気持ちが完全に無いと言えば嘘になりますが、今回の異動命令は私にとっては、いい機会だと思っております。」
「そうですか。初めての地方行政官としては、かなり難易度が高い地域に思えてしまいますが、元常様なら何とかなさるのでしょう。」
「まだ何もなしていないので何とも言えませんが、ひとまずは懸命に職務に励むつもりです。公達殿、後は任せましたぞ。」
「はい。元常様の代わりになれるとは思いませんが、私は私なりに尽力したいと思います。」
こうして、鍾繇は、辺境の地ともいえる涼州安定郡陽陵県へと旅立ったのである。
―一四日後―
鍾繇は、陽陵県令として着任した。
県令の仕事は多岐に渡る。それこそ、民政や徴税、司法や治安維持といった業務全ての責任者である。
洛陽と違い、陽陵県は華やかさがなく、「田舎町」そのものである。風が強く、常に砂埃が舞い上がる様な場所であった。民の活気も、洛陽に比べて感じられなかった。
鍾繇は城内を巡察した結果、一部の役人が商人や裕福な民に賄賂をたかっていることが聞こえてきた。また、治安があまりよくなく、県尉やその部下の質も良くないことが分かった。
鍾繇はまず、賄賂をたかっているという役人たちを自ら取り調べ、罪が明らかなものは罷免して、罰に処した。そして、県尉やその部下たちも調査を行い、県尉は罷免、その部下たちは譴責するという厳しい姿勢で臨んだ。
その結果、民たちに賄賂をせびる者はほとんどいなくなり、県尉を入れ替えてからは、その部下たちも姿勢を改めた結果、職務に励むようになり、治安も向上した。
こうして鍾繇が治績を挙げる中、洛陽より文が届いた。
荀攸からのもので、その内容は、大将軍の「何進」から声がかかり、「黄門侍郎」として天子様の近くにお仕えすることになった、という内容であった。
「流石は公達殿だ。そのお役目を立派に果たすであろう。私も負けずに、この陽陵県令として、民の為に働かねば。」
こう決意を新たにした鍾繇であるが、この西方の風は今の鍾繇にはあまりあわなかったようで、着任一年足らずで、体を壊してしまった。
最初は一過性のものと思われたが、全く快方に向かわないことから、県令としての職務を果たせぬということで、鍾繇は県令の職務を辞任せざるを得なくなり、故郷に戻ることになったのである。




