第11回 鍾繇、荀攸と出会う
鍾繇二六歳の春、一人の天才が尚書郎としてやってくる。
年齢はわずか二〇歳。
「荀攸公達」である。鍾繇同様、荀爽の薫陶を受けて、若干二〇歳にして、尚書郎に孝廉で挙げられた天才、といっていいであろう。
荀攸は鍾繇に早速あいさつに来た。
「元常様、お久しぶりです。この度、この尚書台で尚書郎に任命されました。今後とも、よろしくお願いいたします。」
「公達殿、息災であったか。あなたとお会いした時は、お互いまだ子供のころでありますな。その後、若き天才としての噂、この洛陽まで聞こえてきましたぞ。」
「おやめください、天才などと。これから、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。」
荀攸は荀爽の甥であり、鍾繇が荀爽に師事していた時に、何度か顔を合わせていたので、知らない仲ではなかった。
この荀攸は子供の頃から機転が利き、色々な逸話がある。
まずは八歳の頃、叔父の荀衢に耳を傷つけられた。親戚一同、その怪我をみてどうしたことか、と尋ねたところ、自分の不注意でございます、といい、荀衢にやられたことを最後まで言わなかった。
そして、一三歳の頃、祖父の荀曇が亡くなり、元下役として仕えていた者が、殊勝にも「荀曇様の墓守をさせてください」と申し出てきた。しかし、荀攸はいぶかしく思い追及したところ、この男は殺人を犯して逃げている最中で、墓守をして身を隠そうとしていたのである。
子供の頃より、この様に既に才知の片鱗を見せだしており、孝廉にも二〇歳で挙げられ、今、鍾繇の前にいるのである。
鍾繇が言って聞かせたわけでもないが、荀攸も鍾繇の様に、何事にも全力で取り組み、周囲の信頼を勝ち取っていく。
そして、わずか二年、鍾繇より先んじること一年、詔勅の起草に携わり、その才能を遺憾なく発揮したのである。
鍾繇から見た荀攸は、まさに天才、という言葉が相応しい俊傑であった。
一方、荀攸から見た鍾繇は、非常に真っすぐな人で、この人は心から信じられる人であり、将来にわたっても、ともに仕事をしていきたい人である、と思い、お互いに好意を抱いていていた。
そして、翌年、二人に転機が訪れるのである。




