第1話 勇者の眼が見抜いた真実
シルヴァニア王国の首都シルヴェリアは、魔術研究で知られる学術都市だ。石畳の道を歩きながら、俺は手紙の内容を思い返す。
セバスチャン・クロフォードからの依頼。
グランディア王国を追放された令嬢が、余命半年の宣告を受けている。治療を頼みたい――そう記されていた。
妹のエマ宛ての手紙だったが、あいにくエマは魔王軍残党討伐の任務中。代わりに俺が来た。治療魔法は使えない。だが、診断くらいはできる。
銀月亭。看板にそう書かれた宿の扉を開ける。
受付で名を告げると、二階の一室へ案内された。扉をノックする。
「どうぞ」
落ち着いた男性の声。中へ入ると、白髪交じりの初老の男性が立ち上がった。品のある執事服。背筋が伸びている。
「勇者カブラギ様でいらっしゃいますか」
「ああ。ナオト・カブラギだ」
「セバスチャン・クロフォードと申します。お待ちしておりました」
深々と頭を下げる。丁寧な所作。
「エマ・カブラギ様は……」
「妹は任務中だ。魔王軍残党の討伐でな。代わりに俺が来た」
セバスチャンの表情が、わずかに曇った。落胆だろう。無理もない。治療の勇者として名高いエマを期待していたはずだ。
「申し訳ございません。治療魔法が使えないと伺っておりましたので……」
「診断はできる。それに、俺には特殊な能力がある」
セバスチャンが顔を上げる。
「特殊な……?」
「真実を見抜く眼だ。病気の原因を突き止められるかもしれない」
希望の光が、老執事の瞳に灯った。
「では……お嬢様を」
隣室へ案内される。扉を開けると、ベッドに横たわる女性の姿。
銀色の長髪。青い瞳。美しい顔立ちだが、頬はこけ、肌は青白い。死の影が忍び寄っている。
「エリアーナ様、勇者様がお見えになりました」
女性――エリアーナがゆっくりと体を起こす。無表情のまま、俺へ視線を向けた。
「ナオト・カブラギと申します」
「エリアーナ・エルドリアです。わざわざお越しいただき、ありがとうございます」
丁寧な口調。だが、どこか諦めたような響きがある。
「治療魔法は使えないが、診断はできる。診させてもらっていいか?」
「はい……」
ベッドに近づく。エリアーナの青い瞳がじっと俺を見つめていた。
「少し眩しいかもしれない」
能力を発動させるため、目に力を込めた。視界が変わる。世界が歪んでいく。
いや、違う。本質が見えるようになった。
エリアーナの体を包む黒い靄。いや、靄ではない。鎖だ。黒い鎖が、彼女の心臓から全身へと這い回っていた。脈打つように、彼女の命を締め付けていた。