第7話 旅立ち
王都の門を出る。
用意した馬車に乗り込み、隣国シルヴァニアへと向かう。
馬車の中で、お嬢様は窓を開けた。外の空気を、深く吸い込む。
「セバスチャン」
「はい」
「あなただけが、私を見ていてくれた」
お嬢様が私を見た。満面の笑みで。涙をこぼしながら。相当な激痛のはずだが、痛みで涙を流しているわけではない。
「本当に、ありがとう」
「当然のことでございます」
私は深く頭を下げた。
「これからは、静かに暮らしましょう。誰にも縛られず、自由に。そして――」
お嬢様が窓の外へ視線を戻す。再び、深く息を吸う。
「最期まで、自分らしく」
風がお嬢様の銀髪を揺らした。
馬車は、ゆっくりと進んでいく。
グランディア王国を離れ、新しい土地へと。
お嬢様は、穏やかな表情で目を閉じた。
私は、黒革の日誌を胸に抱く。
五年間の記録。お嬢様の全てが、ここに記されている。
しかし――最後の秘密だけは、書けなかった。
お嬢様の余命は、あと半年もない――私だけが知る、最後の秘密。いや、彼女はすでに気づいている。ゆえにグランディア王国を去る、という決断を下された。
そんなこと認めない。
彼女の命を救う。これが私に課せられた使命。隣国シルヴァニアの噂だけが頼りだ。
勇者、エマ・カブラギ。私の手紙が届いていることを願う。