第5話 四冊目
四冊目の日誌。グランディア暦1233年。
お嬢様が二十歳の年。
「この年、社交界に新しい令嬢が登場いたします」
私は、マリアンヌ嬢へ視線を飛ばす。
「マリアンヌ・ベルモント嬢。伯爵家の令嬢にして、社交界で『完璧な令嬢』と称された方でございます」
マリアンヌ嬢の顔色が、わずかに変わった。
「そして奇妙なことに――この方が登場してから一ヶ月後、お嬢様への中傷が急増いたします」
日誌のページをめくる。
「グランディア暦1233年4月15日。お嬢様が貧民を突き飛ばしたという噂が流れます。目撃者は、マリアンヌ嬢」
静寂。
「しかし私の記録では、お嬢様は転んだ貧民を助け起こそうとなさっただけ。貧民ご本人も、そう証言しております」
もう一ページ。
「グランディア暦1233年6月3日。お嬢様が孤児を罵倒したという噂。報告者は、マリアンヌ嬢の侍女」
さらに一ページ。
「実際には、孤児が危険な遊びをしていたため、お嬢様が叱っただけ。孤児院の院長も証言しております」
次々とページをめくっていく。
「グランディア暦1233年8月22日。お嬢様が殿下を無視したという噂。報告者、マリアンヌ嬢」
「グランディア暦1233年10月10日。お嬢様が貴族を見下す発言をしたという噂。目撃者、マリアンヌ嬢」
「グランディア暦1233年12月1日――」
私は日誌を閉じた。
「全ての『事件』に、マリアンヌ嬢の影がございます。偶然でしょうか?」
マリアンヌ嬢が、一歩後ずさった。
「ち、違います! わ、わたくしは――」
「証人を」
私が手を上げると、数名の侍女たちが前へ進み出た。マリアンヌ嬢の侍女たちだ。
「申し訳ございません」
一人が震える声で言った。
「マリアンヌ様に、命じられたのです。エリアーナ様を陥れるよう、金で買収されました」
謁見の間が、どよめいた。
「嘘よ! そんなこと――」
お嬢様が、小さく咳をした。
ハンカチで口元を覆う。一瞬だけ、顔をしかめた。
すぐに元の無表情に戻ったが、私には分かる。また苦しいのだ。
「マリアンヌ様」
別の侍女が証言する。
「あなたは『あの女が邪魔なの。何としても追い出さなければ』と、仰いましたね」
「黙りなさい!」
マリアンヌ嬢が叫んだ。もはや、優しげな表情は消えている。
「あの女が――エリアーナが邪魔だっただけよ! 王太子妃の座は、私のものなのに!」
本性を露わにした。
貴族たちの視線が、一斉に非難の色を帯びる。
「衛兵、マリアンヌ・ベルモントを連行せよ」
王太子の命令に、衛兵たちが動いた。
「離しなさい! わたくしは、わたくしは――!」
マリアンヌ嬢の叫び声が、遠ざかっていった。