第4話 三冊目
三冊目の日誌。グランディア暦1232年。
お嬢様が十九歳の年。
「この年、お嬢様の慈善活動の実態が明らかになります」
私は、分厚い帳簿を取り出した。
「こちらは、エルドリア公爵領からの送金記録でございます。毎月、聖マリア孤児院へ金貨五十枚。年間で金貨六百枚。五年間で――金貨三千枚でございます」
貴族たちが、息を呑む。
「しかしお嬢様は、これを匿名でなさいました。なぜか。お分かりになりますか?」
誰も答えない。
「お嬢様は仰いました。『名前を出せば、偽善と言われる。だから誰にも知られず、ただ助けたい』と」
私は続ける。
「しかもこの資金は、お嬢様ご自身の財産からでございます。七歳で両親を失われた後、エルドリア公爵家の財産の大半は後見人であるヴィクトール伯爵が『管理』なさいました。お嬢様に残されたのは、わずかな年金のみ」
ヴィクトール伯爵の顔色が変わった。
「その僅かな年金から、お嬢様は全てを捧げられたのです。ご自身の衣服は最小限に。装飾品もほとんど持たず。ただただ、困っている人々のために。お嬢様は他にも、貧民街ロウゲートへ毎週食料を配布なさいました。冬には毛布を二百枚以上。さらに、慈善騎士団へも匿名で支援金を。そして――」
もう一枚の書類を取り出す。
「聖マリア孤児院の改築費用、金貨一千枚を全額ご負担なさいました」
謁見の間の扉が開いた。
入ってきたのは、粗末な服を着た人々。貧民街の住民たちだ。
「あの、私たちは――」
一人の老婆が震える声で言った。
「毎週、銀髪の天使様が食べ物をくださいました。あれが、エリアーナ様だったのですね」
涙を流しながら、深く頭を下げる。
「ありがとうございます。私たちは、あなた様のおかげで生きてこられました」
次々と、貧民たちが頭を下げた。
「冬には毛布をくださいました」
「子供が病気の時、薬をくださいました」
「本当に、本当にありがとうございます」
感謝の言葉が、謁見の間に満ちる。
お嬢様は目を閉じた。涙が一筋、頬を伝う。右手の薬指にはめた指輪。母の形見。彼女はそれを、親指でさわっていらっしゃった。
王太子は、呆然と立ち尽くしていた。