表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪女と呼ばれた令嬢の真実  作者: 藍沢 理
第1章 セバスチャンの証言
3/22

第3話 二冊目

 二冊目の日誌。グランディア暦1231年。

 お嬢様が十八歳の年。


「この年、お嬢様の『笑顔を見せない理由』が明らかになります」


 私は、一枚の診断書を取り出した。


「こちらは、王宮医師団長ギルバート卿の診断書でございます。お嬢様が七歳の折、薔薇熱(しょうねつ)という病に罹られました」


 謁見の間が、息を呑む。


「一命は取り留められましたが、顔面の神経に後遺症が残りました。医師の診断によれば『顔面神経の損傷により、表情筋の動きに制限あり。笑顔を作ろうとすると激痛を伴う。現在の医学では治療法なし』と記載されております」


 もう一枚、別の書類を取り出した。


「そしてこちらは――お嬢様のお父様、レオナルド・エルドリア公爵の死亡診断書でございます」


 再び、謁見の間がざわめいた。


「お嬢様の母上、アリシア様が亡くなられた三日後。公爵は馬車の事故で亡くなられました。『不慮の事故』とされましたが――」


 私は別の証言書を掲げる。


「事故現場を調査した衛兵の報告書には『馬車の車軸に切れ込みの痕跡』『馬の異常な興奮状態』との記載がございます。これは事故ではなく――暗殺でございました」


 貴族たちの顔色が変わる。


「お嬢様は七歳にして、両親を失われました。エルドリア公爵家の当主は幼い令嬢お一人。そこに後見人として任命されたのが――」


 私はヴィクトール伯爵を睨む。


「ヴィクトール・フォン・グラウベルク伯爵。あなたでございます」



 伯爵へ目を向けると、彼は不自然に目をそらした。


「お嬢様が笑顔を見せなかったのは、冷酷だからではございません。笑えば、痛みが走るからでございます」


 貴族令嬢たちの顔から、血の気が引いていく。先ほど証言した者たちだ。


 お嬢様は、相変わらず無表情のまま立っている。しかしその青い瞳には、涙が浮かんでいた。


「それでもお嬢様は、人前で無表情を保たれました。痛みを理由にしたくなかったから。弱みを見せたくなかったから。そして何より――」


 私はお嬢様へ顔を向ける。


「病を理由に、憐れまれたくなかったからでございます」


 お嬢様の唇が、わずかに震える。


「お嬢様は、十年以上もの間、この痛みに耐えてこられました。誰にも訴えず、誰にも頼らず。ただ静かに、お一人で」


 謁見の間は、静寂に包まれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ