第3話 二冊目
二冊目の日誌。グランディア暦1231年。
お嬢様が十八歳の年。
「この年、お嬢様の『笑顔を見せない理由』が明らかになります」
私は、一枚の診断書を取り出した。
「こちらは、王宮医師団長ギルバート卿の診断書でございます。お嬢様が七歳の折、薔薇熱という病に罹られました」
謁見の間が、息を呑む。
「一命は取り留められましたが、顔面の神経に後遺症が残りました。医師の診断によれば『顔面神経の損傷により、表情筋の動きに制限あり。笑顔を作ろうとすると激痛を伴う。現在の医学では治療法なし』と記載されております」
もう一枚、別の書類を取り出した。
「そしてこちらは――お嬢様のお父様、レオナルド・エルドリア公爵の死亡診断書でございます」
再び、謁見の間がざわめいた。
「お嬢様の母上、アリシア様が亡くなられた三日後。公爵は馬車の事故で亡くなられました。『不慮の事故』とされましたが――」
私は別の証言書を掲げる。
「事故現場を調査した衛兵の報告書には『馬車の車軸に切れ込みの痕跡』『馬の異常な興奮状態』との記載がございます。これは事故ではなく――暗殺でございました」
貴族たちの顔色が変わる。
「お嬢様は七歳にして、両親を失われました。エルドリア公爵家の当主は幼い令嬢お一人。そこに後見人として任命されたのが――」
私はヴィクトール伯爵を睨む。
「ヴィクトール・フォン・グラウベルク伯爵。あなたでございます」
伯爵へ目を向けると、彼は不自然に目をそらした。
「お嬢様が笑顔を見せなかったのは、冷酷だからではございません。笑えば、痛みが走るからでございます」
貴族令嬢たちの顔から、血の気が引いていく。先ほど証言した者たちだ。
お嬢様は、相変わらず無表情のまま立っている。しかしその青い瞳には、涙が浮かんでいた。
「それでもお嬢様は、人前で無表情を保たれました。痛みを理由にしたくなかったから。弱みを見せたくなかったから。そして何より――」
私はお嬢様へ顔を向ける。
「病を理由に、憐れまれたくなかったからでございます」
お嬢様の唇が、わずかに震える。
「お嬢様は、十年以上もの間、この痛みに耐えてこられました。誰にも訴えず、誰にも頼らず。ただ静かに、お一人で」
謁見の間は、静寂に包まれた。