第6話
「皆さん」
三人を見た。
「一つ、お願いがあります」
「何だ?」
ナオトさんが尋ねる。
「グランディア王国へ戻ります」
室内の空気が、一瞬で緊張した。
「危険じゃないか?」
ナオトさんの声に、心配の色が滲む。
「でも、真実を示さなければなりません。お母様が殺された真相。私が呪われた理由。全てを、光の力で見せます」
三人の顔を、一人一人見つめる。
「お母様のためにも。そして――自分のためにも」
セバスチャンが頷いた。
「お供いたします、お嬢様」
エマさんも笑顔を見せる。
「私たちも行くわ。ね、兄さん?」
ナオトさんが苦笑する。
「仕方ない。行くか」
*
三日後、グランディア王国の国境を越えた。
久しぶりに見る故郷の風景。石造りの家々、石畳の道、賑やかな市場。何もかもが懐かしく、そして――もう自分のものではない気がした。
街を歩くと、人々が私に気づく。
「エリアーナ様だ」
「悪女が戻ってきた」
囁き声。指差し。嘲笑。
以前なら、心が痛んだだろう。でも今は違う。彼らは真実を知らないだけだ。そして私は、これからそれを示す。
王宮へ向かう。高い城壁、聳え立つ塔。かつて私が住んでいた場所。
門番が槍を構える。
「止まれ! お前に用はない!」
私は立ち止まる。穏やかに、しかしはっきりと告げた。
「王太子殿下に、謁見を願いたい」
「ふざけるな! 追放された身で、何の面か!」
もう一人の門番も叫ぶ。
「帰れ! 二度と王宮の敷居を跨ぐな!」
私は母の指輪を外した。
「では、これを殿下にお渡しください」
指輪を差し出す。
門番は訝しげな表情で受け取った。銀の指輪を、光にかざして眺める。
「これを見れば、殿下は必ず私に会ってくださるはずです」
*
一時間が経った。
門が開いた。
一人の侍従が現れ、深々と頭を下げる。
「エリアーナ様。殿下がお待ちです」
やはり。
母の指輪を見れば、殿下は私が何者か思い出すはずだった。
「参ります」
セバスチャン、ナオトさん、エマさんと共に、王宮へ入る。
廊下を歩く。赤い絨毯。煌びやかなシャンデリア。壁に飾られた肖像画。全てが記憶の通り。でも、もう私の居場所ではない。
謁見の間の扉が開く。
そこは――かつて私が断罪された場所。
貴族たちが居並ぶ中、私は中央へ歩いていく。足音が静寂の中に響く。全ての視線が、私に集中している。
壇上に、王太子クラウディウス殿下が立っていた。
彼は私を見て――表情を歪めた。
苦悶。後悔。悲しみ。様々な感情が、その顔に浮かんでいる。
「エリアーナ……」
掠れた声。
「戻ってきてくれたのか」
「はい、殿下」
私は深く一礼した。礼儀は守る。それが私の矜持。
「今日は、真実をお見せするために参りました」
貴族たちがざわめく。
「真実だと?」
一人の老貴族が声を上げる。
「貴様の悪行は、既に明らかになっている!」
「今更何を言うつもりだ!」
別の貴族も叫ぶ。
私は動じない。ただ、手を掲げた。
瞬間――光が溢れ出す。
手のひらから、体から、全身から。眩い光が謁見の間を満たしていく。
貴族たちが驚愕の声を上げる。
「何だ、これは!」
「魔法か!」
光の中に、映像が浮かび上がる。
空中に映し出される、過去の真実。
十四年前。母アリシアが、ロドリゴと対峙している場面だ。
『なぜ……なぜこんなことを……』
母の声が、謁見の間に響く。
『命令されたのです、アリシア様。あなたが女王になれば、困る者たちがいる』
ロドリゴの冷酷な声。
映像が切り替わる。
別の場所。王宮の一室。
そこに一人の男が立っていた。
ヴィクトール伯爵。王国の重臣で、権力の中枢にいる人物。
『アリシアが女王になれば、我が一族は失脚する』
伯爵の声。冷たく、打算的で、感情のかけらもない。
『エルドリア家の力は、あまりに強大だ。民衆は彼女を慕い、貴族たちも支持している。このままでは、我々の立場が危うい』
別の貴族が言う。
『ロドリゴ、必ず始末しろ。痕跡を残すな。そして――』
ヴィクトール伯爵が続ける。
『夫のレオナルドも消せ。エルドリア家の血統を、完全に断つ』
映像が再び切り替わる。
森の中。馬車が走っている。
父レオナルドが乗っている。馬車の中で、母の死を悼んで項垂れている。
次の瞬間――車軸が砕け散った。
馬車が横転し、崖から転落していく。
父の叫び声。
そして――沈黙。
映像がさらに切り替わる。
七歳の私。病床で苦しんでいる。
ロドリゴが部屋に入ってくるところを、母が必死に止めようとしている。
『娘には……お願い、娘だけは……!』
『もう遅い。呪いは既にかけられてる。そして、あなたの夫ももうすぐ死ぬ。エルドリア家は、この世から消える』
ロドリゴの手が、私の額に触れると、黒い光が流れ込んでいった。
幼い私が悲鳴を上げる。
そして――母が息を引き取る場面。
『エリアーナ……愛してる……ごめんなさい……レオナルドにも……会えなくて……』
母の最期の言葉。
映像が消えた。
謁見の間は、死んだように静まり返っていた。
誰も口を開かない。誰も動かない。ただ呆然と、映像が映し出されていた場所を見つめていた。
一人の貴族が叫んだ。
「ヴィクトール伯爵! 貴様は、なんてことをっ……!」
ヴィクトール伯爵は、玉座の近くに立っていた。顔は青ざめ、唇は震えている。
「嘘だ……これは嘘だ! 捏造だ! 魔法で作られた幻影に決まっている!」
「光は嘘をつきません!」
強く告げた。
「これは光の系譜の力。過去の真実を映し出す、聖女の魔法です」
衛兵たちがヴィクトール伯爵へ駆け寄る。
「離せ! 離せ! 私は無実だ!」
伯爵は抵抗したが、すぐに拘束された。腕を捻り上げられ、床に押さえつけられる。
貴族たちの非難の声が、謁見の間に満ちていく。
「許せん!」
「アリシア様を……エリアーナ様を……!」
「死刑だ! 即刻死刑にせよ!」
王太子が壇上から降りてきた。
私の前に立ち――そして跪いた。
「エリアーナ」
殿下の声が震えている。
「許してくれ。私は……何も見えていなかった」
深く、深く頭を下げる。
「君を、君の母を、守れなかった。そして……真実を見ようともしなかった」
殿下の肩が震えている。泣いているのだろう。
「どうか……どうか許してくれ……」
私は殿下へ手を差し伸べた。
「殿下、顔を上げてください」
殿下が顔を上げる。目は真っ赤で、頬には涙の跡が残っていた。