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悪女と呼ばれた令嬢の真実  作者: 藍沢 理
第3章 光の系譜――エリアーナが示す真実
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第6話

「皆さん」


 三人を見た。


「一つ、お願いがあります」

「何だ?」


 ナオトさんが尋ねる。


「グランディア王国へ戻ります」


 室内の空気が、一瞬で緊張した。


「危険じゃないか?」


 ナオトさんの声に、心配の色が滲む。


「でも、真実を示さなければなりません。お母様が殺された真相。私が呪われた理由。全てを、光の力で見せます」


 三人の顔を、一人一人見つめる。


「お母様のためにも。そして――自分のためにも」


 セバスチャンが頷いた。


「お供いたします、お嬢様」


 エマさんも笑顔を見せる。


「私たちも行くわ。ね、兄さん?」


 ナオトさんが苦笑する。


「仕方ない。行くか」



 三日後、グランディア王国の国境を越えた。


 久しぶりに見る故郷の風景。石造りの家々、石畳の道、賑やかな市場。何もかもが懐かしく、そして――もう自分のものではない気がした。


 街を歩くと、人々が私に気づく。


「エリアーナ様だ」


「悪女が戻ってきた」


 囁き声。指差し。嘲笑。


 以前なら、心が痛んだだろう。でも今は違う。彼らは真実を知らないだけだ。そして私は、これからそれを示す。


 王宮へ向かう。高い城壁、聳え立つ塔。かつて私が住んでいた場所。


 門番が槍を構える。


「止まれ! お前に用はない!」


 私は立ち止まる。穏やかに、しかしはっきりと告げた。


「王太子殿下に、謁見を願いたい」

「ふざけるな! 追放された身で、何の面か!」


 もう一人の門番も叫ぶ。


「帰れ! 二度と王宮の敷居を跨ぐな!」


 私は母の指輪を外した。


「では、これを殿下にお渡しください」


 指輪を差し出す。


 門番は訝しげな表情で受け取った。銀の指輪を、光にかざして眺める。


「これを見れば、殿下は必ず私に会ってくださるはずです」



 一時間が経った。


 門が開いた。


 一人の侍従が現れ、深々と頭を下げる。


「エリアーナ様。殿下がお待ちです」


 やはり。


 母の指輪を見れば、殿下は私が何者か思い出すはずだった。


「参ります」


 セバスチャン、ナオトさん、エマさんと共に、王宮へ入る。


 廊下を歩く。赤い絨毯。煌びやかなシャンデリア。壁に飾られた肖像画。全てが記憶の通り。でも、もう私の居場所ではない。


 謁見の間の扉が開く。


 そこは――かつて私が断罪された場所。


 貴族たちが居並ぶ中、私は中央へ歩いていく。足音が静寂の中に響く。全ての視線が、私に集中している。


 壇上に、王太子クラウディウス殿下が立っていた。


 彼は私を見て――表情を歪めた。


 苦悶。後悔。悲しみ。様々な感情が、その顔に浮かんでいる。


「エリアーナ……」


 掠れた声。


「戻ってきてくれたのか」

「はい、殿下」


 私は深く一礼した。礼儀は守る。それが私の矜持。


「今日は、真実をお見せするために参りました」


 貴族たちがざわめく。


「真実だと?」


 一人の老貴族が声を上げる。


「貴様の悪行は、既に明らかになっている!」

「今更何を言うつもりだ!」


 別の貴族も叫ぶ。


 私は動じない。ただ、手を掲げた。


 瞬間――光が溢れ出す。


 手のひらから、体から、全身から。眩い光が謁見の間を満たしていく。


 貴族たちが驚愕の声を上げる。


「何だ、これは!」

「魔法か!」


 光の中に、映像が浮かび上がる。

 空中に映し出される、過去の真実。

 十四年前。母アリシアが、ロドリゴと対峙している場面だ。


『なぜ……なぜこんなことを……』


 母の声が、謁見の間に響く。


『命令されたのです、アリシア様。あなたが女王になれば、困る者たちがいる』


 ロドリゴの冷酷な声。


 映像が切り替わる。


 別の場所。王宮の一室。


 そこに一人の男が立っていた。


 ヴィクトール伯爵。王国の重臣で、権力の中枢にいる人物。


『アリシアが女王になれば、我が一族は失脚する』


 伯爵の声。冷たく、打算的で、感情のかけらもない。


『エルドリア家の力は、あまりに強大だ。民衆は彼女を慕い、貴族たちも支持している。このままでは、我々の立場が危うい』


 別の貴族が言う。


『ロドリゴ、必ず始末しろ。痕跡を残すな。そして――』


 ヴィクトール伯爵が続ける。


『夫のレオナルドも消せ。エルドリア家の血統を、完全に断つ』


 映像が再び切り替わる。


 森の中。馬車が走っている。


 父レオナルドが乗っている。馬車の中で、母の死を悼んで項垂れている。


 次の瞬間――車軸が砕け散った。


 馬車が横転し、崖から転落していく。


 父の叫び声。


 そして――沈黙。


 映像がさらに切り替わる。


 七歳の私。病床で苦しんでいる。

 ロドリゴが部屋に入ってくるところを、母が必死に止めようとしている。


『娘には……お願い、娘だけは……!』

『もう遅い。呪いは既にかけられてる。そして、あなたの夫ももうすぐ死ぬ。エルドリア家は、この世から消える』


 ロドリゴの手が、私の額に触れると、黒い光が流れ込んでいった。

 幼い私が悲鳴を上げる。


 そして――母が息を引き取る場面。


『エリアーナ……愛してる……ごめんなさい……レオナルドにも……会えなくて……』


 母の最期の言葉。


 映像が消えた。


 謁見の間は、死んだように静まり返っていた。


 誰も口を開かない。誰も動かない。ただ呆然と、映像が映し出されていた場所を見つめていた。


 一人の貴族が叫んだ。


「ヴィクトール伯爵! 貴様は、なんてことをっ……!」


 ヴィクトール伯爵は、玉座の近くに立っていた。顔は青ざめ、唇は震えている。


「嘘だ……これは嘘だ! 捏造だ! 魔法で作られた幻影に決まっている!」

「光は嘘をつきません!」


 強く告げた。


「これは光の系譜(ルーメン・リネア)の力。過去の真実を映し出す、聖女の魔法です」


 衛兵たちがヴィクトール伯爵へ駆け寄る。


「離せ! 離せ! 私は無実だ!」


 伯爵は抵抗したが、すぐに拘束された。腕を捻り上げられ、床に押さえつけられる。


 貴族たちの非難の声が、謁見の間に満ちていく。


「許せん!」

「アリシア様を……エリアーナ様を……!」

「死刑だ! 即刻死刑にせよ!」


 王太子が壇上から降りてきた。


 私の前に立ち――そして跪いた。


「エリアーナ」


 殿下の声が震えている。


「許してくれ。私は……何も見えていなかった」


 深く、深く頭を下げる。


「君を、君の母を、守れなかった。そして……真実を見ようともしなかった」


 殿下の肩が震えている。泣いているのだろう。


「どうか……どうか許してくれ……」


 私は殿下へ手を差し伸べた。


「殿下、顔を上げてください」


 殿下が顔を上げる。目は真っ赤で、頬には涙の跡が残っていた。


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