第5話
シスター・マリエルが、祈るような表情で私を見ていた。
「おめでとうございます、エリアーナ様」
深く一礼する。
「光の系譜、覚醒なさいました」
セバスチャンが、涙を流していた。
「お嬢様……アリシア様も、さぞお喜びに……」
私は自分の手を見る。意識を集中させると――手のひらに光の球が現れた。
小さな、温かな光。でも、確かな力を持った光。
「これが……私の力……」
マリエルが優しく微笑む。
「さあ、お戻りください。待っている方が、おられます」
*
馬車を全速力で走らせ、銀月亭へ戻った。
階段を駆け上がり、ナオトさんの部屋へ飛び込む。
エマさんが疲れ切った表情で、治療魔法を唱え続けていた。緑色の光は弱々しく、もう限界が近いことは明らかだった。
「エマさん」
彼女が振り返る。目の下には隈ができていた。
「おかえり、エリアーナさん……でも、兄さんは……もう……」
ナオトさんの容態は、さらに悪化していた。顔色は土気色を通り越して灰色。呼吸は浅く、不規則。体を覆う黒い靄は濃くなり、部屋全体を侵食し始めていた。
でも――もう大丈夫。
「エマさん、少し離れてください」
私はベッドの傍らに立った。
ナオトさんを見下ろす。苦しそうに呻いている。こんな苦しみを、私のために背負ってくれた。
「ナオトさん」
静かに呼びかける。
彼の瞼が、わずかに動いた。気づいてくれたのだろうか。
「あなたが私を救ってくれました。命を賭けて、私を助けてくれました」
両手をナオトさんの胸の上にかざす。
「今度は私の番です」
目を閉じ、力を呼び起こす。
体の中から、光が湧き出してくる。手のひらから、温かな光が溢れ出した。
光がナオトさんの体を包んでいく。すると――黒い靄が可視化された。
触手のように蠢く、醜悪な闇。それは生き物のように動き、光から逃れようとしている。
「逃がさない」
光を強める。
闇を包み込む。溶かしていく。浄化していく。
黒い靄が悲鳴のような音を立てた。きしむような、耳障りな音。それでも私は光を注ぎ続ける。
母から受け継いだ力。千年前から続く、聖女の力。
「もう、誰も苦しめさせない」
光が一段と強くなる。眩い光が部屋を満たし、闇を完全に包み込んだ。
そして――闇が霧散した。
触手が一本残らず消え去り、黒い靄は跡形もなく浄化された。
光が収まる。
ナオトさんの顔色が戻っていく。土気色だった肌に、血の気が蘇る。呼吸が深くなり、規則正しいリズムを刻み始めた。
そして――目が開いた。
「エリアーナ……?」
弱々しいが、確かな声。
「おかえりなさい、ナオトさん」
ナオトさんが、かすかに笑った。
「助けてくれたのか……ありがとう……」
「お互い様です」
エマさんが飛びついてきた。
「信じられない……信じられないわ! 完全に、完全に浄化されてる!」
魔法で診察しながら、驚愕の声を上げる。
「呪いの痕跡が、まったくない……こんなこと、あり得ない……どうやったの?」
「私にも、よくわからないんです」
母の指輪を見る。銀の指輪は、もう光を放っていない。でも、確かに温かい。
「でも……お母様が、力を貸してくれました」
セバスチャンが深く頭を下げた。
「お嬢様。アリシア様も、さぞお喜びになっておられるでしょう」
ナオトさんがゆっくりと体を起こす。エマさんが慌てて支える。
「もう、無茶しないでよね」
「すまん……」
兄妹の穏やかなやり取り。それを見ているだけで、胸が温かくなった。良かった。本当に、良かった。
でも――まだ終わっていない。
私には、やらなければならないことがある。伝えなければ。