第2話 一冊目
貴族たちの視線が一斉に私へ向けられた。白髪交じりの老侍従など、誰も気にも留めていなかったのだろう。驚きの表情が、あちこちに浮かぶ。
お嬢様が、初めて私を見た。青い瞳が、驚きに見開かれている。
「何者だ?」
王太子が眉をひそめた。
「私はセバスチャン・クロフォード。エリアーナ・エルドリア様に長年お仕えしてきた侍従でございます」
深く一礼する。
「殿下。証言をさせていただけませんでしょうか」
「証言? 何の証言だ」
「お嬢様は、悪女などではございません」
王太子の目が丸くなる。謁見の間が、再びざわめいた。
「その証拠を、お見せいたします」
カバンから黒革装丁の日誌を取り出した。一冊、二冊、三冊、四冊、五冊。全てを両腕に抱え、掲げて見せる。
「こちらは、専属侍従になって以来、一日も欠かさず記録した日誌でございます。お嬢様の行動、全てが記されております」
王太子の表情が、わずかに動いた。
「……よかろう。証言を許す」
私は日誌を開いた。最初のページ。あの日から。
「では、証言を始めさせていただきます」
*
一冊目の日誌。グランディア暦1230年4月1日。
お嬢様が十七歳、王太子との婚約が成立した日だ。
「お嬢様の一日は、規則正しいものでございました。毎朝午前五時に起床なさり、午前六時には必ず、ある場所へ向かわれます」
ページをめくる。
「その場所とは――聖マリア孤児院でございます」
謁見の間が、静まり返った。
「お嬢様は毎朝、変装をなさって孤児院へ通われました。そこで孤児たちと朝食を共にし、読み書きを教え、遊び、そして午前中いっぱいを共に過ごされます」
日誌の記録を読み上げていく。日付、時刻、場所、行動。全てが、几帳面に記されている。
「証拠として、こちらをご覧ください」
私は一通の羊皮紙を取り出した。
「聖マリア孤児院の院長、シスター・アグネスからの感謝状でございます。日付は一年目のもの。『毎朝欠かさずお越しくださる銀髪の天使様に、心より感謝申し上げます』と」
羊皮紙を掲げる。
「このような感謝状が、五年間で三十枚以上ございます」
貴族たちがざわめいた。
私は構わず続ける。
「午後になりますと、お嬢様は王宮図書館で勉学に励まれました。王妃としての教養を身につけるため、一日も休まず。そして夜には祈りを捧げ、午後九時には就寝なさいます」
日誌のページをめくりながら、淡々と証言する。
「殿下は、お嬢様が『会話もろくにできぬ』と仰いましたが……」
王太子へ顔を向ける。
「この一年間、お嬢様と殿下の会食の予定は百二十回ございました。しかし殿下がお越しになったのは、そのうち三十三回のみ」
沈黙。
「八十七回は、殿下がご欠席なさいました。お嬢様は、一人で食事をなさっていたのでございます」
王太子の顔色が、わずかに変わった。