第7話 ちっ!
夜。森の奥深く。
聖域の泉――シルヴァニア王国に伝わる、神聖な場所。月明かりに照らされた泉が、静かに水面を輝かせていた。
エリアーナ、セバスチャン、そして俺。三人だけだ。
「ここで儀式を行う」
俺は魔法陣を描き始める。泉の畔に、古代文字を刻んでいく。
エリアーナが不安そうに見ていた。
「本当に……大丈夫なのですか」
「ああ。心配するな」
魔法陣が完成する。複雑な幾何学模様。
「エリアーナさん、中央に立ってくれ」
エリアーナが魔法陣の中央へ。
俺はその向かい側に立った。
「この儀式で、呪いを俺に移す」
セバスチャンが声を上げる。
「お待ちください! それでは、あなたが……!」
「俺は勇者だ。耐えられる」
エリアーナが首を横に振る。
「駄目です……あなたを犠牲には……」
「いいんだ」
俺は二人を見た。
「これが俺の仕事だ。真実を明らかにして、無実の者を救う。それが勇者の役目だ」
エリアーナの目に、涙が浮かんだ。
「でも……」
「それに、妹がいる。エマなら、何とかしてくれる」
実際、エマの治療魔法なら、呪いを中和できるかもしれない。完全には消せなくても、無害化はできるはずだ。
「さあ、始めよう」
俺は呪文を唱え始める。古代語の詠唱が、静かな森に響いた。
魔法陣が光り出す。青白い光が、エリアーナを包む。
真実の眼を発動させると視えた。
エリアーナの体から、黒い鎖が浮かび上がる。物理的に顕現している。セバスチャンにも見えているようだ。
「お嬢様……こんなものが……」
老執事の声が震える。
黒い鎖が、ゆっくりと動き出す。エリアーナの体から離れ、俺へと向かってくる。
エリアーナが叫んだ。
「やめて! やめてください!」
「大丈夫だ……これくらい……」
黒い鎖が俺の胸に触れた。
瞬間――激痛が走る。
全身の血が沸騰するような感覚。骨が軋む。内臓が捻れる。
思わず膝をつく。
「くっ……」
予想以上だ。この呪いは、想像以上に強力だ。
黒い鎖が、どんどん俺に巻きついてくる。エリアーナから離れ、俺を縛り上げていく。
「ナオトさん!」
エリアーナの声が遠い。
意識が霞む。呪いの重さが、魂を押し潰そうとしている。
だが――耐えなければ。
最後の一本。最後の黒い鎖が、エリアーナから完全に離れた。
完全に移動完了。
エリアーナが崩れ落ちそうになって、セバスチャンが慌てて支えた。
「お嬢様!」
「私……」
エリアーナがゆっくりと顔を上げた。
「軽い……体が、こんなに軽いなんて……」
そして――笑った。
心からの笑顔。
涙を流しながら、喜びに満ちた表情で。
「ありがとう……ありがとうございます……!」
痛みがないんだ。笑顔を作っても、もう痛くない。
セバスチャンも涙を流している。
「お嬢様……よかった……本当に……」
俺も――微笑む。
よかった。救えた。
だが次の瞬間、黒い鎖が俺の心臓を締め上げた。
「がっ……」
視界が暗転する。
膝から地面に倒れ込んだ。
呪いが俺を殺しにかかっている。
「ナオトさん!」
エリアーナの声。遠い。
「勇者殿!」
セバスチャンの声も。
意識が遠のく。
エマ……悪い……少し、計算を誤ったかもしれない……暗闇が、全てを飲み込んだ。