第3話 幸福喰らい
「もう一度、診せてくれ」
再び真実の眼を発動させた。黒い鎖を注視する。
よく見ると、鎖には節がある。竹を思わせる節が等間隔で刻まれている。そして、節の一つ一つが、微かに脈動していた。
何かのトリガーで、段階的に強化されているのか?
「セバスチャン、エリアーナさんの記録とか持っているか?」
「はい。全て記録してございます」
セバスチャンが黒革の日誌を取り出す。
「貸してくれ」
日誌をめくる。エリアーナの日々の行動が、几帳面に記されている。
孤児院への訪問。図書館での勉強。祈り。就寝。規則正しい生活。
そして――気づいた。
エリアーナは、喜びを避けている。
孤児院では子供たちと過ごすが、笑顔は見せない。勉学に励むが、達成感を表に出さない。何かを成し遂げても、淡々としている。
幸福を恐れているかのように。
「そうか……わかった」
真実の眼を解除すると、二人が俺を見つめていた。
「この呪いには、発動条件がある」
エリアーナの表情が強ばる。
「発動……条件?」
「ああ。何かをトリガーにして、少しずつあんたの寿命を削っている。そのトリガーが何かわかった」
深呼吸する。これを告げるのは、辛い。
「あんたが幸福を感じるたびに、この呪いは発動する」
静寂。
エリアーナの顔から、血の気が引いていく。
「幸せを……感じると……?」
「ああ。笑顔、喜び、愛情、達成感。あんたが幸福を感じるたび、呪いが強まっていく」
セバスチャンが声を震わせた。
「では……お嬢様が笑顔を見せなかったのは……」
「病気のせい、痛みのせいだけじゃない。無意識に、この呪いを感じ取っていたんだろうね。幸せになると、命が削られる。だから避けていた」
エリアーナが両手で顔を覆う。
「私は……ずっと……」
小さな嗚咽が漏れる。
「誰かを愛することも……誰かと笑い合うことも……全て……」
「ああ。この呪いは、あんたから幸福を奪うために作られている」
俺は拳を握りしめる。
「聞いたことある。これは――幸福喰らいの呪詛だ」
セバスチャンが立ち上がる。
「誰です! 誰がこんな残酷なことを!」
「それを調べる」
俺も立ち上がった。
「呪いなら解ける。必ず解く。そのために、まずは過去を調べさせてくれ」
エリアーナが顔を上げた。涙に濡れた青い瞳が、俺を見つめる。
「本当に……解けるのですか」
「ああ。俺が保証する」
エリアーナの唇が、わずかに震える。
「ありがとう……ございます……」
小さな希望の声だった。