第1話 侍従の証言――エリアーナ様は悪女などではない
王宮謁見の間は、静まり返っていた。
いや、正確には違う。貴族たちの囁き声が、床を這いながら波のように広がってゆく。ざわめきという名の非難。指差し。嘲笑。その全てが、たった一人の女性へと向けられていた。
私が長年仕えた、エリアーナ・エルドリア様へと。
両親を七歳で亡くし、後見人ヴィクトール伯爵の監督下で育てられた、孤独な令嬢。エルドリア公爵家の名は残っていても、実権はとうに失われていた。
壇上に立つ王太子クラウディウス殿下は、金色の髪を揺らして宣言を続けた。
「よって、エリアーナ・エルドリアとの婚約を破棄する」
謁見の間が、一瞬だけ静寂に包まれる。次の瞬間、どよめきが爆発した。
しかしお嬢様は、何も言わない。銀色の長髪が光を受けて輝く。青い瞳は静かに、ただ前を見つめるのみ。表情一つ変えぬまま、断罪を受け入れている。その姿が、あまりにも痛々しい。
「エリアーナ」
王太子がお嬢様を見下ろした。
「貴女は民衆を蔑み、笑顔一つ見せぬ冷酷な女だ。慈善の心もなく、婚約者である私にすら心を開こうとしなかった。そのような者を、次期王妃とすることはできぬ」
お嬢様のまつげが、わずかに震える。それだけだった。
王太子の隣では、赤毛の令嬢――マリアンヌ・ベルモント嬢が、心配そうな表情を浮かべている。いかにも優しげな、完璧な演技で。
私の拳が、知らず握り締められた。
「証人たちよ、前へ」
王太子の声に応じて、数名の貴族令嬢が進み出る。
「エリアーナ様は、社交界で一度も笑顔を見せたことがございません」
「貧しい民のことなど、見向きもなさいませんでした」
「私どもが話しかけても、冷たい態度で……」
嘘だ。
全て嘘だ。
だがお嬢様は、何も言わない。反論も、弁解も。ただ静かに立ち尽くすのみ。
私には分かる。お嬢様は、もう諦めているのだ。何もかもを。
「よって」
王太子が最後の宣告を下そうとした、その時。
知らぬ間に前へ踏み出していた。
「お待ちください」
私の声が、謁見の間に響いた。