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ハイオークの足音

森の奥からの咆哮を聞いた瞬間、私の頭の中に映像が流れ込んできた。


まるで誰かの目を通して見ているかのように鮮明で—そこには大量のハイオークが王都へ向かって進軍する姿があった。


彼らの思考は単調で冷酷だった。


『コロス、コロス、コロス、コロス…』


その殺意に満ちた念で私の全身が震え、膝から崩れ落ちそうになった。


「おい!」ジンさんが私の肩を支えた。


「ハイオーク…」私は震える声で言った。「大量のハイオークが…王都へ向かっています」

ジンさんが眉をひそめた。「今の雄たけびは連中のか」


「見えたんです」私は必死に説明した。「頭の中に映像が…彼らは王都を目指しています。そして考えていることは…」


「考えていること?」ライトさんが促した。


「殺すこと、ただそれだけです。『コロス』という言葉が繰り返し…」


ジンさんは鋭い目で私を見つめた。「数はわかるか?」


「正確な数はわかりませんが、一面にいます」私は目を閉じ、見えた光景を思い出した。「森の中を埋め尽くすように…数百、いや、千を超えるかもしれません」


ジンさんとライトさんは顔を見合わせた。その表情からは、事態の深刻さを理解していることがうかがえた。


「奴らがこの方向に向かっているなら、町は危険だ」ジンさんは刀の柄に手をかけた。「急いで報告する必要がある」


「でも…」私は言いよどんだ。「信じてもらえるでしょうか?新米冒険者の話を…」


「そうですね」ライトさんが思案顔で言った。「ビリーさん、君のその通信スキルでギルドの連中を呼び出せるといいんですけど...」


「ダメ元でやってみようと思います」私は決意した。「受付嬢につないでみます」


私は目を閉じ、街のギルドにいるであろう受付嬢を思い浮かべた。あの優しい微笑み、知的な雰囲気、そして真摯な姿勢。彼女の存在を強く意識して…


—聞こえますか?ギルドの受付さん、緊急事態です。大量のハイオークが王都に向かっています!


しかし、返事はなかった。おそらく距離が遠すぎるのか、あるいは彼女と特別な絆がないせいか…


「ダメみたいです」私は肩を落とした。


「くそっ!」ジンさんが苛立った声を上げた。


突然、不思議なことが起きた。ジンさんのその怒りの声が、まるで私を通して、受付のお姉さんに伝わっていくのを感じた。


次の瞬間、はっきりとした女性の声が響いた。


『え?誰?今、声が聞こえたんですけど…』

受付嬢の声だった!


「繋がった!」私は驚きの声を上げた。「受付さん、聞こえますか?私たちビリーです。横にジンさんとライトさんがいまい!」


『ビリー!?この頭の中で声はどうやって…?』彼女の驚きの声が返ってきた。


「説明している時間がありません」私は必死に言った。「大量のハイオーク、数百、いや千単位の群れが王都に向かっています!」


『えっ、そんな…どうやってそんなことが?』


ここで詰まった。確かに証拠などない。私の頭の中に映った映像を、どうやって彼女に見せればいいのか…


「信じてください!」ライトさんが突然叫んだ。「これは命がかかっている!」


一瞬の静寂の後、受付嬢の声が戻ってきた。


『ライトさんの声…ライトさんが側にいるんですか!?』


すかさずライトさんは私に向かって声を張り上げた。「これは緊急事態です。今ビリーさんのスキルで東の森の中から、あなたに連絡しています。早くギルドマスターに報告を!」


『はいかしこまりました!』


「成功した…」私はほっと息をついた。


「よくやった」ジンさんが珍しく私の肩をポンと叩いた。「不思議だな。お前を通すと俺たちの声も通じるのか」


「これからどうしましょう」私は二人に尋ねた。「あのハイオークたち、対話できる様子はありませんでした。思考が『コロス』しかない…」


「そうですね」ライトさんは真剣な表情で答えた。「ハイオークは通常のオークとは違い、より好戦的です。しかも大群となれば…」


その時ふとこの森の全体の地図が頭の中に浮かび上がった。


進軍してくるオーク。オークから約20kmの地点に私達。


そして10kmの地点にゴブリンがいることが確認できた。


「ゴブリンたちも逃がさないと、ハイオークの進軍ルートに彼らがいます」


「冗談だろ」ジンさんは言った。「ゴブリンのために命を捨てる気か」


「今ならまだ間に合います!」


—聞こえたら返事して!そこにハイオークの群れが向かっているの!急いで離れて!


私は必死にグルに通信を送った。すぐに老いたゴブリンの声が返ってきた。


『ビリー?どうしたのだ、急に…』


—ハイオーク!大量のハイオークがあなたたちの方に向かっているの!今すぐ逃げて!


『なんだと!?先ほどの咆哮か』グルの声に動揺が混じった。『どこから来る?』


私は頭の中に浮かんだ地図を彼らと共有しようと意識を集中させた。すると、不思議なことに、その地図がジンさんとライトさんの頭の中にも流れ込んでいった。


「これは…」ライトさんが驚いた声を上げた。「森全体の地図が見える…」


「すげぇな」ジンさんも感嘆した。「ハイオークの位置、俺たちの位置、ゴブリンの位置まで分かる」


地図を見る限り、ハイオークは確実にゴブリンたちの新しい住処を通るルートを進んでいた。


『見えた…この地図は本当か?』グルの声が震えていた。


—本当よ。今すぐ逃げて!


『だが…』グルの声に苦悩が滲んだ。『子供たちがいる。年寄りもいる。そんな急に移動できるだろうか…』


私は胸が締め付けられる思いだった。確かに、あれだけの人数で、しかも子供や老人がいる状況では、すぐに移動するのは困難だろう。


「どうした?」ライトさんが心配そうに尋ねた。


「ゴブリンの中に子供や老人がいて、すぐには移動できないと…」私は説明した。


ジンさんが地図を見ながら計算していた。「この距離だと、早いと2時間でゴブリンのところに着く。ハイオークの進軍速度を考えると…間に合わないかもしれない」


私は再びグルに呼びかけた。


—何とか急いで!私たちも向かいます!


『わかった。できる限り急ぐ』


ジンさんは刀の柄を握り直した。「しゃあねえ、足止めすっか」


「足止め?」私は驚いた。


「ハイオークの群れを少しでも遅らせる」ジンさんは淡々と言った。「ビリー、お前はライトと町に戻れ。ゴブリンのことは俺がなんとかする」


ライトさんが声を上げた。「お前一人にいい恰好はさせないぜ」


「けっ…」ジンさんは困ったような表情を見せた。


「私も行きます」私も決意を固めた。


「だめだ」ジンさんが即座に反対した。「危険すぎる」


「でも」私は必死に訴えた。「私の通信能力がないと、ゴブリンたちとの連絡が取れません。それに、状況が変わった時にリアルタイムで王都に報告できるのは私だけです」


ライトさんとジンさんは顔を見合わせた。


「確かに…」ライトさんが考え込んだ。「通信能力は必要だが…」


「危険は承知です」私は決意を固めた。「でも、みんなを見捨てるわけにはいきません」


ジンさんがため息をついた。「足手まといになったら置いていくぞ」


「はい」私は頷いた。


「絶対に無茶はしないで」ライトさんが厳しい表情で言った。「私たちの後ろにいて、絶対に前に出ないように」


「わかりました」


「時間がない」ジンさんは言った。「行くぞ」


そう言いながらジンさんはハイオークの方向へ駆け出そうとした。


「待って!」私は叫んだ。「少しなら補助魔法が使えます!」


私は両手を前に出し、父から教わった基礎的な魔法を唱えた。淡い光が私の手のひらから溢れ、三人を包んだ。


「『加速』の魔法…移動能力が上がります」


二人の体が微かに光り始めた。これで通常の1.5倍程度の速度で移動できるはずだ。


「さすが大賢者の娘だな」ジンさんが感心したように言った。


三人そろって森の奥へと駆け出した。


道中、私は通信でグルの状況を確認し続けた。


—グル、どう?準備はできてる?


『子供たちを急がせているが、まだ時間がかかりそうだ』


—私たちが向かっています。もう少し頑張って


『ありがとう、ビリー。しかし危険だ』


—大丈夫、仲間がいるから


約一時間後、私たちはゴブリンたちの住処に到着した。そこは既に慌ただしい避難の準備が進められていた。


グルが私たちを見つけて駆け寄ってきた。


「ビリー!本当に来てくれたのか」


「約束しましたから」私は微笑んだ。


「まだ全員の準備が整っていない」グルは焦った表情で言った。「特に年寄りと子供たちが…」


その時、森の向こうから地響きが聞こえてきた。


ハイオークの軍勢が近づいている証拠だった。


「時間がねぇ」ジンさんが刀を抜いた。「俺が時間を稼ぐ」


「私も行きます」ライトさんも剣を構えた。


「待って」私は必死に考えた。「私の通信能力で、ハイオークを混乱させることはできないでしょうか?」


「どういうことだ?」ジンさんが尋ねた。


「彼らの頭の中に直接…偽の情報を送り込んで、進軍を遅らせるんです」


ライトさんが目を見開いた。「大丈夫なのか?相手は殺意に満ちた軍勢だ」


「でも、やってみる価値はあります」私は決意を固めた。


地響きがさらに大きくなってきた。もう時間がない。


私は目を閉じ、意識をハイオークたちに向けた。そこには相変わらず『コロス』という単純な殺意しかなかった。


—違う方向に敵がいる…そちらに向かえ…


しかし、彼らの殺意は強すぎて、私の声は届かなかった。それどころか、その殺意が私の精神を圧迫してきた。


「ビリー!」ジンさんが私の肩を揺さぶった。


私は眩暈を覚えながら目を開けた。「だめです…彼らの殺意が強すぎて…」


「無理するな」ジンさんが言った。「別の方法を考えよう」


その時、意外な声が聞こえてきた。


『人間たち、聞こえるか?』


それは別のモンスターの声だった。しかし、グルの部族ではない。


—誰?


私は周囲を見回した。


『我々は山の向こうに住む者だ。お前たちの通信を聞いていた』


山の向こうから、別のモンスターが私に『通信』を通して語りかけてきた。


「援軍…みたいです」私が呟いた。


『グルの部族を見捨てるわけにはいかない。我々も手を貸そう』


—ありがとうございます!


私は感謝の気持ちを込めて言った。


こうして、思わぬ援軍を得た私たちは、ハイオークの軍勢を迎え撃つ準備を整えた。

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