ゴブリンとの対話
ジンさんもライトさんも意外なことを聞いてくるな、という顔をした。
「当然だろ」ジンさんの発言からは何の感情も読み取れなかった。
「そうですよね…」
ジンさんも刀に手をかけ、二人は前進しようとした。
その時、私の頭に何かが閃いた。
—ゴブリンとコミュニケーションを取れないだろうか…?「通信」というスキルなら…
「待ってください」私は二人を止めた。
「どうしたんだ?」ライトさんが振り返った。
「通信…」私は言った。「もし私のスキルが本当に『通信』なら、もしかしたらゴブリンとも…」
ジンさんは眉をひそめた。「お前、何を言ってるんだ?」
「ゴブリンと話せるかもしれないって言いたいんです」私は必死に説明した。「戦わずに解決できるかもしれない」
ライトさんは懐疑的な表情を浮かべた。「ゴブリンは知性はあるが、人間の言葉はあまり理解しないはずです」
「でも…試してみたいんです」私は決意を固めた。「お願いします」
二人は顔を見合わせ、ジンさんがため息をついた。「まあ、試すだけなら構わないが…」
「ありがとう」
私は深呼吸をし、ゴブリンたちがいる方向へ意識を向けた。昨夜のように、強い感情と、明確な意図を持って—
—聞こえる?私の声が届いているかしら…?
すると、驚くべきことに、私の頭の中に様々な声が入り込んできた。
『誰だ?』
『人間の声だ!』
『危険!みんな警戒せよ!』
私は驚きのあまり、後ずさった。
「どうした?」ライトさんが心配そうに尋ねた。
「聞こえる…」私は震える声で言った。「ゴブリンの声が頭の中に…」
ジンさんは目を見開いた。「マジかよ…」
私は再び意識を集中させた。
—お願い、聞いて。私たちは敵意はないわ。ただ話がしたいの
『嘘だ!人間は常に私たちを殺してきた!』
『罠だ!襲撃の準備をしろ!』
ゴブリンたちの反応は予想通り、敵対的だった。しかし、その中に一つ、他とは違う冷静な声があった。
『待て。話を聞いてみよう』
その声は他のゴブリンたちよりも年老いた感じがした。おそらく彼らのリーダーなのだろう。
—あなたたちが農家の作物を荒らしているそうね。何か理由があるの?
『人間が私たちの古い住処を奪った』老いたゴブリンの声が返ってきた。『森が切り開かれ、奥地にはハイオークたちの住処がある。我々に行き場はない』
「何が起きているんだ?」ライトさんが小声で聞いてきた。
「ゴブリンのリーダーと話しています」私は説明した。「彼らが農家を襲うのは、人間が彼らの住処を奪ったからだと言っています。あと奥地にはハイオークの住処があってそっちにも行けないと」
「なるほど…」ライトさんは考え込んだ。
—でも、農家の人たちの作物を荒らすのはやめてほしいの。彼らもそれで生きているから
『では私たちはどうすればいい?飢えろというのか?』
その問いに、私は一瞬言葉に詰まった。確かに、彼らにも生きたいだけだ。
「どうした?」ジンさんが尋ねた。
「彼らも食べ物が必要で…」私は悩みながら言った。「でも、農家の人たちの生活も守らないと…」
ジンさんは周囲を見回し、ふと言った。「ハイオークのテリトリーに入らない、広い空き地があるはずだ。前に偵察した時に見つけた」
「本当?」
「ああ。そこなら人間の農地からも離れてるし、水場もある。ハイオークの縄張りからも外れずはずだ」
閃いた私は、再びゴブリンのリーダーに意識を向けた。
—聞いて。この森の奥に、住むのに適した場所があるわ。そこなら人間とも距離を置けるし、水も確保できる。そこに移ってくれれば、農家を襲う必要もなくなるはず
しばらく沈黙が続き、それからリーダーの声が返ってきた。
『本当にそんな場所があるのか?嘘ではないな?』
—嘘じゃないわ。私たちが案内するから
ジンさんに向かって、私は説明した。「彼らを新しい住処に案内できますか?」
「ああ、いいぜ」ジンさんは頷いた。「でも、奴らが本当についてくるか怪しいな」
「試してみる価値はある」ライトさんが言った。「できることなら、無駄な戦いは避けたい」
私は再び意識を集中させた。
—私たちが先に立つから、ついてきて。誰も危害は加えないわ
『…わかった』リーダーの声がやってきた。『しかし、これが罠なら、最後まで戦うぞ』
「彼らが同意してくれました」私は二人に伝えた。「でも、疑いは捨てきれていないみたい」
「当然だな」ジンさんは言った。「数百年に渡る人間との対立があるんだ」
ライトさんは剣を鞘に収めた。「それでは、行こう。しかし警戒は怠らないように」
私たちは三人で、ゴブリンたちのいる方向へと歩み寄った。すると、茂みの陰から、緑色の小さな姿が次々と現れ始めた。
年老いたゴブリンが前に出てきて、私たちを警戒しながらも、一歩踏み出した。彼の目は鋭く、長い年月を生き抜いてきた知恵が宿っていた。
「私が彼らのリーダー、グルだ」彼は意外にも人間の言葉で話した。「お前の声が頭に響いたのは不思議な体験だった」
「私はビリーです」私は丁寧に答えた。「これは私の仲間、ライトさんとジンさん」
グルは二人をじっと見つめ、特にジンさんの方をより長く観察していた。「お前は…普通の人間ではないな」
ジンさんは無表情で答えた。「ああ、そうかもしれない」
「では、案内してくれ」グルは言った。「だが、裏切りがあれば容赦はしない」
「わかりました」私は頷いた。
こうして私たちは、ゴブリンたちを先導して森の奥へと進んでいった。彼らは家族単位で移動しているようで、子供や女性、老人もいた。
思っていたよりも組織だった社会を形成していたのだ。
途中、小さなゴブリンの子供が転んで泣き出した時、私は思わず手を差し伸べた。母親のゴブリンは最初警戒したが、『大丈夫』と通信で語りかけた。
理解したか、していないかはわからなかったが、母親は子供を抱き上げるのを許してくれた。
「君は不思議な人間だな」ライトさんが小声で言った。「ゴブリンを恐れないのは珍しい」
私は微笑んだ。「彼らも生きているだけなんだと思います。ただ、人間と異なる道を歩んでいるだけで」
約一時間ほど歩いた後、ジンさんが言った通りの広い空き地に到着した。そこには小さな湖があり、周囲には果実のなる木々も生えていた。
「ここだ」ジンさんが言った。
グルは周囲を慎重に見回し、数人の若いゴブリンに命じて探索させた。彼らが戻ってきて報告すると、グルは満足そうに頷いた。
「確かに良い場所だ」彼は認めた。「水も食料も確保できる」
「ここなら農家から十分離れているから、お互い干渉することはないでしょう」ライトさんが言った。
グルは深く考え込んだ後、私に向かって言った。「お前は不思議な力を持っている。心と心を繋ぐ力だ。古い伝説に似たものがあったが…」
「伝説ですか?」私は興味を持った。
「そうだ」グルは頷いた。「遠い昔、種族を超えて心を通わせる者がいたという」
—私のスキルはそういうものなのかしら
「ビリー」グルは私の名を呼んだ。「我々はここに留まり、二度と人間の農地を荒らさない。それが我々の誓いだ」
「ありがとうございます」私は心から感謝した。
「だが、もし人間がここまで侵食してきたら…」
「その時は私が間に入ります」私は約束した。「再び『通信』で橋渡しをします」
グルは満足そうに頷き、私に小さな木彫りのお守りのようなものを手渡した。
「これは我々の守護の印だ。困った時には、これを掲げよ。ゴブリンはお前を助けるだろう」
「大切にします」私はそれを受け取った。
こうして、私たちの最初の依頼は、戦うことなく平和的に解決した。帰り道、ライトさんは感心した様子で言った。
「素晴らしい解決法だった。多くの冒険者は考えもしなかっただろう」
「ああ」ジンさんも珍しく素直に同意した。「お前のスキルは、思ったより役に立つな」
「ありがとう」私は恥ずかしそうに答えた。「でも、まだ使い方を完全に理解できていないんです。今回も、偶然うまくいっただけかもしれない」
「ふーむ」ライトさんは思案顔だった。「これは偶然だろうか。君の中に眠る才能はもしや、公爵家の大賢者すら超える可能性があるのかも」
そんな他愛のない会話をしていた時だった、ジンさんが森の奥に視線を送った。その視線にさっきまでの呑気さはない。
「どうした—」とライトさんが言い終わらないうちに、耳をつんざく咆哮が森中に轟いた。
私とライトさんが遅れて森の中心を見たその時、私の頭の中にとんでもない映像が流れ込んできた。
その光景は、凄まじい数のハイオークの軍団が、王都に向かって進軍してくる様子だった。
そして彼らはの考えていることは、全員同じことだった。
『コロス、コロス、コロス、コロス…』