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迷わすの森


森の中は、時の流れが止まったかのように静寂に包まれていた。頭上に広がる古い木々の枝葉が複雑に絡み合い、空がほとんど見えない。昼なのか夜なのかさえ判然としない、薄暗い緑色の光に包まれている。

「なんだか気味が悪いな」ジンさんが呟きながら、手を剣の柄に置いた。「この森、普通じゃねえ」

ライトさんが周囲を見回しながら頷いた。「確かに異様ですね。太陽の位置もわからないし、時間の感覚がおかしくなります」

私たちは慎重に森の奥へと進んだ。足音は苔に吸い込まれ、まるで雲の上を歩いているかのようだった。時折、どこからともなく風の音が聞こえてくるが、実際に風を感じることはない。

「ビリーさん」ライトさんが私に声をかけた。「女神のかけらの力で、何か感じませんか?」

私は胸に手を当てて集中した。確かに、森の奥深くから微かな光を感じる。それは優しく、しかし確固たるものだった。

「あの方向です」私は指差した。「間違いありません」

森の木々は年を重ねるごとに巨大になっていくようで、私たちが進むにつれて幹の太さが信じられないほど大きくなっていく。中には、十人が手をつないでも抱えきれないような古木もあった。

しばらく歩いていると、木々の隙間から石造りの建物が見えてきた。

「おっ、あれが遺跡じゃねえか?」ジンが指差した。

確かに、古い石で造られた塔のような建物が、森の奥に聳えている。それほど遠くないように見える。

「あと少しですね」ライトさんが安堵の表情を見せた。

私たちは遺跡に向かって歩き続けた。しかし、歩いても歩いても、なぜか遺跡が近づいてこない。それどころか...

「おい、ちょっと待てよ」ジンが立ち止まった。「さっきより遠くなってねえか?」

確かに、遺跡がより小さく見える。明らかに距離が離れている。

「そんなはずは...」ライトさんが困惑した。

私たちはさらに一時間ほど歩き続けた。足は疲れ、のどは渇いてきたが、遺跡はますます遠ざかっていくように見える。

「これは変だ」アイヴィさんが立ち止まり、周囲を見回した。「私たちは確実に前に進んでいる。なのに目標が遠ざかっていく」

彼女は近くの大きな木に手を置き、目を閉じて集中した。

「魔力の流れが...複雑に絡み合っている」アイヴィさんが眉をひそめた。「まるで...まるで森全体が動いているみたい」

「動いてる?」ジンが首をひねった。「森が動くってどういうことだ?」

「文字通りよ」アイヴィさんの声に緊張が込められた。「この森は生きている。私たちが歩いている間に、森自体が変化し続けているの。だから遺跡にたどり着けない」

ライトさんが驚いた表情で木々を見上げた。

「そんなことが可能なんですか?」

「わからない」アイヴィさんが答えた。「でも、こんな大規模な魔法を維持するには、相当な力が必要。一体誰が、何のために...」

その時、私の頭にひらめきが浮かんだ。もしかして、この森の木々とも話ができるかもしれない。

私は通信スキルを発動し、周囲の木々に意識を向けた。

最初は何も感じなかったが、やがて微かな反応があった。木々にも意識があるのだ。

「みなさん、少し離れていてください」私は仲間たちに言った。

「何をする気だ?」ジンさんが警戒した。

「交渉してみます」

私は通信スキルを発動し、周囲の木々に意識を向けた。

— 聞こえますか?

心の中で語りかけたが、何の反応もない。静寂だけが返ってくる。

— 誰か聞こえませんか?

再び呼びかけても、応答はなかった。私は諦めずに、もう一度集中を高めた。

—お話ししたいんです。聞こえますか?

まだ何も聞こえない。しかし、私は感じていた。この森には確実に意識がある。ただ、警戒しているだけなのだ。

私は一番近くにある、比較的若そうな木に手を置いてみた。幹はそれほど太くなく、樹皮もまだ滑らかだった。

—聞こえますか?怖がらないでください

すると、微かに何かを感じた。ほんの小さな震えのようなもの。

—あ、聞こえてるんですね!

今度ははっきりと反応があった。若い木の意識が、恐る恐る私に触れてくる。

『...だれ...?』

か細い、子供のような声だった。

—私はビリーです。人間です。お話しできて嬉しいです

『人間...怖い...』

—怖くありません。お友達になりたいんです

『本当...?』

—本当です。ところで、あの遺跡に行きたいんですが、道がわからなくて...

若い木の意識が動揺した。

『だめ...大きな木たちが...許さない...』

—大きな木?

私は周囲を見回した。確かに、若い木の周りには巨大な古木がそびえ立っている。

—その大きな木たちとお話しできませんか?

『怖いよ...でも...呼んでみる...』

若い木が他の木々に何かを伝えているのを感じた。すると、近くの大きな木から重々しい意識が押し寄せてきた。

『何者だ...人間よ...』

今度は太く、威厳に満ちた声だった。数百年は生きているであろう古木の意識だ。

—はじめまして。私はビリーと申します

『この森に何の用だ...』

—女神のかけらを探しています。あの遺跡に行かせていただけませんか?

『女神...?』

古木の意識に動揺が走った。

『ネメシスの...かけらを...?』

—はい。災厄から世界を守るために

しばらく沈黙が続いた。そして、さらに多くの木々の意識が私に向けられるのを感じた。森全体が私に注目している。

『許可できぬ...』

最も大きな古木の意識が答えた。

『この森は聖域...守られるべき場所...侵入者は歓迎しない...』

—でも、このままでは災厄が...

『我らは森を守るのみ...』

木の意思は頑固だった。しかし、私には切り札がある。

私は振り返って仲間たちに呼びかけた。

「アイヴィさん」私は振り返った。「すみません、少しだけドラゴンの力を見せてもらえませんか?」

「え?」アイヴィさんが困惑した。「なぜ?」

「脅しです」私は苦笑いした。「木々を説得するために」

アイヴィさんは躊躇したが、私の真剣な表情を見て頷いた。彼女は手を前に出し、小さな炎を作り出した。ドラゴンの力による、青白い美しい炎だった。

私は再び通信スキルを起動し、木々により強い印象を与えることにした。

—見えますか?あの炎を

『...炎...』

若い木が震え声で答えた。

—彼女はドラゴンです。もし道を開けてくれないなら...

—燃やしちゃいますよ

森全体にざわめきが走った。葉がさらさらと音を立て、枝が微かに震えている。

『ドラゴンの炎...それは...』

古木の意識に動揺が走った。

『森を焼き尽くす...恐ろしい力...』

—でも、私たちはそんなことはしたくありません。ただ、遺跡に行きたいだけなんです。お願いします

私は誠意を込めた感情も一緒に送った。

—どうしても必要なんです

長い沈黙の後、最も大きな古木の意識が答えた。

『...わかった...道を開こう...ただし、森を傷つけてはならぬ...約束せよ...』

—約束します。森の一草一木も傷つけません

『若い者よ...』

古木が若い木に語りかけた。

『道を作るのだ...』

『はい...』

若い木が嬉しそうに答えた。

その瞬間、目の前の光景が変わった。

木々がゆっくりと左右に分かれ、まっすぐな小道が現れた。そして、その道の先には、先ほどまで遠くに見えていた石造りの遺跡が、手の届きそうな距離に立っていた。

「すげえ!」ジンが驚嘆の声を上げた。「本当に道ができやがった!」

ライトさんも目を見張った。「ビリーさん、一体何をしたんですか?」

「木々と交渉しました」私は安堵のため息をついた。「この森は全体が一つの生き物のようなものだったんです。許可を得れば、道を作ってくれます」

アイヴィさんが炎を消しながら苦笑いした。

「まさか脅しに使われるとは思わなかったわ。でも、うまくいったみたいだな」

私たちは新しくできた道を歩き始めた。木々は静かに見守っており、もう敵意は感じられない。

やがて、古い石造りの遺跡の入り口に到着した。入り口には美しい彫刻が施されており、その中央に大きなアーチ型の扉がある。しかし扉は開いており、中からは柔らかな光が漏れ出していた。

「ついに着いたな」ジンが感慨深げに呟いた。

「でも」ライトさんが心配そうに入り口を見つめた。「本当に風の守護者がいるんでしょうか?」

私は胸の女神のかけらの力を感じた。間違いない。ここに二つ目のかけらがある。そして、それを守る存在も。

「大丈夫です」私は仲間たちを見回した。「きっと、すべてうまくいきます」

私たちは遺跡の入り口をくぐった。内部からは、微かに鈴のような音色が聞こえてくる。まるで私たちを歓迎するかのように。

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