北の森の遺跡
「おい、ビリー!」
冒険者ギルドの扉を開けるなり、ジンさんの声が響いた。彼は木のテーブルに足を乗せ、ビールジョッキを片手に私たちを見つめている。
「それで話したいことってのはなんだ??」
ライトさんも振り返り、いつもの穏やかな笑顔を見せた。
「何か収穫はありましたか?」
私とアイヴィさんは顔を見合わせた。どこから話していいものか。
「実は...」私は椅子に座りながら切り出した。「とても信じがたいことが起こりました」
「はあ?」ジンさんがビールを置き、眉をひそめた。「何だって?」
「女神様の声が聞こえたんです」
沈黙がテーブルに降りた。
「...おい」ジンさんがゆっくりと口を開いた。「まさか頭でも打ったのか?」
「いや、本当なんです!」私は慌てて説明を始めた。「ダンジョンで隠し部屋を見つけて、そこで女神のかけらと話をしました。世界に大きな危機が迫っているって」
ライトさんが困惑した表情で私を見つめている。
「ビリーさん、落ち着いて。最初から順序立てて話してくれませんか?」
私は深呼吸をして、今日の出来事を詳細に話した。最初に聞こえた声のこと、隠し扉のこと、女神のかけらとの会話、そして胸に流れ込んだ力のこと。
「で」ジンさんが腕を組んだ。「その女神とやらは何て言ったんだ?」
「北の森の奥にある古い遺跡に、二つ目のかけらがあるって。風の守護者という存在もいるそうです」
「北の森?」ジンさんの眉がさらに深く寄った。「おい、ちょっと待てよ」
彼は立ち上がり、宿屋の壁に掛けられた地図を指差した。
「この辺りの北に森なんてねえぞ?見てみろよ、見渡す限り平野じゃねえか」
ライトさんも地図を確認する。
「確かに...この地域で一番北にある森といえば、ここから三日は歩かなければならない『深緑の森』ですが、そこに古い遺跡があるという話は聞いたことがありません」
「遺跡だって、この辺で知られてる遺跡なんて数えるほどしかねえ」ジンさんが首を振った。「お前の見た幻覚なんじゃねえのか?」
「幻覚じゃありません!」私は胸に手を当てた。「今でも力を感じるんです。そして、確かに北の方向に何かがあるのも」
アイヴィさんが口を開いた。
「私もその隠し部屋は見た。確かに異常だった。ただ、ビリーにしか聞こえない声というのが...」
「だから一体どこの話をしてるんだ?」ジンさんが困惑した表情で手を振った。「北の森、古い遺跡、風の守護者...どれも聞いたことがねえ」
ライトさんが考え込むような表情をした。
「でも、ビリーさんが嘘をつくとも思えません...試しに北の方向を確認してみませんか?」
「まあ、それもそうだな」ジンさんがため息をついた。「ダメ元で見に行ってみるか。どうせ明日は休みだしな」
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翌朝、私たちは街の北門から出発した。
「しかし本当に何もねえな」ジンさんが手をかざして遠くを見た。「見渡す限り草原だぞ?」
確かに彼の言う通りだった。北に向かって歩いても、平坦な草原が地平線まで続いている。森らしき影は全く見当たらない。
「ビリーさん、本当にこの方向で合ってるんですか」ライトさんが心配そうに尋ねた。
私は胸に手を当てて集中した。女神のかけらの力は確かに感じる。そして、それは間違いなく北の方向を指している。
「はい、間違いありません。この方向です」
「でも何もないじゃねえか」ジンさんが苛立った様子で言った。
私たちはさらに一時間ほど歩いた。しかし相変わらず草原以外に何も見えない。
「おい、そろそろ引き返さねえか?」ジンさんが提案した。「このまま歩いてても埒が明かねえ」
その時、私に天啓がひらめいた。
胸の奥で何かが共鳴するような感覚。まるで、見えないものが私を呼んでいるような...
「こっちです」私は突然方向を変えた。「こっちのような気がします」
「えっ?」みんなが振り返った。
私が向かったのは、わずかに地面が窪んだ場所だった。そこには小さな小川が静かに流れている。
「川?」アイヴィさんが首をひねった。「ここらで小休止でもするか...」
私は小川のほとりに膝をついた。不思議なことに、この川の水はとても透明で、まるで鏡のように周囲の景色を映している。
しかし、映っているのは私たちが立っている草原ではなかった。
「え...?」
川面に映っているのは、鬱蒼とした森の光景だった。古い木々が立ち並び、その奥に石造りの建物らしきものが見える。
「おい、これ...」ジンさんが覗き込んだ。「何だこりゃ?川に映ってる景色が違うぞ?」
ライトさんとアイヴィさんも川面を見つめている。
「どういう現象でしょうか」ライトさんが呟いた。
私は川面の森を見つめた。確かにあそこだ。女神のかけらが言っていた「北の森」は、この川の中にある。
「みなさん」私は振り返った。「私、入ってみます」
「ちょっと待て!」ジンさんが慌てた。「危険すぎるだろ!」
「でも、きっとここから森に行けます」私は川面を見つめた。「この川は普通の川じゃない。どこか別の場所へと続く扉なんです」
私は立ち上がり、川に向かって歩いた。
「ビリーさん!」
ライトさんの声が背後から聞こえたが、私は躊躇しなかった。女神のかけらの力が、間違いなくここから向こう側に行けると告げている。
私は思い切って小川に飛び込んだ。
水に触れた瞬間、世界が回転した。まるで長いトンネルを通り抜けるような感覚。そして次の瞬間...
私は森の中に立っていた。
本物の、鬱蒼とした森だった。頭上には古い木々の枝が絡み合い、足元には苔むした石が転がっている。空気は湿っており、森特有の静寂に包まれていた。
「どうなってる??」
背後から聞き慣れた声がした。振り返ると、アイヴィさん、ジン、ライトさんが続けて現れていた。みんな、困惑した表情をしている。
「おい、ここはどこだ?」ジンさんが辺りを見回した。「さっきまで草原にいたはずだろ?」
「間違いなく森ですね」ライトさんが木々を見上げた。「でも一体どうやって...?」
「あの川が扉だったんです」私は説明した。「別の場所につながる魔法の扉」
アイヴィさんが困惑した表情で呟いた。
「こんな魔法、ドラゴンの私でも聞いたことがない...一体誰が、何のために?」
私は胸の女神のかけらの力を感じた。ここが正しい場所だ。二つ目のかけらは、この森の奥にある。
「とりあえず」私は前を向いた。「奥に進んでみましょう。きっと答えが見つかります」
しかし、私たちはまだ知らなかった。この森には古代から住み続ける存在がいることを。そして、その存在こそが「風の守護者」だということを。
森の奥から、微かに風の音が聞こえてきた。それは、まるで私たちを呼んでいるかのようだった。




