冒険者生活
あの事件から一ヶ月が経った。あれ以降暗殺者は来ず、冒険者としての生活で日々の糧を得ていた。
私たち4人—ジンさん、ライトさん、アイヴィさん、そして私—は定期的にダンジョンに潜るパーティとして活動していた。最初の頃は慎重に浅い階層から始めて、徐々に深い部分へと進んでいく。
「今日も順調だったな」ライトさんが満足そうに呟いた。
彼がリーダーとして的確な指示を出し、私が通信と索敵を担当し、アイヴィさんが前衛で素手による格闘を行う。そしてジンさんが後衛から全体をフォローする、というのが私たちの基本的な戦術だった。
しかし、ジンさんはあの森での戦いで見せたような激烈な戦闘能力を発揮することはなかった。むしろ淡々と、必要最小限の力で敵を処理していく。まるで本気を出すまでもない、とでも言うような感じで。
アイヴィさんについても驚くことが多かった。あの巨大なドラゴンの姿からは想像できないほど、人間の女性としての生活に順応していた。戦闘スタイルは完全に素手格闘で、モンスターを殴り倒していく様子は圧巻だった。
一度これからも人間の姿でいるのか、休憩中に尋ねてみた。
「回復には何年もかかる」彼女は短く答えた。「その間は人間社会で生きていくしかない」
「なるほど、それは大変ですね、私でよければサポートします」
「いや大丈夫だ。慣れた」アイヴィさんはあっけらかんとしていた。「むしろ、こっちの方が楽な面もある」
ライトさんは私のために宿屋の手配もしてくれた。冒険者ギルドの隣にある小さな宿屋で、ギルドとの提携により冒険者向けの定宿として利用できる。アイヴィさんも同じ宿に部屋を取った。
「これで安心ですね」ライトさんが微笑んだ。「何かあればすぐにギルドに連絡できますし」
一方で、ジンさんは私の父親にやり方が気に入らないと何度も物騒な相談をしてきた。
「なあ、こっそり殺してやろうか?バレないように」彼は笑いながら言っていた。
「でも、父は公爵家の人間なんです」私は慌てて止めた。「下手に手を出したら、ジンさんが危険な目に遭ってしまいます」
「俺のことなんか気にするな」
「ダメです!」私は強く首を振った。
「まあ...お前がそう言うなら」
そんな日々が続いて、今日もまた私たちはダンジョンに来ていた。ただし、今日はライトさんが別の用事で不在で、ジンさんもダンジョンの外で昼寝をしている。
「安全な階層だからな」ジンさんが欠伸をしながら言った。「お前たち二人でも大丈夫だろ」
そういうわけで、今は私とアイヴィさんの二人だけでダンジョンを探索していた。
「うわああああ!」
私は悲鳴を上げて後ずさりした。目の前に巨大な蜘蛛のモンスターが現れたのだ。人間ほどの大きさで、八本の足をカサカサと動かしながら近づいてくる。
「気持ち悪い...」私は身体を震わせた。
一方、アイヴィさんはケロッとした表情で蜘蛛を見つめていた。
「ただのジャイアントスパイダーだ」
彼女は淡々と歩み寄ると、拳を振り上げた。そして一撃で蜘蛛の頭部を粉砕する。緑色の体液が飛び散ったが、アイヴィさんは全く動じていない。
「終わり」
「す、すごい...」私は呆然とした。
ドラゴンだった頃の名残なのか、それとも元々こういう性格なのか。アイヴィさんの戦闘時の冷静さには毎回驚かされる。
私たちは安全な休憩スペースを見つけて腰を下ろした。持参したサンドウィッチを取り出して、豪快にかぶりつく。
「うまい」彼女が満足そうに呟いた。
私も自分のサンドウィッチを取り出したが、なぜか食べる気になれずに膝の上に置いたままぼんやりしていた。
私が迷宮から戻った時ジンさんが私を抱きしめてくれた時のことを思い出していた。あの時の温かさ、安心感。彼の長いまつげ、がっしりとした腕の感触。
「本当によかった」と呟いた時の、少し震えた声。
あんなに心配してくれるなんて。私なんかのために、あんなに...
「おい」
アイヴィさんの声で現実に引き戻された。
「そのサンドウィッチ、食わないのか?」
「あ...はい」私は慌てた。「どうぞ、アイヴィさん」
「遠慮なく」アイヴィさんが私のサンドウィッチも手に取った。
私は膝を抱えてため息をついた。
「アイヴィさん」
「何だ?」
「私...このままの生活を続けていていいんでしょうか」
アイヴィさんが咀嚼を止めた。
「どういう意味だ?」
「皆さんに迷惑をかけているような気がして」私は俯いた。「ジンさんもライトさんもは私の護衛に似たようなことをしていますし...」
「迷惑?」アイヴィさんが首をかしげた。
「私がいなければ、皆さんもっと自由に冒険できるのに」
その時、ダンジョンの通路を別の冒険者パーティが通り過ぎていった。彼らは楽しそうに談笑しながら歩いている。きっと気の合う仲間同士で、自然に結成されたパーティなのだろう。
私たちのように、一人の面倒を見るために集まったわけではない。
「私たちって、不自然じゃないですか?」私は続けた。「本当のパーティじゃないというか...」
アイヴィさんがサンドウィッチを置いた。
「お前、何を言っているんだ?」
「え?」
「お前がいなければ私はそもそもあそこで野垂死にしていたかも知れない。よしんば生きていても人間社会で大してコネもないし、こんなスムーズいかなかっただろう」
私は驚いて彼女を見つめた。
「ライトは確かにお前のために宿の手配をした。だが、それは仲間だからだ。お前はその通信ギフトでハイオークの危険を知らせた。街のために命を懸けた人間を、仲間じゃないなんて思っていると考えていること自体、あいつらに失礼なんじゃないか」
アイヴィさんの言葉が胸に響いた。
「それに」彼女が少し笑った。「私にとって、人間社会に慣れるいい機会でもある。お前のおかげで、色々なことを学べている」
「アイヴィさん...」
「だから、変なことを考えるな」彼女がまたサンドウィッチを手に取った。「私たちは仲間だ。それだけで十分じゃないか」
「ありがとうございます」
「礼には及ばない」アイヴィさんがサンドウィッチにかぶりついた。「それより、今晩のごはんは何にするか決めよう。私は肉がいい」
私は笑った。「そうですね。お肉にしましょう」
私たちは他愛もない会話を交わしながら食事を終えた。そろそろ次に行こうかと腰を上げた時だった。
ふと、頭の中に微かな声が響いた。通信スキルが何かを捉えている。
「あれ...?」
私は集中して意識を研ぎ澄ませた。この感覚...誰かが私を呼んでいる?
かすかに、本当にかすかに聞こえる声。
「どうした?」アイヴィさんが私の様子に気づいた。
「ちょっと待ってください」
私は目を閉じて、さらに集中した。声の方向を探る。上からではない。横からでもない。
下だ。
洞窟の、もっと深い場所から聞こえてくる。
何て言っているかはわからないが、女性の声だった。
「アイヴィさん」私は振り返った。「洞窟の下から、誰かが私を呼んでいます」
「下?」アイヴィさんの表情が険しくなった。「私には何も聞こえないが」
「でも確かに聞こえるんです。聞いたこともない言葉で..」
私たちは顔を見合わせた. この声の主は一体誰なのだろうか。そして、なぜ私に聞こえているのか。




