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私の居場所

光の扉をくぐった瞬間、私たちの視界は真っ白になった。まるで雲の中を歩いているような、ふわふわとした浮遊感に包まれる。


「ビリー、手を離すなよ」アイヴィさんの声が聞こえた。


私は彼女の手をしっかりと握り返した。この光の中で見失うわけにはいかない。


やがて、足元に確かな地面の感触が戻ってきた。光が徐々に和らぎ、見慣れた石造りの建物が目に入る。


「あ...」


私たちは冒険者ギルドの正面玄関前に立っていた。まるで何事もなかったかのように、いつもの賑やかな街の音が耳に届く。


「本当に...戻ってきたんですね」


私は安堵の息を吐いた。あの紫の迷宮での出来事が、まるで遠い昔の話のように感じられる。


懐中時計を取り出し時間を確認する。「1時間...たった1時間の出来事みたいです」


信じられなかった。あんなに長く感じられた戦いと恐怖が、現実世界ではわずか1時間の空白でしかなかったなんて。


「とりあえず、中に入ろう」アイヴィさんが提案した。


しかし、ギルドの扉を開けた途端、異様な空気が私たちを迎えた。


いつもの和やかな雰囲気とは正反対の、張り詰めた殺気がギルド内に充満していた。受付カウンターの周りには複数の冒険者が集まり、何やら険しい表情で話し合っている。


その中心にいたのは、見覚えのある二人の男性だった。


「ジンさん...ライトさん...?」


ジンさんとライトさんの顔は、今まで見たことのないほど深刻な表情が浮かんでいる。


「どういうことだ!なぜビリーの居場所が分からない!」


ジンさんの怒声がギルド内に響いた。普段の粗野さとは質の違う、本気の怒りが込められていた。


「落ち着けジン」ライトさんが必死に彼をなだめようとしているが、その表情も同様に険しい。「まずは捜索隊を編成して—」


「捜索隊だと?そんな悠長なことを言っている場合か!」


ジンさんが拳でカウンターを叩いた。木製のカウンターが大きく震える。


「人探しのギフトを持つ人間でも探せないんだ、となると別の空間に—」


「ジンさん」


私は震え声で彼の名前を呼んだ。


ギルド内の全ての視線が私たちに集中した。


一瞬の静寂の後、ジンさんの表情が驚愕から安堵へと変わった。


「ビリー...?お前か?」


「はい...ただいま戻りました」


その瞬間、ジンさんが駆け寄ってきた。そして私を力強く抱きしめる。


「よかった...」


彼は静かに呟いた。こんなに心配してくれていたなんて。


「ビリーさん!無事だったんですね!」ライトさんも近づいてきた。「一体どこに行っていたんですか?通信も繋がらなくて...」


私はアイヴィさんと顔を見合わせた。どこから説明すればいいのだろう。


「えっと...実は...」


私が口を開きかけた時、ギルド長が姿を現した。


「皆さん、落ち着いてください」彼は汗を拭いながら言った。「とりあえず捜索隊の準備は中止しましょう。ビリーさんが無事に戻ってこられたのですから」


ギルド長の表情にも安堵の色が浮かんでいた。先ほどまでジンさんの剣幕に押されて困惑していたのが嘘のようだった。


「しかし」ジンさんが私の肩に手を置いた。「一体誰にやられたんだ?誘拐でもされたのか?」


その問いに、私の心臓が大きく跳ねた。


「あの...実は...」


私は深呼吸をした。これを話すのは辛いけれど、隠し続けるわけにはいかない。


「私の...父でした」


「父親?」ライトさんが眉をひそめた。「そうか、ビリーさんのお父さんは—」


「はい...私を捨てた父です」


私は俯いた。皆の視線が痛い。


「この前の暗殺者と関係が?」ジンさんの声に困惑が滲んでいた。


「私が...家の恥だから」


言葉が喉に詰まった。でも、続けなければならない。


「私は実は...通信のスキルしか持たない、役立たずなんです。だから王子にも父にも捨てられて...でも、それでも父は私のことを見張っていて...」


私の声が震え始めた。


「おそらく...私がまだ冒険者なんてやっているのを知って...それで...」


涙が頬を伝った。


「私なんかが冒険者をやっていることが許せなかったんです。だから、暗殺者を送って、あの迷宮に閉じ込めて...私を...」


「おい」


ジンさんが私の顎を優しく持ち上げた。


「お前は役立たずなんかじゃない」


彼の瞳が真剣に私を見つめている。


「昨日の戦いでも、お前の『視る』能力があったからゴブリンを救えた。ハイオークに対処できた。お前は立派な冒険者だ」


「でも...」


「でもじゃない」ライトさんも口を開いた「君は誰にもできないことをやっているんだ。それは誇りに思うべきことだよ」


周りの冒険者たちも頷いている。


「そうだぞ、嬢ちゃん」


「ハイオークの時わかったぜ、通信役は重要なポジションだ」


温かい言葉が次々と飛んできた。


私は涙を拭いながら、皆を見回した。こんなに私のことを認めてくれる人たちがいる。こんなに心配してくれる人たちがいる。


「ありがとうございます...皆さん」


私はお辞儀をした。


「で、その父親はどこにいるんだ?」ジンさんの表情が再び険しくなった。「今度こそ、きっちりとケリをつけてやる」


「やめておけ」ライトさんが制した「相手は公爵家だ。下手に手を出せば、この国にいられなくなる」


「あ、いえ...もう大丈夫ですから」私は慌てて手を振った。


ジンさんがアイヴィさんを見た。


「お前が助けたのか」


「ああ」アイヴィさんが頷いた。「だが、正確には我が助けたというより...ビリーが自分の力で乗り越えたんだ」


私は恥ずかしくなって俯いた。あの時の感情を思い出すと、まだ胸がざわつく。


「それより」アイヴィさんが続けた。「ああいったのはまた現れる可能性がある。今度はもっと周到に準備してくるかもしれない」


ギルド長の表情が引き締まった。


「分かりました。ビリーさんの警護について、改めて検討しましょう」


「俺がやる」ジンさんが即座に手を挙げた。


「僕も協力します」ライトさんも続いた。


私は胸が温かくなった。こんなに大切にしてもらえるなんて、思ってもみなかった。


「皆さん...ありがとうございます」


私は再びお辞儀をした。もう涙は出なかった。代わりに、心の奥底から湧き上がる温かな気持ちで胸がいっぱいになっていた。


「さあ、それじゃあ今日のところはゆっくり休みましょう」ライトさんが周囲い言った。「また何かあったら、すぐに私たちに連絡してください」


「はい!」私は元気よく返事をした。


ここが私の居場所なんだ。

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