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EP5 初めての任務

二日前の激闘で負った傷がようやく癒えたショコラはシスター服へと腕を通していた。


「ん〜、 よしっ! 今日から頑張るぞ〜!」


鏡の前で軽くポーズを取る。 17歳の少女の顔には、 まだ幼さが残っていた。


療養室の扉を開けると、廊下には白い光が満ちていた。 大理石の床が朝の光を反射し、 教団の厳かさと神聖さを静かに湛えている。


その廊下の先を、 見慣れた銀髪の女性、アルベドの姿が目に入った。


「アルベドさーん!」


ショコラは思わず声を上げて駆け寄った。 足音を立てながらも無邪気に近づく彼女に、アルベドは片手を上げて応じる。


「調子はどうだ、 ショコラ」


「もう、 ばっちりですよっ!」


元気よく腕を上げるショコラに、 アルベドはわずかに口角を上げた。 冷たく見える目にも、 どこか安堵の色が浮かんでいる。


「今日から依頼を受けてもらう。 まずは、 新米向けの簡単な任務だ」


彼女は腰元のホルダーから一枚の書類を抜き取り、 ショコラへと手渡す。


『緊急依頼:木材と鉱石の採取』


そこには、 復旧支援のための資材調達任務と明記されていた。


ベヒーモスとの戦いによって損壊した市街の一部――その復興作業に必要な物資の補給だった。


「私も同行する。現地の状況確認と、お前の監督も兼ねてな」


「はいっ!」




街外れの一角――戦いの爪痕が色濃く残る場所に、二人は到着していた。


煉瓦造りの建物は半壊し、瓦礫が無造作に積み上がっている。 崩れた屋根の隙間から差し込む陽光が、 廃墟のような静けさの中に明るさを与えていた。


「ここ……私が戦った場所ですね……」


ショコラが小さく呟く。


崩れかけた建物の影から、一人の男がこちらに気付く。 土汚れと汗にまみれた顔をこちらに向け、慌てて仲間の肩を叩く。


「おい、来たぞ……教団の連中だ!」


呼ばれたもう一人の男も顔を上げ、 二人は工具を地面に放り出すようにして足早に駆け寄ってくる。 足元は粉塵まみれで、 ブーツの底には乾いた泥がこびりついていた。


額に巻いた布はすっかり煤け、 どちらの男も目の下に濃い影を落としている。 日に焼けた腕には傷が浮き、 汗が流水のように流れている 。 長時間の作業に疲れ切っているのは一目瞭然だった。


男はアルベドの顔を見るとぱっと表情を明るくする。


「おおっ、来てくれたか! しかもアルベドさんとはツイている!」


そして視線はショコラの方にも向けられた。


「そちらのお嬢さんは見ない顔だな?」


「今日が初任務だからな。 私が来るまでベヒーモスと戦っていたのも彼女だ」


「この子があのベヒーモスと!?」


作業員は驚き声を上げる。


「アルベドさんの伝説を継げるかもなぁ」


「伝説って?」


未知の情報にショコラは首を傾げる。


「お嬢さん知らないのかい? 三年前にもベヒーモスの襲撃があったんだ。 ベヒーモスはとても強力なモンスターでな、 本来は国の軍力のほぼ全てを出すか、シスター数十人で倒せるかどうかなんだ」


もう一人の作業員が頷きながら続ける。


「それをアルベドさんは一人で、 しかも死者を出さずに倒したんだ」


「す、 すごい……」


「それだけじゃねぇぞ、 アルベドさんは……」


盛り上がる周囲を、アルベドは咳払いで黙らせた。


「依頼の話に入るぞ」


「す、 すまない」


依頼主も真剣な顔付きに戻る。


「修復作業は順調なんだがな……資材がもうすぐ底をつきそうなんだ。ここ数日で残ってた備蓄をほぼ全部使っちまったんだ 木材も鉱石も、あと少ししか残ってねぇ。壁を塞ぐのが先か、屋根を補強するのが先か……もうどっちから手をつけりゃいいかわかんねぇよ」


彼の目が、 ふと崩れた建物の奥――倒れた支柱の下にある簡易テントを見る。 その中には、うっすらと人影が横たわっている。 その視線をショコラも追う。 見えたのは負傷者だった。 戦闘に巻き込まれた住人か、 それとも作業中に怪我をした者か。


「このままじゃ、 いつ終わるのか……」


「状況は理解した。 早速資材の調達に向かう。 できるだけ早く終わらせる」


その言葉に、作業員たちはわずかに安堵の表情を浮かべる。


「本当に助かるよ」


男達は深く頭を下げた。


アルベドは背負っていた鞄を下ろし、 中から巻物を取り出した。 茶色い革紐を解き、巻物を平地に広げる。


大きく拡がったそれに描かれた魔法陣に、薄く光が走る。


「転移門を開いた。ここに資材が送られるのを待っていてくれ。 ショコラ、道具は持ってきているな?」


「はいっ! ツルハシと斧、 持ってきてます!」


ショコラは背中の荷をぎゅっと抱き直し、 笑顔を浮かべて力強くうなずいた。


「よし、行くぞ」


「了解ですっ!」


二人は現場を後にした。




教団本部から五時間の道のりを歩いた先に広がる、広大な原生林。 それが「エルノ森」。


森の入り口を踏み込んだ瞬間から、空気は一変する。


昼でも薄暗い森の中には、太陽の光が葉の隙間を縫って降り注ぎ、地面に無数の光の斑を作っていた。 木々は高く、太く、力強く空へと伸びている。


小道の脇には、 赤や紫の小さな花がひっそりと咲き、 低木の間を縫うようにして流れる小川は、 透明な絹糸のように輝いている。


しかし、その自然の裏には残酷さが潜んでいる。 危険なモンスターが住みついているため、 油断は一切許されない。 実際に大木の根元には何かに喰い破られたような死骸が転がっていることもある。


「わあ……すっごい…!」


ショコラは森林を目を丸くして見回す。 その表情には恐怖などは一欠片もなく、ただ目の前の光景にワクワクしていた。


だが、その隣で歩くアルベドは、 微塵も油断していなかった。


「警戒を怠るな。 このあたりはモンスターの縄張りだ。 作業中も常に周囲に目を配れ」


「はいっ!」


「もう一つ伝えておく。 もし戦闘になっても、私は加勢しない」


「えっ……?」


ショコラは驚き目を見開いた。


「これはお前の“実地試験”も兼ねている。お前の力で対処してみせろ」


一瞬沈黙するも、すぐにショコラは笑みを浮かべる。


「わかりましたっ! やってみせます!」

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