EP4 夢の中で
ショコラ・シエルは病室で1ヶ月前のことを思い返していた。
ショコラが目を開くと、 そこは不思議な空間だった。
自室のベッドで横になったところまでは記憶にある。
しかし今目の前に広がるのは、 どこまでも澄み渡る翠の大地。 そして、 晴れ渡る青い空。
一度も訪れたことはない、 それなのに、 どこか懐かしさを感じる場所。
「……ここは?」
思わず声を漏らす。 その問いに答えるかのように、 背後から声がする。
「キミの夢の中だよ」
振り返ると、 そこには紺のスーツに身を包んだ男が佇んでいた。
「よう、ショコラちゃん」
男はニッコリと笑みを浮かべる。
見た目は若く、 細い体つきをしている。
ツーブロックの髪には緑のメッシュが走り、 口調と共にどこか軽い印象を受けさせる。
「あなたは……?」
男は指先をくるりと回した。
「この世界を創った神……っところだね」
「まさか、 エイジス様......!」
ショコラは思わずその場に膝をつく。
信仰する存在――神が今、 目の前に立っている。
「ようやく会えたな。オレはずっと見てたよ」
エイジスは笑い、 静かに歩み寄る。
「オレは、キミに力を授けるために来た」
「力ですか?」
男は大仰な仕草で両手を広げる。 一言一言、 その度にテンションが上がっているようだ。
「そう! キミには素質がある。 人々を救済する戦士、 シスターとしての素質が」
そこまで言うと、 エイジスは手を下ろした。
「しかし、 シスターの装備を作るためには、 特別なモノがいる」
「特別なモノですか?」
「君の血を、オレに少しだけ渡して欲しい」
「血……?」
「キミの穢れなき血とオレの血を混ぜたものが素材になるんだ 」
「そうだ。 あぁ、 ほんの一滴でいい」
そう言うと、 エイジスはスーツの袖口から細く、 しなやかな触手を伸ばした。
先端が鋭く尖り、 黒く艶めくそれは、 全体を震わせながら揺れている。
「お腹に少し触れるけど……大丈夫か?」
ショコラは頬を赤らめながら、 ゆっくりと立ち上がった。
そしてスカートの裾を持ち上げ、 白い肌を差し出す。
「それで私も戦えるのならる……お願いします、エイジス様」
触手が肌に触れた瞬間、 小さな刺激が腹部に走る。
「っ……くぅっ……!」
血を吸われることで広がる痛みと嫌悪感。 しかしそれは、 しだいに身体の奥底から滲むような温かさへと変わっていく。
ショコラの頬が染まり、唇がかすかに開いた。
「……ふぁ……あぁ……なんか……あったかい……」
視界が揺れ、 膝がわずかに震える。
「お疲れ様。 君の血……受け取ったよ」
触手が抜けると、 傷口が光り、 溶けていく。
倒れそうになるショコラをエイジスが抱きしめる。
「おめでとう、 これでシスターになれるよ」
「……ありがとうございます、エイジス様……!」
「キミならシスター・カヌレのような立派な人になれるよ」
「お母さんみたいに……」
「これからは仲間達と一緒に、たくさんの人を守っていこう」
顔を上げると、 ショコラは涙を浮かべながら笑顔を浮かべる。
「はい、エイジス様!」
「いい子だ」
エイジスが優しく微笑むと、彼の姿が光の粒となって空へと消えていく。
世界がゆっくりと溶けて、 意識が無くなっていくのを感じていた。
目を覚ますと、 いつもの部屋に戻っていた。
全てが夢の話であると思えたが、 腹部には痛みと小さな熱が広がっており、 あの夢は現実のものだと実感できた。
数日後、 ショコラの元に制服とロザリオ、 そして招待状が届いた。
生まれ故郷である漁村ナダレスに別れを告げ、 少女はアルディアへと向かう列車に乗り込むのだった。