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EP3 新米シスターショコラ(3)

頭の中に響く鐘の音がした。


柔らかな光がまぶたの裏をくすぐる。


「う〜ん……」


か細く漏れる吐息とともに、 少女はゆっくりと目を開けた。


目に映ったのは真っ白な天井、 白い壁。


ぼんやりとした意識が少しずつ現実に追いついていく。


「……あれ……? ここ、 どこだろ……?」


身体を起こそうとした瞬間、 全身を駆け抜けた鋭い痛みに、 思わず声を上げる。


「いっ……たたたたっ……!」


肘で身体を支えながら、ショコラ・シエルはうずくまった。


「そうだ、私……」


脳裏にベヒーモスとの死闘が蘇る。


冷や汗が滲み、 肩が震える。


だが。


「でも、生きてる……わたし、生きてるぅ……!」


その声には、 安堵と、 どこか無邪気な喜びがこもっていた。


落ち着いてよく見ると、 ここは病室だった。


「目が覚めたか」


ベッドの横で椅子に腰かけていたのは、 銀髪を長く垂らした一人のシスター。


整った顔立ちに、 片目を覆う前髪。 氷のように冷たい視線。


鍛え上げられた身体を包む制服は、 豊かな胸元と引き締まった筋肉を際立たせていた。


「あっ……! あなたは……!」


ショコラは目を見開いた。 ベヒーモスに倒されかけた自分を助けてくれたのは、 この女性だった。


「あのベヒーモスを倒したんですよね! スゴい……!」


目を輝かせ盛り上がろうとするショコラとは対象的に、 アルベドは冷たい視線を送っていた。


「……お前、自分がどれだけ無茶をしたか分かっているのか?」


冷静な叱責に、 ショコラは肩をすくめた。


「すみません……でも、逃げてたら、みんなが……」


「だからといって、 お前が倒れてどうする。倒れたら、 次はお前の守るものがやられるぞ」


「うぅ……」


心に刺さる言葉だった。 しかし、 ショコラは唇を噛んで、 まっすぐ前を見据えた。


「だったら、 今度は負けません!もしやられそうになっても、 なんとか相打ちに……」


アルベドは静かに彼女を見つめたまま、ふっと息を吐いた。


「……危なっかしい奴だ。 だが、 お前が戦ったおかげで、 奇跡的にも死者は出なかった。とんでもない奴だよ、 お前は」


「えっ、それって……もしかして褒めてます!?  褒めてますよねっ!?」


「うるさい。 黙って寝ていろ。 傷が開くぞ」


「はぁい……」


しょんぼりしながらも、ショコラはにっこり笑った。


そんな彼女に、アルベドはわずかに口元を緩める。


そういえば、 とショコラは声を上げた。


「自己紹介がまだでした! 私はショコラ、 ショコラ・シエルです!」


「そうか。 私はアルベド・ノーム。 昨日付けで、 お前が配属された“聖火隊”の一員だ」


「せ、聖火隊って……教団の精鋭戦闘部隊!」


聖火隊に憧れていたショコラにとっては、 最高の吉報だった。


「やったぁぁ! わたし、 絶対がんばりますからっ!」


ベッドの上で跳ねそうになり、思い出したように痛みに顔をしかめる。


「いたたた……」


「バカが」




ふとアルベドが何かを差し出した。


茶色のポーチだった。


「それ、 私の!」


「戦闘していた付近に落ちていた。『ショコラ』と書いていたからお前の物だろう?」


「ありがとうございますっ!」


礼をすると、 ポーチの中を探る。


「これ、実は戦う前に買ってたんです! 潰れてなければいいんですけど……」


そう言いながら取り出されたのは、 小さな容器。


「よかった、 無事だった!」


満面の笑みを浮かべるショコラが手にしているもの。 それはプリンだった。


ショコラはアルベドへと視線を移すと、 ニッコリと笑顔を向けた。


「2個あるんです。アルベドさんも、よかったら一緒に食べませんか?」


「私が.……?」


「だって、ずっとわたしのこと看病してくれてたんですよね? ご飯も食べてないんじゃないかって思って」


「余計な心配を……」


そう言おうとした途端に、 アルベドの腹が鳴る。


「一緒に食べた方が美味しいですからっ!」


はいっ、 とスプーンと共に手渡す。


「本当に変わったヤツだよ、 お前は」


そう言いながらスプーンですくい、 ぷるんと揺れるそれを口に入れる。


「……悪くないな」


「ですねっ!」


笑顔のショコラを見ながら、アルベドは静かに目を細めた。



ショコラの胸元に貼られた包帯の下から、淡く輝く光。


「そういえば私、 なんでこんなに回復してるんでしょう……?」


「聖液と呼ばれる、 教会の医療部隊が扱う特級の治癒薬だ。 臓器の再生すらできるが、 希少でそう簡単に使えるものではない」


「えっ……じゃあ、そんな大事なものを、わたしに……?」


「命を繋ぐ価値があると判断した。 それだけだ」


「……ありがとうございます」


「礼など要らん。 お前の働きで返してもらうだけだ。……まぁ、 その怪我が治るのは明日になりそうだがな」


ショコラは微笑みながら、 小さく敬礼をした。


「これからよろしくお願いします、 アルベドさん」




「エイジス教団」は、世界中に支部を持つ広域組織である。


その本質は“信仰”に基づく結社でありながらも、単なる宗教団体に留まらない。


あらゆるものを救済すべしという理念の元で動く“何でも屋”。


モンスターの討伐、 失踪事件の調査、 犯罪者の確保、 病人や負傷者の救護、 そして時には政治的暗躍や軍事介入までも請け負う。


星の数ほどある世界の危機の裏で、 シスター達が活躍してきた。


そして。


ショコラ・シエルという少女がこれから足を踏み入れていく物語が、今まさに始まろうとしていた。


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