EP2 新米シスターショコラ(2)
ショコラはベヒーモスの前脚へトンファー、聖棍フィユタージュを叩き付ける。
重い感覚と痺れが腕を走る。
「硬い!」
ベヒーモスの質量の塊である脚部は、 生半可な攻撃は通用しない。
(資料にあったとはいえ、 予想以上!)
当然、 それを使った攻撃も驚異的である。 城壁すら粉砕する代物だ。
その脚が蹴りあげようとしていた。
「聖障壁!」
彼女が唱えると、 光がその身を包む。
重圧な一撃にもバリアは耐える。
しかし中にいるショコラは、 小さく呻く。
「くっ……こんなに強いなんて……!」
痛みと驚きに満ちた声が、震える唇から漏れた。
衝撃で体勢を崩しながらも、ショコラは歯を食いしばる。
聖障壁には欠点がある。
強大な攻撃を受けた場合、 その1〜2割の反動ダメージが体を襲う。
先の攻撃を受けた反動で、 シスターの服の上からはわからないが、 彼女の柔肌に傷が付いてしまっていた。
(でも、 時間を稼がなきゃ……!)
震える手でフィユタージュを握り直し、ショコラは敵を見据え直す。
全霊を込めた鋭い一撃がベヒーモスの太い腿へと放たれる。
しかし、獣はその攻撃をわずかに躱した。
そして次の瞬間、 鋭い爪がショコラの肩へと振り下ろされる。
「うあっ!」
瞬間的に身を引いたものの、かすっただけで鋭い痛みが走る。
無意識に涙が溢れ、 倒れ込みそうになる。
必死に踏みとどまりながら、ショコラの脳裏には、守るべき人々の姿が浮かんでいた。
(私が倒れたら街の人達が……)
朦朧とする意識をハッとさせると、目の前にまた爪が来ていた。
傷つきながらも手を高く掲げた。
「聖障壁!」
瞬く間に、 透明で輝く光の壁が彼女の周囲に展開される。 激しい風圧さえも跳ね返すかのような強固な障壁。
しかし、ベヒーモスの力はあまりにも強大だった。
再びの攻撃により、 バリアに亀裂が走り、 ショコラの身体にも容赦ない衝撃が襲う。
(もう……ダメかも……)
大きく体勢を崩し、 へたりこんでしまう
ベヒーモスは獲物が弱ったと見て、 大きな口を開けた。
このまま捕食するのだろう。
「あ……」
ショコラの目には光が無くなっていた。
(終わるんだ……誰も守れないまま……)
迫る死の間際、 過去の光景が走馬灯として流れていた。
ショコラが幼い頃、 シスターとして各地で活動していた母はあまり家に帰ってこなかった。
たまに帰って来る時も、 村人の困り事を聞いて回って一日が終わるなんていうことがほとんどだった。
ある日、 ショコラは母に聞いた。
「ママは、 なんでシスターになったの?」
少し考え込んだ後、 母は微笑んで答えた。
「そうだね、 みんなに笑顔を守るため、かな。 みんなが笑顔なら、 私も笑顔になれるからね」
そう言うとショコラを抱き寄せる。
「ショコラも私譲りのお節介焼きだし、 きっといいシスターになれるよ」
その時から、夢が決まった。
いつか母のような、 みんなの笑顔を守るシスターになるんだと。
その夢が、 ショコラの闘志に火を付けた。
「私はっ!私のなりたい私になるんだっ!!」
ショコラは叫びながら立ち上がり、 トンファーのグリップの下部へロザリオを装填する。
「SACRED BLAZING」
ロザリオから流れる聖力が、 青い炎となっフィユタージュへと走る。
腰を落とし、 必殺の一撃を構える。
「これで……!」
ベヒーモスの口腔が目前に近付いた瞬間、 アッパーを繰り出す。
「聖棍撃!!」
フィユタージュの後部から炎が噴き出し、 一撃を加速させる。
ベヒーモスの下顎に命中し、 重い感覚とともに打ち上げる。
その勢いのままショコラも空へと飛翔する。
空中に「聖障壁」を展開し、 それを蹴り上げて、よろめく獣の頭上へと飛ぶ。
落下しながらフィユタージュを突き出した。
再びフィユタージュの後部から炎が噴き出しし、 急加速する。
「はああああああ!!」
脳天への、 一撃。
獣の絶叫が響き渡り、地面に衝撃波が炸裂する。
着地したショコラは、倒れそうな身体を何とか支えなる。
「終わったの……?」
彼女の問いに答えるかのように、 ベヒーモスの巨大な身体は崩れ落ち、 ついに静寂が訪れる。
「BURN OUT」
聖力が切れた事を知らせる音声がロザリオから流れ、 フィユタージュが光の粒となって消え去った。
傷だらけの身体で立ち尽くしながらも、 ショコラの胸には確かなものがあった。
「やった……私、やったんだ……」
だが、 次の瞬間、 煙の奥から響いたのは絶望的な咆哮だった。
「……嘘……まだ……!」
ベヒーモスはまだ息があった。頭部がひしゃげているが、 その狂暴な瞳はまだ光を宿している。
回避する暇もなく、巨大な前脚がショコラの小さな身体を容赦なく叩きつけた。
「ぐげぇっ」
ドンッ!
鈍い衝撃と共に、彼女の体は宙へと弾き飛ばされる。
空がぐるぐると回る。
飛散した瓦礫に身体を切り刻まれる。
全身が潰されたかのような痛みと吐き気に襲われる。
死ぬのかもしれない。 そんな冷たい沼のような恐怖が全身にまとわりつく。
落下しながら歪む視界の端で、逃げ遅れた子供が震えているのが見えた。
なんとか子供だけでもバリアを貼ろうと手を伸ばそうとする。しかし、 身体が思うように動いてくれない。
それでも。
「おねが……、 まにあぇ……!」
落下の最中、ショコラは最後の力を振り絞り、手の平を突き出す。
「聖障壁……!」
光が瞬時に展開され、小さなバリアが子供の周りを守るように包み込む。
瓦礫がバリアに弾かれ、 子供の姿が無事なのを確認すると、 ショコラはかすかに安堵の息をついた。
しかし、 自分を守る余力はもう残されていなかった。
「あっ……」
地面が迫る。
次の瞬間、 強い何かが彼女の身体を抱きとめる。
少しの衝撃とふわりとした浮遊感とともに、 ショコラは宙にとどまっていた。
「え……?」
彼女を抱えていたのは、 長い銀髪をなびかせるシスターだった。
棍棒を思わせるほど鍛え上げれた腕とその長身から、 遠目から見たら男と見間違えてしまうほどの得体だった。
その剛腕でしっかりと彼女の身体を支えながら、 空中でバランスを取る。
「大丈夫......ではないようだな。 無茶をするな」
ショコラは力が抜け、 彼女の胸に顔を埋める。
「……すみません」
「しかし、 よく頑張った」
そう言って、彼女はショコラをしっかりと抱きしめたまま、地上に降り立った。
ショコラをゆっくりと地面に降ろすと、 じわりと血が広がっていくのを見てシスターは苦い顔をした。
「もうすぐ医療隊が来る。それまで死ぬな」
「……あっ! うしろっ!」
ショコラが小さく悲鳴を上げた。
シスターが振り返ると、 ベヒーモスの前足が迫っていた。
その足が彼女の頭を跳ね飛ばそうとした時、 それを片腕で受け止めていた。
山のように重量のあるベヒーモスを、 片手で。
「力比べか?」
口元を歪め、 力を込める。 ベヒーモスの骨が折れたのか、 バキバキと音がする。
ベヒーモスは絶叫し、 体勢を崩した。
這いつくばるモンスターを見下しながら、 シスターは低い声を上げる。
「聖儀執行」
鐘の音と共にロザリオが光る。
「IGNITION BUSTER」
彼女の腕に光が集まり、 巨大な籠手へと化す。
金色の籠手の爪部分は、鋭利な刃物となっている。
ベヒーモスの首元に、 それを突き刺す。
「安らかに眠れ」
血の噴水が咲いた。
ズズン、という揺れと共に、 ベヒーモスは動かなくなった。
少し遅れて複数の足音がした。
シスターだ。
皆が白と緑を基調としている修道服をしていた。
腕にはクローバーが描かれたワッペンを着けている。
「アルベド様!お怪我は?」
アルベドと呼ばれた銀髪のシスターは彼女達に指示を出す。
「私は大丈夫だが新米の負傷が酷い! 医療隊、 早く治療を!」
ショコラはぼんやりと目を動かすと、 彼女達のバリアの貼っていた場所で、泣いている子供を見た。
「私、 守れたんだ……」
安堵が胸を満たした瞬間、 疲れがどっと押し寄せる。
ショコラは静かに目を閉じた。