表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

EP1 新米シスターショコラ(1)

「この世の全てのものを救済せよ」。


それがエイジス教団の教えだ。


モンスターと人間が共に生きるこの世界で何でも屋として各地に拠点を置き、様々な依頼をこなしていく。


これは、 そんな教団で日々働くシスター達の物語である。



アルディアの街に降り注ぐ朝の柔らかな光が、カーテンの隙間からそっと差し込み、薄桃色の髪をした少女のまぶたを優しく照らした。


宿の小さな木製のベッドの上で、ショコラ・シエルはゆっくりと瞬きを繰り返す。


長旅による昨夜の疲れがまだ残っているのか、まどろみの中でしばし布団の温もりに身を委ねていた。


しかし、 ふと教会の鐘の音が遠くから響くと、 彼女は小さく息を吸い、 眠気を押しのけるようにそっと身を起こした。


木の床がほんのりと冷たく、素足に心地よい感触を与える。


まだ外の空気はひんやりとしているようだった。


まずは身支度を整えなければ。


ショコラは洗面台に向かい、備え付けの水差しから手桶に水を注ぐ。


冷たい水が指先を刺すように感じたが、それが逆に意識をはっきりさせる。


両手でそっと顔を洗い、整えられた眉の下にある大きな瞳をゆっくりと瞬かせる。


水滴が頬を滑り落ちると、ショコラは手ぬぐいで優しく拭った。


次に、 衣服を整える。


パジャマを脱ぎ、クローゼットを開ける。


シスターとしての制服として、 黒を基調にした服装が支給されていた。


修道服をあしらったそれを乱れのないよう慎重に身に纏う。


最後にロザリオの付いたネックレスを手に取る。


金色の十字架の中央にエメラルドグリーンの水晶が埋め込まれている。


それを首に掛けると、 鏡を見る。


思ったより、 悪くない。


小さく頷くと、 部屋を出る。


玄関を開くと、澄んだ朝の空気がショコラの肌を撫でた。


石造りの建物の街並みに小鳥のさえずりが響く。


ショコラは小さく息を吸い込み、微笑む。


そして、静かに宿の扉を閉めると、一歩、また一歩と歩き出した。


通りに並ぶ家々を眺めると、市場の方からは活気のある声が微かに聞こえ、パンを焼く香ばしい匂いが漂ってきた。


教団への集合は昼の鐘がなるまでに行けば間に合う。


色とりどりの店に並ぶパン等の食品を食べながら行くのもいいかもしれない。


そう考えながらしばらく歩いていると、 細い路地からすすり泣く声が聞こえた。


ショコラは立ち止まり、声の方へと向く。


路地を覗き込むと、小さな男の子が地面に座り込み、顔を両手で覆って泣いていた。


服の裾は少し泥で汚れ、肩を震わせながら泣きじゃくっている。


迷子になったのだろうか。ショコラはそっと近づき、しゃがみこんで優しく声をかけた。


「どうしたの? 」


男の子はびくっと肩を震わせ、涙で濡れた目をショコラに向けた。彼女の柔らかな表情を見て少し安心したのか、震える声で答えた。


「……お母さんとはぐれちゃったの……気づいた

らいなくて……」


やはり迷子のようだった。ショコラは優しく微笑み、男の子の手をそっと握った。


「大丈夫。私が一緒に探してあげるね」


「シスターのお仕事はね、 困っている人を救うことなの」


しかし、市場は広く、人通りも多い。


そのことを少年もわかっているのか、 不安そうな顔をしている。


「シスターさんに任せなさい」


ショコラはそっと目を閉じ、心の中で祈るように念じた。


聖障壁(セイクリッド・バリア)


彼女の前方にほのかな光が生まれ、 透明で大きな四角形へと構築される。


「な、 なにそれ!?」


驚く少年に笑顔で返す。


「私達には、 奇跡を起こせる力があるの」


ショコラはバリアを生み出す力を持っていた。


少年の手を繋ぎ、 バリアの上へと飛び上がる。


わっ、 と驚く少年。 空中に浮いている感じに少し恐怖を感じていた。


「でも、これでどうやって……」


そして更に跳躍し、 落ちる直前に足元にバリアを展開する。


これを繰り返し、 気が付けば建物の屋上すら越える高さまで来ていた。


「すごーい!」


いつの間にか少年には笑顔が浮かんでいた。


下を見下ろせば、 石畳の街並みが広がり、 行き交う人々の姿が見える。


市場の方は特に賑やかで、 大勢の人が行き交っていた。


ショコラは慎重に視線を走らせた。


すると、 市場の端の菓子屋の前で、 心配そうに周囲を見回す女性の姿が目に入る。


男の子と同じ茶色の髪をした、 優しげな顔立ちの女性だった。


「ねぇ、 あの人?」


男の子は不安げな表情をしながらも、 頷きながらショコラの手をしっかりと握った。


彼女は安心させるように微笑み、 またバリアを貼りながら、 一段一段ゆっくりと降りていく。


「お母さん!」


少年は地面に着地すると、 泣きそうな声で叫び、 ショコラの手を離れ、 小さな足で駆け出した。


女性はその声に振り向き、 一瞬驚いた表情を浮かべる。


しかし、 すぐにその顔は安堵に変わり、 彼女もまた男の子に向かって駆け寄った。


「シュン! ああよかった!」


母親は男の子をぎゅっと抱きしめ、 震える声で言った。


シュンと呼ばれた男の子は、 母の胸に顔を埋めながら、 しゃくりあげるように答える。


「ごめんなさい……ぼく、はぐれちゃって……」


 母親は涙をこらえながら、息子の背中を優しくさすった。


その光景を見ながら、 ショコラは静かに微笑んだ。


やがて、母親がショコラの方へと顔を向けた。


「あなたがこの子を……? 本当にありがとうございます……!」


ショコラは小さく首を横に振り、 穏やかに答えた。


「いいえ、 困っている人を助けるのは当然のことですから」


母親は感謝の気持ちを込めて深く頭を下げた。


少年もまた、 少し恥ずかしそうにしながらも、 しっかりとショコラを見上げて言った。


「ありがとう、お姉ちゃん!」


その言葉にショコラは嬉しそうに微笑み、 そっとその頭を撫でた。


「これからはお母さんの手を離さないようにね?」


少年が頷く。


親子が手を繋ぎ歩き出すのを見ると、 ショコラは小さく祈りその場を後にした。




その後も――

「あそこで喧嘩してるぞ!」


「私が止めに行きます!」


「うっ、 腰が……」


「おんぶします! お医者様のところまで案内してください!」


「泥棒だ! 誰か捕まえてくれ!」


「わかりました!」


様々なトラブルを見付けては、 それを助けにいく。


「ありがとう、 シスターさん!」


そうこうしている内に、 鐘の音が響いた。


「あ、 これ遅刻だぁ」


困っている人を放っておけない自分の悪い癖が出ていた。



ふと、 遠くから男が息を荒らげながら走ってくるのが見えた。その表情は鬼気迫るものがある。


「モンスターだ!モンスターが出たぞ!!」


穏やかだった朝の街に、 突如として不穏な空気が満ちた。


街に響く人々の賑やかな声が、 徐々にざわめきへと変わる。


誰かの悲鳴が上がり、 続けざまに人々が慌てて逃げ出す音が聞こえた。


ショコラが顔を上げる。


轟音と共に、 建物の壁が粉々に砕け散り、 巨大な影がゆっくりと姿を現した。


それは、 まるで山そのものだった。


分厚い茶色の皮膚に覆われた四足の巨躯、 鋭利な角を持つ禍々しい頭部、 燃え盛るような真紅の瞳。 そして、 背中を覆う無数の棘が鈍く光を反射している。


筋骨隆々としたその身体は圧倒的な威圧感を放ち、 地面を踏みしめるたびに大地が揺れた。


「ベヒーモス……!」


ショコラは息を呑んだ。


普段は山奥に生息するベヒーモスが、 都市部に現れることは滅多に無い。


当然、 ショコラもベヒーモスを見るのは初めてだ。


市場の人々は我先にと逃げ惑っていた。泣き叫ぶ子供を抱えて走る母親、 建物へと急いで入り込む男。


だが、無情にもベヒーモスはそれらを意に介することなく、 ただ本能のままに破壊を繰り返していく。


「グオォォォォォォッ!!!」


咆哮が空気を震わせ、衝撃波のように周囲へと広がった。その瞬間、近くの建物の窓ガラスが粉々に砕け、人々の悲鳴がさらに大きくなる。


ベヒーモスの巨大な前脚が振り上げられ、次の瞬間、目の前の屋台を根こそぎ吹き飛ばした。


重厚な木製の屋根が宙を舞い、積まれていた果物が地面に散乱する。飛び散った破片が逃げ遅れた人々を襲い、地面に倒れ込む者もいた。


ショコラはすぐに駆け出し、 倒れた人々の元へと走る。


逃げる余裕のない者を守るため、彼女はすぐに手をかざした。


聖障壁(セイクリッド・バリア)!」


透明な光の壁が瞬時に広がり、瓦礫が降り注ぐ直前で弾かれた。


激しい衝突音と共に木片や石の破片がバリアに跳ね返るが、ショコラの作り出した防御の力は決して破られない。


(間に合った……!)


だが、ベヒーモスはまだ止まらない。 怒れる獣は鼻息を荒げ、 次なる標的を探すかのように視線を巡らせていた。


そして、 ショコラの方へと、 その獰猛な赤い目が向けられた。


「――っ!」


次の瞬間、ベヒーモスは四肢に力を込め、 ゆっくりとショコラへと向かう。 圧倒的な質量を持つ手足が動く度、 突き上げられるかのような揺れを感じる。


教団から応援が向かっているだろうが、その間にも被害が出る。


今戦えるのは自分だけ。


やるしかないんだ。


ショコラは覚悟を決め、 首に掛けていたロザリオに手をかざす。


聖儀執行(せいぎしっこう)!」


その瞬間、ロザリオの水晶から光が溢れ、ショコラの腕を纏う。


IGNITION(イグニッション) SACRED(セイクリッド)


ロザリオから音声が鳴り、 光が収まるとそこには白いトンファーが握られていた。


シスターに支給される武器、 それは神具(しんぐ)


普段はロザリオ内に保管されているが、 持ち主の「聖儀執行」の呼び掛けに応じて発現するように設計されている。


「聖棍フィユタージュ」、それがショコラの武器。


恐怖に震える市民たちが薄暗い路地へと身を潜める。


それを横目で見た彼女の胸は、 守るべき人々への想いと戦いの決意で高鳴っていた。


「勝てるとは思えない、 でも他のシスターが来るまでの時間稼ぎなら……!」


ショコラもゆっくりと歩き出し、 対峙する。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ