不透明
思えば、明日出発すればよかった。
今は昼も過ぎ、夕暮れ時だ。
もうすぐ夜になってしまう。
だが、焦る親父とオリビアにそんなことを言えば、やいのやいの言われてしまうだろう。
それに、オリビアに至っては、俺を置いて1人で出て行ってしまうかもしれない。
まあ、それでもいいのだが、正直心配だ。
オリビアとは言え女の子だしな。うん。
「レイ?何か考え事?」
俺がぼーっとしていることに気づいたオリビアが声をかけてくる。
「ん、ああいや。何でもないんだ。」
「そ、ならいいんだけど。これからの行き道だけど、ガーランドを過ぎた先に森があるでしょ。まずは、その森を目指しましょう。あ!その前に、ケリーさんに挨拶しに行かない?」
「ババアに?んー、まあ。いいけど。」
確かに、さっきババアには世話になった。
それに、何かあったらまた来いと言っていた。
今から武器を探す旅に出るっつーのは、何かあったらの何かだろう。
報告はすべきだ、と俺は思った。
「さっきも来たばっかりなのにね。まさか、こんなことになるなんて思わなかったわ…。絶対に、絶対に許さないんだから…!」
また怒りでワナワナとし始めたオリビアを宥めながら、ババアの店に入る。
夕暮れ時ということもあり、店は賑わっている。
「あら?坊ちゃん。それに、オリビア。どうかしたの?…まあ。大体察しは着くけど。」
店に入ってきた俺とオリビアを交互に見、ケリーは柔和に微笑んだ。
「ええ。ケリーさん。私たち、武器を探しに行くんです。実は、私の武器だけじゃなくって、レイの家の大切な槍も無くなってしまったの。」
「…!?何ですって?!?!」
ケリーは槍という言葉を聞くなり、ガタタッと音を立て、カウンターテーブルに身を乗り出した。
ケリーだけかと思いきや、周りの客もどよめいている。
「あの、代々伝わる槍が…!?だと…!?」
「この国はもう終わりだぁ…。」
え…?何。
そんなにすげえの?
その槍。
そんなすげえ槍の存在、なんで俺に教えてくれなかったんだよ…。
親父は…。
「コホン。ごめんなさいね。取り乱しちゃって。じゃあ、あなたたち2人で、オリビアの弓と伝説の槍を取り戻しに行くのね。」
「あぁ。そのつもりだ。まあ、ただ、俺たちはここから先に出たことはねぇ。その前に少しだけでも情報収集ができりゃあいいんだが。」
俺のその言葉に、周りの客たちが一斉に反応し駆け寄ってきた。
「ああ!槍のためなら何でも教えるさ!!何が知りたい?この村を抜けた先にある、ルジムナザンの森のことか!?あそこはおっかない獣がいっぱいいてなあ!」
「待った待った!レヴィさんとこの坊ちゃんなら、獣なんて一突きだろ!森を抜けた先に大都市があって、そこの旅人ギルドを訪ねるといい!きっと色んなことを教えてくれるからな!」
既に情報量が多い…。
確かに、出ると決まったものの、俺は自分の地元のガーランド村とダグラスのこと以外何も知らない。
少しでも知識が多いに越したことはないだろう。
オリビアは別の村から来ただけあって、少しは知識があるようだった。
俺は、一人一人の話を聞き、ある程度の行き先を決めた。
旅人ギルドだ。
ただ、そのギルドに行くためには森を抜けなくちゃならない。
知らないおっちゃんは、俺を何だと思ってるのかは知らないが、俺は戦ったことなどない。
獣なんて一突きにできるわけがない。
むしろ、俺が一突きにされて死んじまうのが先だろう。
となると、森はやめて、港から船を出してもらうか…。
「あの、ギルドに行くためには、森を抜ける以外にないのでしょうか…。」
オリビアも同じことを考えていたようだ。
オリビアは戦えなくはない。むしろ、弓の扱いに関しては、凄腕だろう。
ただ、俺というお荷物を1人抱えてるんじゃあ話が違う。
それに、最近は実践という実践を行ってきていないため、不安なのだろう。
「んー、それがなあ。最近の騒ぎで、商い人以外、人を乗せちゃいけねぇことになってんだ…。チェックも厳重でなあ…。俺たちゃ、お前が乗る分にはいいが、むこうのお国がなんていうかねぇ…。」
「あぁ。むこうのお国はこっちの事情なんざ知らねえもんなあ。」
と、いうことらしい。
いきなり詰んだか…?
いや、俺がオリビアのお荷物にならない程度に槍を教わって…。
ダメだ、ダメだ。
そんなに時間はかけてられない。
「…良い案があるわ。」
皆の沈黙を破ったのは、ケリーだった。
「私も行くわ!」
「な!?ババアも!?」
思わず叫んでしまった。
ケリーは、拳をポキポキと鳴らし、
「なあに?私の経歴、知らないんだっけ?あなた。」
と凄んできた。
まあ確かに…。
格闘技大会を総なめしたという記録を持っている女だ。
来てくれたとしたら、助かるかもしれない。
「い、いや。知ってる…。ただ、いいのかよ。ここの酒場の店番は…。」
「んー、そうねぇ。しばらくの間お店を開けることになっちゃうけど…。」
「ケリー!気にすんなよ!俺たちのことは!この村をガーランドを守ってくれ!」
「ええ、もちろんよ!」
こんな感じで、ババア…。
いや、ケリーが仲間に加わった。
「ケリーさん!ありがとうございます!…あの、ところでみなさん、今回の目的、武器の盗人のことは何かご存じですか?」
オリビアがおずおずと皆に伺う。
そうだ、1番の目的のそいつらのことを聞いていなかった。
ただ、
「…。」
皆、それぞれ顔を見合わせるばかりで、誰も詳しくは知らないようだった。
「…それが、誰もあまり詳しい情報はわからないんだ…。ただ、本当か嘘かは知らねぇが、ひとつだけ…。確かなことじゃねえんだけどよ。」
「ええ!ええ!何でも良いわ!教えてちょうだい!」
オリビアは身を乗り出して、おじさんに迫った。
「あ、あぁ…。その姿は…。人の形じゃあねえらしいんだ…。影…。ただの黒い影だったらしい。それも何の影かはわからねぇ。そいつは後ろからサッと現れて、武器を盗むというよりかは…。」
まるで、その影の中に吸収しているようだった、と。
「吸収…?じ、じゃあ、私の弓は今、そいつの体内に…?」
「だから、本当のことかどうか分かんねえんだ。今、この件について色んな噂が飛び交っちまってるからよぉ。」
「…そうね。ありがとう。」
吸収…。
確か、武器は神に捧げるという噂が流れていたはず…。
もしかして、そいつ自身が、その神というやつなのか。
ただ一つわかったのが、ここの村の人らに聞いてもこれ以上情報がない。
だから、情報を集めるためにも場所を移すべきだろう。
「まあ、もう今日は遅いしギルドに向かうのは明日にしましょう。慌てる気持ちも分かるけどね。今日はうちの部屋を貸すわ。」
オリビアの居ても立っても居られない様子を伺いながら、ケリーが言う。
「あぁ。ありがとう。」
いつの間にか夜も更けていたため、出発は明日になった。
オリビア、ケリー、俺。
3人の武器を探す旅が、明日から始まる。