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込められた想い

風はそよぎ、草木は揺れ、

今日もこの村は長閑だ。

今日は暑いが、木陰に行けば、なんてことはない。とても涼しく快適だ。

俺はこの長閑なこの村で、ずっとずっと永遠に幸せに暮らしましたとさ。

めでたしめでたし。

と、家で飼っている牛や馬のために積み上げられた藁の上で目を閉じようとしたその瞬間、

頭の上から、ゴンッと鈍い音と、すぐに痛みがやってくる。


「〜っ!!ってぇなあ!!なんだってんだよ!!」


上を見上げると、やっぱり、まあいつものごとく母ちゃんだった。

母ちゃんは俺がサボっていると、いつもこうして拳を振り下ろしてくる。

暴力は反対だ。ダメ、絶対。


「あんた!!!!!!!!」


村中に響くんじゃねぇのかって声で母ちゃんは叫ぶ。


「うるせぇな!!!なんだよ!」


俺も負けじと大声で叫び返す。

まあどうせ次に返ってくるのは小言だ。いい加減働けだのなんだの。

俺はまだ20歳だ。今年大人になったばかりだというのに、ったく世知辛い。

ひいひいひい…爺ちゃんだかなんだか分からないが、昔から鍛冶屋を営んでいる俺の家では、産まれた子供が鍛冶屋を継ぐのが当たり前になっていた。

だけど、俺はそんなのごめんだ。

毎日毎日トンテンカントントンテンカントン。

頭がおかしくなっちまう。

それに、俺は働きたくない。

藁の上でいつまでも幸せに暮らしたい。

これの何が悪いというのだ。

この先も、ずっと俺のスローライフが待っている!!

母ちゃんはまだ俺にぐちぐち言っている。

よくもまあこんなに口が回る。


「あんた!!いい加減ねぇ!働くなりなんなりしなさいよ!遊び呆けてばっかり!見てみなよ!あんたと同い年のオリビアを。あの子は本当によく働くよ。文句も言わずにねえ。それに比べてあんたはまったく」


俺はオリビアを横目で盗み見る。

オリビアは俺と同い年の女だ。

身寄りがないだとかなんだとかで、小さな時から俺と一緒に暮らしている。

家族みたいなものだ。

彼女は、この村で唯一の獣人だ。

猫耳に猫のしっぽ。

最初は珍しがられたそうだが、今ではもう誰も珍しがらず、村のみんなと打ち解けている。


「では!一段落したので、私は買い出しに行ってきます!」


「おぅ!気ぃつけてな!」


仕事が少し片付けたオリビアが、こちらへやってくる。


「ちょっと!!!」


こいつもだ。こいつも母ちゃんと一緒で、いつも俺に小言ばかり言ってくる。

あー。うるさい。母ちゃんが1人母ちゃんが2人…。

本当は羊でも数えて寝たいところだが、今日は母ちゃんを数えて眠ることにするかと、また目を閉じようとするも、邪魔されてしまう。


「何寝ようとしてるのよ!あなたも手伝ってよ!か・い・だ・し!!!」


「買い出しぃ?」


尻尾をゆらゆらさせ、耳をぴくつかせながら、オリビアは腰に手を当て、なおもまだ俺を見下ろしてくる。

買い出しなんて面倒くさい。

あっつい中溶けそうになりながら、隣の村まで歩くなんてごめんだ。

行くか行くか。

俺はふいっとオリビアから顔を背け、また寝ようとする。

が、


「い〜いかげんに〜…」


よからぬ雰囲気を感じた俺は逃げようとするも、オリビアに首根っこを掴まれる。

やはり、オリビアは俺に向かって弓を構えようとしていたようだ。

反対の手に持っている弓で分かる。

村一番の弓使いであるオリビアの矢は百発百中らしい。

痛いのはごめんだと、俺は仕方がなくオリビアの買い出しに付き合うことにする。

俺の村、ガーランド村から真っ直ぐ小道を行くと、いつも買い出しに行くダグラス村に着く。


「はーあ。こんなあっちい中、よく買い出しなんて行こうと思うよなあ。」


草っ原に出来たなんの変わり映えもしない小道を歩きながら、俺はオリビアに文句を言う。

昼時ということもあり、太陽はサンサンだ。

歩きたくない。


「うるっさいわね。仕方ないでしょ。買わなきゃいけないものがあるの。それに、あんたは何もしなさすぎ。このまま家の牛舎の牛にでもなるつもり?」


「あー。もう、それでいいよ。何もしたくない。」


やる気のない俺に呆れたのか、オリビアが分かりやすく溜息をつく。


「大体よぉ。ダグラスまで遠すぎなんだよ。いや、そりゃダグラスによぉ、かんわいい姉ちゃんとかいたら俺だってもう、こんな道、風のように駆け抜けるんだがよぉ。知り合いっつー知り合いは、酒屋のババアだしなあ。」


酒屋のババアというのは、まあ、そのまま。

酒屋のババアだ。

うちの鍛冶屋とは腐れ縁らしく、酒屋で使うカップやらなんやらをよく頼んでくれる。

そのババア…。ババアといっても、おそらくそんなに歳ではないのだが、ババアみたいにうるさいから、ババアだ。


「ケリーさんのこと?あの人はババアなんかじゃないわよ!とっても綺麗で、優しくて、私憧れちゃう。あんな大人になりたいなあ。」


「へえ。そうかいそうかい。」


あんなババア。2人もいてたまるかよ。なんて言ったらまたコイツが煩いだろうから、黙っておく。

それに、ケリーと呼ばれたババアは、なんでも各地の格闘技大会を総なめしたという恐ろしい記録を持つババアなのだ。

そんなババアが2人もいちゃあ、地球が真っ二つになっちまう。


「さ、ついたわよ。えーっと、何を買うんだったっけ。」


ぼーっと考え事をしているうちに、着いたらしい。

視線を村に移し、人混み目をやり、げんなりとする。

ただでさえ暑いっていうのに、この人の数だ。

また文句を言いそうになり、口をつぐむ。


ダグラスでは、商が盛んだ。

なんでも、川を抜けた先に港があり、そこから近いという理由で栄え始めたそうだ。

ここでは忙しなく、商人や運び人が行き来し、主婦たちがゆったりと買い物を楽しんでいる。

オリビアはいそいそと買うものをまとめたメモを取り出し、メモと品を見比べている。

着いていくのも面倒な俺は、酒屋で酒でも飲むことにした。


「んじゃ、酒屋で待ってるわー」


後ろからオリビアの待ての声が聞こえたが、無視。

こんな暑い中、人混みを掻き分け、メモに書かれた品を探して…。

考えるだけで嫌になってくる。

俺が今向かっている先は、さっき話に出ていたババアの酒場だ。

ババアはうるさいが、酒の旨さには敵わない。


「おーっす。ババア。」


「あら、レヴィさん家の坊や。いらっしゃい。そして、私はババアじゃなくて、お姉さんよ。」


カウンター越しに、睫毛をバッサバサさせ、赤い瞳が俺を睨む。

客は、俺1人のようだ。

まあみんなはまだ働いてる時間だから、当たり前だ。

昼間っから飲める。

これも、自由人の特権ってやつだ。


「悪ぃ、悪ぃ。お姉さん生ビールを1つ!」


特権に乾杯!と言わんばかりに、俺は誇らしげに注文し、ババア…もといお姉さん…ケリーとテキトーに話す。


「お父さんは元気?そういえば、また発注しないといけない品があってね。この前、酒屋で男たちが大暴れしてね、もうそりゃ大変だったのよ。それで、食器やらなんやらがぐっちゃぐちゃに曲がっちゃって。」


父ちゃんが作ったぐっちゃぐちゃになった元食器をケリーが見せてくる。

どうしたらこんなになるのだろう。

酒は呑んでものまれるな、だな。

なんてことを思いながら、出されたビールをグビグビと飲む。


「父ちゃんに言っとくよ。今度はもっと頑丈なやつを頼むってな。」


「ふふ、お願いね。ところで坊ちゃんは1人できたの?」


「いや、オリビアも一緒だ。今買い出しに行ってる。」


「ま!1人で女の子を放っておくなんて!このところ物騒で危ないんだから、だめよ。」


「物騒?」


この周辺には、魔物と呼ばれるやつがいない。

ダグラスを抜けた先に森があり、そこから先は魔物が出て危険だと聞いたことはあるが。

だから、物騒という言葉とは程遠い俺は、その言葉が引っかかった。


「そう。なんでも、いろんな武器を盗んで集めているっていう輩がいるそうよ。武器を盗んでどうするのかは知らないけど、誰かが聞いた話によると、神に捧げるだとかなんだとか言ってたらしいわ。」


ま、私はこの拳が武器だから関係ないんだけどねと、ケリーは拳をポキポキならす。

なんとも、恐ろしいババアだ。

それにしても、いろんな武器を盗んで…か。

あいつの弓、大丈夫かななんて思いながら、残りのビールを飲み干す。

おかわりを頼もうとしたその時、酒屋のドアが勢いよく開かれる。


「ないの!!!!」


オリビアだ。

予想的中とまでは行かないが、想定内のことが起きたらしい。


「あら、オリビアちゃん。いらっしゃい。ないって、まさか。」


「ケリーさんこんにちは。私の弓がないんです。矢はこの通り、無事なんですけど。まさかってケリーさん、何かご存知なんですか?」


「ええ、さっきちょうど坊やと話してたところなの。このところ、武器を盗む輩がいるそうよ。」


ケリーは、先ほど俺に話した話をオリビアに話す。

オリビアはワナワナと身体を震わせ、絶対に犯人を突き止めてやると大暴れし始めた。


「まあまあ、オリビアちゃん、落ち着いてちょうだい。」


ケリーの抑止の声で、やっと止まったオリビアはへたりと地面に座り込んだ。

と、思ったら今度は泣き始めてしまった。


「あの弓は、故郷の父から頂いた大切なものなの!!!だから、だから、絶対に取り返さないと。」


オリビアの弓の過去なんて知らなかった俺は、どうやって声をかけていいか分からなかった。


「そうね。だけどね、焦っても仕方ないわ。もしかしたら、怪我をしてさらに酷いことになってしまうかもしれないしね。こういう時は、冷静に、まずは情報収集からよ。」


さすがは酒屋の店主といったところだろうか。

人の愚痴に毎日付き合わされているだけあり、嗜め方がうまい。

オリビアも納得したようで、力無く頷いた。


「帰りましょ。おじさんとおばさんに報告しなくっちゃ。」


蚊の鳴くような声でオリビアは言う。


「お、おう。」


慰めの言葉も結局見つからず、俺は、オリビアの後ろを情け無く着いていくしかなかった。


「何かあったらまた来なさい。力になるわ。」


とぼとぼと歩く俺らの背中に、ケリーが声をかける。

俺は、後ろを一瞥し、頭をぺこりと下げ、またオリビアの後ろをついて行った。


帰り道の空気は本当に重たかった。

外の暑さも感じられないほど、なぜか身体の奥底がひんやりとしていた。

こう言う時、俺はどうすればいいのか分からない。

なんせ、村から出たこともないし、会話する人間なんて家族だけだ。

だから、こういうトラブルなんて起きたことがなかった。


「あの弓は」


オリビアが足を止め、ポツリと言葉を落とした。


「あの弓はね、昔、獣人の村が襲われた時に、父が託してくれた弓なの。」


聞くと、オリビアが住んでいたと言う獣人の村は、15年ほど前にアヴァリスという国の奴らが攻めてきて、ほとんど壊滅状態に陥ったそうだ。

その戦いの最中、敵の銃で撃たれ、死にかけのオリビアの父が弓を託してくれたという。


「私の、父の、いろんな想いが詰まった弓なの。」


ポロポロとまた涙をこぼしながら、オリビアは拳を握りしめた。

決意なのか、恨みなのか。

その拳の中の意味はわからない。

ただ、続く言葉には、オリビアの一つの決意を感じた。


「私、弓を取り戻すわ。」


「取り戻すって、どうやって。」


「わからない。ケリーさんが言っていたように、まずは情報を集めるしかないと思う。」


「そうか。」


手がかりといえど、おそらくこの村周辺じゃ、最もらしい手がかりは見つからないだろう。

ということは、この村を出るということなのか。

どこまで手がかりを探しにいくのか。

聞きたいことは山々だったが、今は何も言えなかった。


ガーランド村に帰った俺たちは、また驚くことになる。

俺の家に代々伝わる槍が無くなったというのだ。

恐らく、盗んだのはオリビアの弓を盗んだ犯人と同じだろう。

ただ、犯人は1人だけなのだろうか。複数人いる可能性だって考えられる。もっと大人数で、組織でやっている可能性だって。


「ああ!どうすればいいのだ!!ひいひいひいひい…爺さんの代から伝わる伝説の槍が!!槍がああ!」


取り乱す親父を横目に、母ちゃんにオリビアに起きた事の顛末を話す。


「武器を…神にねぇ…。」


「ええ。ケリーさんがそう言っていたわ。私、弓を取り戻したいの。まずは情報収集からになるけど、この村を出ることになると思う。」


オリビアは、真っ直ぐと母ちゃんを見据える。


「そうかい…。だけれど心配だねぇ…。」


今までの話を聞いていたのかいなかったのか、親父が話に割り入る。


「おぉい!!レイ!!お前も行けぇ!!そして、ひいひいひい…爺ちゃん、先祖代々から伝わる槍も取り戻すのだ!!!」


「えぇ…。俺も?」


取り乱した様子の父は、俺の話なんか聞いちゃいない。

大体、先祖代々から伝わる槍なんて、俺は聞いたことがない。


「親父、その先祖代々から伝わる槍っていうのは?」


俺の質問で少しは正気になったのか、親父は座り直し、一つ咳払いをし、重苦しく口を開く。


「あぁ。お前には話していなかったな。」


今から何百年も前、この村が魔物に襲われた。

切っても切っても沸いてきて、ついには魔物より人の数の方が少なくなった。

どうすべきか悩んだ先祖は、村の民に想いをこの槍に託せと頼んだ。

戸惑いながらも、民は槍に想いを込め、想いを蓄えたその槍で、ついに魔物を1匹残らず蹴散らした。


「あの槍には、この村の想いが!!込められているんだよ!!!」


話し終えた親父が、また取り乱し始めた。


「レイ、お父さんがこんなになっちまってるんだ。どうか、取り戻して来てくれないか。」


母ちゃんが俺に頼み込む。

面倒ごとはごめんだ、とも思ったが、親父のあんな姿とオリビアの真剣な眼差しを見て、断れるはずがなかった。


「いいけどよ。俺、武器なんて何も持っちゃいないぜ。金もねぇし。オリビアだって弓がねぇ。例えば村の外に出て、魔物が出たって戦えやしねぇ。最悪死んじまう。」


「あぁ、武器のことなら心配ご無用!俺をなんだと思ってんだ!」


親父が意気揚々と言う。

そうだった。俺ん家、鍛冶屋だったわ。

親父は、バラバラと武器を床に落とし、


「好きなの選べ!」


と、誇らしげに言った。

何となく槍を選び、オリビアは当然弓を選んだ。


「レイ、オリビアちゃん。これ、お供に持っていきなさい。」


母ちゃんが差し出してきたのは、金が入った袋と、ポーションやら食べ物が入った袋だった。


「じゃあ、行ってらっしゃい。気をつけてね。」

「槍を!必ず!!必ず!!!」


寂しそうに見送る母ちゃんと、怒りで震える親父を後に、俺らはこの村を出た。


さよなら、俺のスローライフ。

あぁ、愛しきスローライフ。

あれ、この槍ってどうやって使うんだっけ。

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