しがない伯爵令嬢でございますので。
わたし、リィラ・ティルネスは暇を持て余していた。
暇であるが故に、わたしは趣味の人間観察に勤しんでいた。
「聞きました? エルディナ様のこと。」
「ええ、またヴィンス殿下が……。」
貴族令嬢は噂に敏感だ。彼女らの会話はいつも噂で溢れている。
わたしも貴族令嬢の端くれではあるのだが、彼女たちと違って噂話なんてものに興味はない。嘘か本当かも分からない情報なんて、気にするだけ時間の無駄だからだ。
なんて思っていたが、今日は少しばかり興味のあるものがあった。
次の夜会にて、この王国の王太子であるヴィンス殿下が、婚約者である公爵令嬢を断罪するのだという。理由は、婚約者の言動が次期王妃として相応しくないから、だとか。
なんとも馬鹿らしい。そうは思いつつも、珍しく興味を持ってしまった。いつもは退屈な夜会も、少しばかりは楽しめそうだ。
会場を眩いほどに彩る華美な装飾と、強い香りの香水を纏った令嬢たち。溢れかえる根も葉もない噂話。
いくら楽しめそうな話題を聞いたからといって、やはりこの空間にはどうにも馴染めそうにない。婚約者と談笑していたり、ダンスを嗜んだりしている者たちは夜会の息苦しい空気から解放されたように輝いて見えるが、生憎わたしにそんな相手はいない。
こういう時は、どこかで聞いたわたしのあだ名、「空気令嬢」、「壁の華」らしく壁と仲良くするに限る。妙なあだ名はついているが、わたしは辺境伯の次女なのである。誰もわたしに興味はない。好んで近づいて来る者は滅多にいないが、悪意をぶつけてくる者もいない。平和に過ごしたいわたしにとっては、この状況はむしろ好都合なのだ。
とはいえ、そんなわたしにも話しかけてくださる方はいる。
「リィラ! こんなところにいたのね。今日もとっても可愛いわ。」
「ありがとうございます。エルディナ様は、今日も本当にお美しいですね。」
エルディナ・レイ・ジルニス様。宰相を務めるジルニス公爵の一人娘であり、紛れもない次期王妃。それでいて、わたしの親友である。
絹のように透き通った金色の長髪と、エメラルドの瞳が輝く端正な顔立ちは誰もが見惚れてしまうほど美しい。体型や立ち振る舞いは全ての令嬢の理想と言えるだろう。華やかなサファイアブルーのドレスも、彼女の美貌を引き立てる脇役にすぎない。
おまけに成績もよく、優秀な者が集う王立学園でも主席を取るほど。眉目秀麗、才色兼備。そんな言葉は、きっと彼女のためにある。
「そういえば、お一人なのですか? 今日の夜会は国王陛下もいらっしゃるので、てっきりヴィンス殿下とご一緒なのだと……。」
「どうでもいいのよ。どこかの男爵令嬢の方が大切らしいわ。」
エルディナ様の示す先を見ると、どこかの男爵令嬢ことアリア・コレットと楽し気に話しているヴィンス殿下がいた。もう何度も見た光景に、わたしは苦笑いしかできない。
「そんなことより、リィラはこんなところにいていいの? 婚約者に会いに行ったり」
「わたしに婚約者がいないのはご存じですよね?」
「ふふ、冗談よ。でも、本当にいないの? リィラなら、いてもおかしくないのに。」
「いませんよ。わたしに作る気がないので。」
だって、わたしにはもう、好きな相手がいるんだもの。でも、絶対に叶わない恋だ。あの人には既に婚約者がいるのだから。だから、せめて近くにいるだけでも許して欲しいと、王宮勤めを目指して日々励んでいる。こんな理由、エルディナ様には伝えられないが。
「あなたに嫁入りする気がないのは分かっているわ。でも、私は心配なのよ。もしかしたら、叶わない恋をしているんじゃないかって。」
「わたしは辺境伯の娘、しかも次女ですよ。嫁ぐ必要もなければ、家を継ぐこともありません。将来は王宮に勤めようと考えている、とも言ったではありませんか。それに、わたしは一人の時間が好きなのです。あ、もちろんエルディナ様とお話しできる時間が一番ですが。なので、ご心配には及びませんよ。」
「ならいいんだけど……。」
捲し立てるように言ってしまったためか、エルディナ様は未だ何か言いたげな様子。だが、これ以上はボロが出る恐れがあるため、話題を変えることにしよう。
「そ、そんなことより、今日は隣国の王太子殿下がいらっしゃるのですよね。エルディナ様は、どんな方なのかご存じなのですか?」
「ルーグ殿下のことね。何度かお会いしているわ。リィラ、もしかして興味があるの? 確かにルーグ殿下は優れた御方よ。誰かと違って頭も切れるし、立ち振る舞いも王太子に相応しい、まさに完璧とも言えるわ。悪い噂も聞かないし、従者からも慕われていたわね。国民からの支持もあって、国の未来は明るいって詠う人も多かったわ。それなのに、まだ婚約者はいないらしいのよ。」
「詳しいですね。」
「当然よ。国を導いていく者として、隣国の要人のことぐらいは知っておかないと。ま、うちの王太子殿下は知っているようには見えないけれど。」
所々でヴィンス殿下を貶していた気がするが、気のせいだろう。
それより、ルーグ殿下のことで気になることがある。エルディナ様の話を聞く限り、ルーグ殿下は非の打ちどころがなく、とても人気がある。にも関わらず婚約者はいない。歳はわたしたちと同じだったはずだから、そろそろ婚約者を作らなければならない時期だろう。
そんなタイミングでの訪問。絶対に何かがある。
最近、ある本の話を聞いた。悪役令嬢として婚約破棄され、無実の罪で訴えられた令嬢が、隣国の王子に助けられて幸せになる物語。たしか、隣国の王子はこの令嬢にずっと片想いをしていて、彼女が婚約破棄されるのを待っていたとか。
何の偶然か、今日の夜会ではヴィンス殿下がエルディナ様との婚約を破棄しようとしている。あくまで噂だが。
もしかして、ルーグ殿下はエルディナ様のことを……。
「リィラ? どうしたの、急に考え込んで。」
「え、な、なんでもないです。」
「そう? もしルーグ殿下を狙っているのなら、残念だけど諦めた方がいいわ。なんでも、長年片想いをしている相手がいるんだとか。あ、本人に聞いたから間違いないわよ。」
「別に狙っているわけではないんですが。でも、片想いの相手ですか。」
「そうよ。今日はその相手に婚約を申し込む、とか言っていたわ。でも、私も相手が誰かは聞いていないのよね。この国にいるらしいのだけど。」
それはあなたのことでは、なんて口が裂けても言えなかった。
もし、ルーグ殿下に婚約を申し込まれたら、エルディナ様は了承するのだろうか。そんなことを考えているわたしを置き去りに、エルディナ様は随分とご機嫌な様子。
「そうそう、次のお茶会のことなんだけどね。ルーグ殿下もお招きすることになったのよ。隣国の茶葉とお茶菓子も持ってきてくださるらしいの。もちろん、リィラも招待するわよ。」
「本当ですか? 隣国といえば紅茶の名産地ですし、お茶菓子も美味しいものばかりだと聞いています。楽しみですね。」
「そうなの。あとね、そのときにリィラに渡したいものが」
「お話し中に失礼します。エルディナ様、ヴィンス殿下がお呼びです。」
使用人が申し訳なさそうに声をかけてきた。その瞬間、エルディナ様が不機嫌になったのが目に見えて分かった。
「何の用かは聞いてる?」
「い、いえ、ただ呼んで来いとしか……。」
「そう、貴方も大変ね。今行くわ。わざわざありがとう。」
一礼をして、使用人はすぐにどこかへ消えていった。エルディナ様は溜め息を一つ吐き、わたしに向き直った。
「ごめんね、もっとリィラと話したかったのだけど。」
「いえ、わたしのことはいいですよ。お気をつけて行ってきてくださいね。まだ時間もありますし、後程、またたくさんお話ししてください。」
「そうね、すぐ戻るわ。」
「はい。お待ちしていますね。」
ふわりと微笑んだエルディナ様は、緩んだ表情を一瞬で引き締まった面持ちに変え、ヴィンス殿下の元へと向かった。
ヴィンス殿下のいる所は、既にたくさんの人が集まっている。エルディナ様を見送ったわたしは、静かに人だかりの中に紛れた。
「今日をもって、エルディナ・レイ・ジルニス公爵令嬢との婚約を破棄する。」
ヴィンス殿下は聴衆に向け、高らかに宣言した。その隣には男爵令嬢であるアリア・コレットもいる。
「婚約破棄、ですか。理由をお聞きしても?」
「理由なぞ、言わなくても分かっているだろう。お前は次期王妃に相応しくない。アリアに対する非礼をここで詫びれば、国外追放だけで許してやろう。」
「非礼? なんのことを仰っているのか分かりませんわ。」
「とぼけるな。証人だっているんだ。言い逃れはできないと思え。」
「では、具体的に教えてくださいませ。私の無実を証明して差し上げましょう。」
相手が王太子だというのに、エルディナ様は一歩も引かず、淡々と話を続ける。そんなところも気高く美しい。
「お前の罪を公言するようなものだが、いいんだな」と前置きをして、ヴィンス殿下は得意げに話し始めた。
「まずは一つ目。〇月×日の昼休み、アリアのノートと教科書を広場の噴水に沈めた。」
「それは、私の手でやったということでよろしいですか。」
「もちろん。アリアの友人が見たと証言している。」
殿下に示された令嬢は、「は、はい、間違いありません!」と声をあげた。それに続いて数人が同じように肯定する。
エルディナ様は何も言わず、殿下に続きを促した。
「その丁度一週間後、今度はアリアの昼食を台無しにした。これも同じような証言がある。それから、〇月×日、階段からアリアを突き落とした。実際に彼女は怪我をしていたんだ。それだけではなく、夜会では毎回のようにアリアを貶めることを言っているらしいな。お前の主宰する茶会にも、アリアだけは招待されていない。これだけあれば十分だろう。」
エルディナ様はゆっくりと瞬きをし、そうですか、と言って微笑んだ。
「まず、最初のノートと教科書の件と階段から突き落としたという件ですが。人違いではありませんか? 私はその日、王妃教育のために王城で過ごしていました。学校には行っていないのです。殿下もご存じかと思いますが。ですので、私に出来るはずがないのですわ。」
「つまり、彼女たちが嘘を吐いていると?」
「そうなりますわね。」
「そんなわけないだろう? 王太子に嘘を吹き込むことは国家反逆罪に当たる。お前は彼女たちを罪人だというのか。」
「あら、国家反逆罪になることは知っていらしたのですね。でも、そうですわね、私は王城にいたことは国王陛下と王妃殿下に証明していただけるので、殿下の話が本当であれば、彼女たちは罪人になってしまいますわ。もし、勘違いで言ってしまったのなら、その限りではないのだけれど。」
証言していた令嬢たちに目を向けると、明らかに顔色が悪くなっていた。絶望を浮かべるのも束の間、エルディナ様がかけた救済処置に気がついたのか、一人の令嬢は狼狽えながらも声を張り上げた。
「申し訳ございません、エルディナ様。私、王太子殿下から、このように証言しろと命令されたのです。そうしないと、爵位を剥奪すると脅されて……。他の子たちも同じです。どうか、どうかお許しを!」
その瞬間、会場にいた全ての人が殿下とアリア・コレットに目を向けた。明らかに動揺していたが、流石は王太子というべきか、堂々と反論をしてみせた。
「何を言うか。まあでも、お前たちが何を言おうと、俺が脅したという証拠はないだろう?むしろ、俺を陥れようとした罪で問われるかもしれないな。」
「彼女たちの証言に意味はないと?」
「そうだろう? 本当のことを言っている確証は得られないのだから。」
「あら、それではご自身が提出した証拠をご自分で否定することになってしまいますわね。」
息をのみ、苦い顔をする殿下に、エルディナ様は変わらぬ調子で続ける。
「まあ、そんなことはどうでもよいのです。私の言い分を続けてもよろしいでしょうか。」
「あ、ああ、いいだろう。」
「夜会の際に貶める発言をしていたという件ですが、私は彼女に、貴族としての在り方を教授しただけですわ。」
「ほう? その『貴族としての在り方』とは、どんなものだ。」
「一つ、立場が上の者に対して気軽に話してはいけないということ。二つ、許可なく相手を愛称で呼ばないこと。三つ、婚約者のいる殿方に無暗矢鱈に接近しないこと。四つ、主役を引き立てる服装で参加すること。それから……。」
エルディナ様から飛び出す内容は、どれも貴族として当たり前のことばかり。殿下とアリア・コレットを支持する者はいつの間にかいなくなっていた。それどころか、この人が次の王で本当に大丈夫なのかと心配する声も聞こえ始めた。
「もういい! それで、アリアを茶会に招待しなかった理由はあるのか?」
「理由も何も、あのお茶会には侯爵家以上の位の者しか招待していませんわ。何せ隣国の王妃殿下をお招きしていたのですもの。男爵令嬢である彼女を招待していないのも、当然のことでは?」
「本当か? だが、そこの伯爵令嬢は招待していたのだろう。リィラ・ティルネスといったか。」
急に話を振られてしまった。周囲の視線が一瞬でわたしに集中した。あまりに突然のことで困惑してしまったが、エルディナ様は当然のことのように言う。わたしの知らない、わたし自身のことを。
「王妃殿下からのご要望でしたので。それに、隣国の王妃殿下を招待していたのですわよ。隣国の王家の血を引く者を招待するのは当然のことでしょう?」
部が悪いのは明らかなのに、それでもヴィンス殿下は反論を続ける。いや、続けようとした。「そこまでだよ。」と言う声と、勢いよく開いた扉の音が殿下の言葉を搔き消したからだ。
登場したのは、艶やかな短い黒髪が特徴的な、人当たりの良さそうな青年と国王陛下夫妻だった。その青年がルーグ殿下なのだろうと、すぐに気がついた。
即座に跪いたエルディナ様は、早急に発言の許可を取った。
「国王陛下、私はこの度、ヴィンス殿下から婚約破棄の申し出をお受けいたしました。了承する許可をいただけますでしょうか。」
陛下は頷き、この場にいる全員に伝わるように声を張り上げて宣言した。
「今この場で、我が息子ヴィンスとエルディナ公爵令嬢の婚約が破棄された。契約に基づき、ヴィンスからは王位継承権を剥奪、次期国王はエルディナ公爵令嬢とする。異論のある者は、いないな。」
王家に近い人間と前回のエルディナ様主宰のお茶会に参加していた面々は当然のように頷いた。「この国の未来も安泰だ」という声も聞こえる。その他の人からも、異論を唱える声は聞こえない。ある一人の人物を除いて。
「ま、待ってください父上! 契約とは、一体何のことなのですか?」
「言っていなかったか? エルディナ嬢の婚約者であるから、お前は王太子という立場になっていたのだ。それを自ら破棄したのだから、これからはコレット男爵家に婿養子という形で入るといい。」
「本当? それじゃあ、あたしはずっとヴィンス様の傍にいられるのね。」
能力のある者が王位を継ぐ、というのはこの国特有の伝統だ。ある国から血統を軽視する蛮族呼ばわりされたことをきっかけに、現国王陛下は他の国々に合わせてどうにか実の息子を国王にしようと画策していた。優秀な令嬢の婚約者、という形で。
王位継承権の剥奪がよほどショックだったのか、ヴィンス様は放心状態。対して、純粋にヴィンス様を慕っていたアリア・コレットは嬉しそうに両親に報告している。
こうして、一つの騒動は終結し、夜会はあるべき姿へと戻った。
「久しぶりだね、エルディナ嬢。あ、王女殿下って呼んだ方がいいかな。」
「そのままでいいわよ。騒がしくして申し訳ないけど、これがこの国流なのよ。楽しんでいって頂戴。」
「うん、そうだね。でも、丁度いいから先に一番の目的を果たそうかな。」
簡単に挨拶したエルディナ様とルーグ殿下は、なぜか同時にわたしの方を向いた。
「リィラ・ティルネス伯爵令嬢。僕のことは知っているかな。ルーグ・ディア・ブロード。隣国ブロードの王太子だ。五年前の夜会で一目見たときから、ずっと君を想っていたんだ。どうか、僕の婚約者になってくれないだろうか。」
「……え?」
「ちょっと、待ちなさい! ねえリィラ、こんなぽっと出の奴なんか放っておいていいわ。……貴女は気づいていなかったかもしれないけど、私はずっと、リィラが好きだったの。恋愛的な意味でね。今までは婚約者がいたから言えなかったけど、今はもう遠慮なく言えるわ。リィラ、私が貴女を幸せにするわ。だから、私の婚約者になって欲しいの。」
…………え?
「エルディナ嬢? 僕の邪魔をしないでもらいたい。だいたい、王が同性のパートナーを選ぶなんて聞いたことがない。跡取りはどうするつもりなのかな。」
「あら、この国の伝統を知らないの? 血筋で国王が決まるわけじゃないのだから、私が子を生す必要なんてないじゃない。それか、女の子同士でも孕める薬でも開発しようかしら。私とリィラの子、ふふ、絶対に可愛いわ。」
「相変わらず、さらっと恐ろしいことを言うな。」
「貴方こそ、ぽっと出の癖に何リィラに手を出そうとしているのよ。」
「確かに実際に話すのは初めてだ。だが、そんなこと関係ないだろう? 僕はずっと、リィラ嬢のことだけを想ってきたんだ。意気地なしの君にどうこう言われる筋合いはないね。」
「しょうがないじゃない、婚約者がいたんだもの。」
「僕は今日のために全ての見合い話を蹴っていたんだ。君とは違って一途だからね。」
突然のことで呆然とするわたしをおいて、二人は口論を始めている。それどころか、野次馬たちはわたしがどちらを選ぶかで賭けをしている始末。
「リィラ、私を選んでくれるわよね?」
「リィラ嬢、僕と来てくれるだろう?」
二人の勢いに気圧され、わたしは渋々、しどろもどろになりながらも、自分の思いを伝えた。
「……不敬を承知ですが、わたしには、お二人のご好意を受け取ることはできません。」
そうは言ったものの、相手はどちらもいずれ国を導く御方。納得する理由を聞くまで逃がさないと食い下がる。
「わたしには、好きな人がいるのです。ずっと、ずっと昔から。エルディナ様がおっしゃった通りですよ。絶対に、叶うことのない恋。」
「リィラがそんなことを言うなんて。さぞかし素敵な方なんでしょうね?」
「はい、もちろんです。……その人は、既に将来が確定しているんです。王宮に勤めることが。わたしが王宮勤めの文官を目指しているのは、そのためですよ。その人が幸せになる様を、近くで見ていたいから。」
あなたのことですよ、エルディナ様。
正直なところ、わたしはエルディナ様の手を取りたかった。ずっと想い、慕っていた相手だ。プロポーズされて嬉しくないわけがない。しかし、わたしは彼女の想いに応えることはできない、いや、応えてはならないのだ。素敵な殿方と結婚して、国を支え合いながら、沢山の子どもに恵まれ、そして大勢の人々に惜しまれながらも、幸せに老いて天に昇る。それが彼女の掴むべき幸せなのだから。
それに、ルーグ殿下も同じだ。隣国ブロードは、この国と違って血筋を重んじる傾向にある。わたしが誰の血を引いていても、今はただの辺境伯の次女に過ぎない。エルディナ様の評価から見るに、彼は将来有望で結婚相手も選び放題だろう。現に、登場から二秒も経たず会場中の全ての視線を奪い、多くの令嬢の心も奪った。どう考えたって釣り合わない。
「つまり、君はその想い人の幸せを近くで見ていたいんだね。独りで、健気に想い続けながら。」
ルーグ殿下の問いに是を示すと、エルディナ様と共に深い溜め息を吐いた。
「そんなの酷いわよ、リィラ。」
「ああ、同感だ。」
余計に手放せなくなる。
二人はそう言ってわたしの腕を掴み、わたしとの距離を縮めた。そして宣言する。
「リィラ、覚悟しなさい。私、全力で貴女を落としに行くから。」
「僕は、まず仲良くなるところから、かな。でも、僕も遠慮なく落としに行くから。」
どこで失敗したのだろう。わたしはただ、静かに、平和に、あの美しい太陽を見ていたかっただけなのに。
今のわたしに言えるのは、ただ一つだけ。
「お、お手柔らかに、お願いします。わたしは、しがない伯爵令嬢でございますので。」
お読みいただきありがとうございます!
こちらは連載中の小説の息抜きとして書いていたもの、だったのですが。思っていたより長くなってしまったので、もったいない精神で載せました。