陛下が浮気を推奨してきます!?
「なぁ、君は普通の恋をしたことがあるか?」
陛下が投げた問いは不思議なものだった。
少なくとも婚約者ーー、もう半分結婚しているような相手に投げ掛ける問いではないのは確かだろう。
場所は帝国の王宮内の中庭。テーブルに並べられた贅沢な茶菓子を私が丁寧に食べ、殿下はそれを書類を見ながらチラチラと伺う、お互い対面に座った状況での出来事。
まあ私にとってその問いかけは不思議だった。
昔の男の話など聞きたがるものなのか。まぁわたしにはその昔の男とやらがいる筈もないが。
私ことセリシア・フォーゲルはアルベイム王国という国の公爵家の長女、まぁ結構偉い立場。
そして相手ーー、アベル・エルビオ様はエルビオ帝国の皇太子。要はめっちゃ偉い人なのである。王国と帝国は十年前らへんから同盟関係になったらしくて、帝国に資源が劣る王国が友好の証として相手に捧げた貢ぎ物、というか人質? それが私だった。
公爵家の長女で、少し物覚えが悪くて、少し技量が悪くて、少し頭の抜けてて、容姿に恵まれた私が選ばれるのは私が当然のことだと思う。贈り物は綺麗に着飾りたいらしい。そして、女は馬鹿の方が使いやすい。そういうことだった。
人質として選ばれた私は虐められるとか、酷いことをされるとかそんなことはなく。健やかに育っております。お父様お母様あと影の薄い弟よ。帝国民、めっちゃいい人。本当に親切で優しいサービス精神旺盛な人たちばっかなのだ。メイドの人も優しいし、なにもそれは目の前の陛下だって例外じゃない。
ちょくちょく一緒に散歩したり、食事したり遊んだりと。忙しい筈なのに時間を作っては私のことを構ってくれる。
まぁすごい優しい。もう骨抜きなのよね、私。ぶっちゃけなくても好き。あ、質問に答えるの忘れてた。優しい目で返答待ってる。気まずい沈黙が流れるのではなくなんとなく喋りやすい雰囲気を作り出せるのも皇太子のオーラってやつなのかも。
「陛下以前に、付き合った男性はいらっしゃいませんわ」
ちょっと上擦った。というか、多分敬語ミスったかも。こういう初歩中の初歩もできないからダメな子と呼ばれるわけだ。
「公共の場で無いのだから、慣れない敬語は使わなくていい」
「で、ですが......」
「俺がいいといっているんだ。誰にも文句は言わせない。そもそも男女とは平等であるべきだ。上下関係だの、夫婦間でくだらない。俺はそう思う。だから敬語は抜きで頼む。セリシア」
「わ、分かった」
私は心の中で陛下のことを神だと叫んでいた。マジで感謝である。本当にいい人過ぎる。誰にも文句は言わせない。神である。これで顔までいいって神は二物も三物も与えすぎ。まぁそれが婚約者な訳だから神には感謝してるけど。
「で、えっと。さっきの質問の意図は......?」
「それなんだが、セリシア」
「ひゃ、ひゃい!?」
名前呼ばれる度に心臓がうるさくなるの止めて欲しい。声が上擦るのも止めて欲しいし、頬が赤くなるのも止めて欲しい。まあそれがその人を好きな証拠だと言われると嬉しいけど。
「君はきっと普通の恋をしたことがない」
「普通の、恋?」
思わずオウムのように繰り返してしまう。それに頷く殿下は真剣な様子で、顔を私に近づける。
近すぎる。近すぎます殿下。凛とした目元と整った眉とカッコいい鼻と唇に目が行く。キスでもされるのかと、勘違いするので止めて欲しい。そもそもファーストキスはもうちょっとロマンチックな場所で、というのが乙女な私の望みである。
「ああ、普通の恋だ。君は国に決められて婚約を命じられただけで、君自身が誰かを選んで恋をしたことがないんじゃないか?」
それはそうかもしれない。誰かを選ぶ権利なんて、私には一度もなかった。
課せられたのは義務。名誉と善意で舗装された馬車。それはその実、地獄の特急券だと陛下は仰りたいのだ。
「確かに、私は誰かを選んだことはない。だけどーー」
「俺は、君が幸せになるなら浮気だってしてもいいと思ってる」
「はい!?」
いっちゃダメなやつだろそれは。馬鹿な私でも分かる。国の問題じゃないかそれ。
どう考えてもヤバイ。というか陛下。もしかしてーー、
「君はもっと普通の恋をすべきなんだ。普通の女の子みたいに、普通でいいんだ。もっと、俺みたいなやつじゃなくて、好きな人を選んで、普通の恋をすべきなんだよ。婚約者に言う言葉じゃ絶対ないと思う。だけど、俺は君が幸せになるためには浮気だって許容する。表向きは俺の婚約者で通さないといけないけど安心してくれ。問題は全て俺が解決する。だから、もしーー」
「アベルは、私が貴方のこと好きじゃないと思ってるの?」
そろそろイライラしてきた。アベルは勝手に一人で話を完結させようとする節がある。というかアベルが私のこと好きすぎて周りが見えてなくなってる節があるというか。なんというか。
私って、全然自分の気持ち伝えたことなかったかもしれない。
「聞いて、アベル」
「ああ、なんでも言ってく「好き」」
当然「好き」と言われてアベルが呆けた顔をする。
まぁこれだけでは私の気は収まりそうにないので、続くが。
「いっぱい食べても可愛いって笑うのが好き。書類に目を通すときの鋭い眼光も好きだし、困ってる誰かを一人ぼっちにしておけないのが好き。忙しくても時間を作ってくれるのも好きだし、絶対に優しいのが好き。皇帝の癖に初々しいのも好きだし、もう、全部好き」
「セ、セリシア?」
困惑するように声をあげるアベルを悩殺するように私は続ける。
「アベルは、もっと私がアベルのこと好きだって思う気持ちが強いことを自覚すべきだと思う。貴方が優しいから頑張ろうと思えた。礼儀作法だってちょっとずつ身に付いてきてるし、貴方のためならなんだってできる気がする。だから、浮気とか言わないで。他の男の人が入る隙なんてないくらいアベルのこと好きだよ? 私」
「そう、なのか?」
「キスだって、今すぐしてもいいよ?」
その発言にアベルはビクッと体を震わせる。初々しいところ、本当に可愛い。
「これからもよろしくね? 旦那様」
「だ、旦那様?」
その後アベルが鼻血を吹き出しかけたり、まあ色々あったがどうにかなった。
こんな小話は皇帝と皇后の惚気話として、今ではすっかり有名である。
20日ぶりくらいですか。私は元気です。
短くて元気になれて砂糖が吐けて難しくない異世界恋愛短編モノがなかったので書きました。
やっぱり自給自足(r
難しい政争ものとかよくわかんにゃい。なんかおかしいところあったら教えてください。異世界恋愛初心者の鳥です。こんな優しい皇帝がいるわけねぇだろとお思いの皆さん。私もいないと思います。三十分で出来上がったものなので多少のガバはあります。
言葉にしないと伝わらないモノって、ありますよね。態度だけで示したつもりにならないで、しっかりと口に出すのも大事かもしれません。
というのがテーマだったような気がしますが忘れました。
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高校受験も無事終わり春休みに入ったので浮上し始める予定です。末永くよろしくお願いします。