不可解な進学校6
話は遡り二時間ほど前。
誠志郎は気を失い体育館裏に倒れていた。目が醒めると自分と八浜美丘の姿しかなく、内田総介達が逃げ出したと考えた。何に恐れて逃げ出したのか、誠志郎には知る由もなかった。
怒りに呑まれ、体内が熱に帯びていく中で変化した青い双眸。見るからに普通では言語化出来ない状況に直面し、彼ら不良達は逃げ出したのだ。
あの場に残れば彼らはただでは済んでいなかっただろう。
自身の変化にすら気がつく気配のない誠志郎は、抱きかかえたままの八浜美丘から傷がなくなっていることに驚いていた。
「傷が消えてる…」
誠志郎は八浜美丘が人知を超えた回復をしているのだと思ってしまった。彼女の傷が癒えたのは彼女の力ではないというのに。
そして、誠志郎は激しい頭痛に苛まれた。
痛みもあるが何よりも脳内をぐるぐると掻き回されているような気持ちの悪い感覚だった。次第に吐き気すらも感じ、その場を後にした。
「なんだ。なんなんだ」
誠志郎はそう呟きながら教室へと戻って行った。
そして、教室に辿り着くと杉下が涙を浮かべながら歩み寄って来た。
教室内は会話一つとして無く、最悪の重たい空気だった。
内田総介達との騒動から既に十五分ほどは経っているのだが、あの時の空気感だけが室内にこべりついている様だった。
それに加え、誠志郎が傷だらけになっているのを目の当たりにしたのだから皆は声すら出せないほどに不良達を恐れてしまった。
杉下も言葉に出来ず口を開けたまま固まっていた。
そんな様子を見かねて、辻道が声を漏らす。
「誠志郎、その傷はあいつらにやられたのか?」
顔中傷だらけの誠志郎を辻道が指差した。
誠志郎は顔の傷のことなんて見に覚えがない、という様な表情で自らの頬を触り痛みを感じた。
身に覚えのない傷に誠志郎自身が一番戸惑っている様だった。
「俺、怪我してたのか」
その発言は教室内にいる生徒全員からの視線を集めた。
そして、誠志郎の頭痛が激しさを増していった。
頭を抱え込みながら、力なくしゃがんだ誠志郎はどう見ても正常ではない。辻道が誠志郎と同じ顔の高さまで屈み小声で問う。
「どうした?」
「分かんない。頭の中が気持ち悪いんだ」
「殴られたのか?」
「一発ももらってない、と思う。それに、殴られたとかじゃない感じで言葉にできない」
辻道はただ事ではないと思い、冷や汗をかきながら誠志郎の背中をさすった。
「おい、保健室行けるか?」
辻道が誠志郎に聞いてみるが返答はない。そんな時、教室前方のドアが開いた。
「宮嶋誠志郎君はいるか?」
黒いスーツにバッチリセットした髪形をしている男が血相を変えて教室に入って来た。教室内の生徒らは先程のことが教師にバレたのだと思っていた。
辻道は声をあげた。
「先生、ここに居ます。でも、こいつ体調悪いみたいで」
教師は早足で二人の傍に来た。見るからに体調の悪そうな誠志郎を前に教師は言葉に詰まる。その時、誠志郎はとんでもないことを言い出した。
「俺の家…火事ですか?」
消え入る様な声でしっかりと口にした言葉。その発言に驚きを隠せずにいる教師に向かって辻道が尋ねた。
「誠志郎の家が火事なんですか?」
教師は奇妙なものでも見るように目を泳がせながら「ん、ああ」と口にした。そして、数秒ほどフリーズした教師は我に帰り誠志郎を軽く揺さぶった。
「立てるか?君の家までは私が送るから早く行こう。体調がすぐれないみたいだが私の車で休むといい。今は急ぐべきだ」
誠志郎は何も答えない。
その代わりに、スッと立ち上がり「大丈夫」とだけ呟いた。表情は無そのもので血色は良くなっていた。
「陸也。ちょっと抜け出してくる」
付き合いが長い辻道だからこそ、誠志郎の変化という違和感に気が付いた。
「宮嶋君。私が車を出すから…」
「先生、大丈夫みたいです」
教師の言葉を辻道が止めた。
鞄を持ち、誠志郎は全速力で走り去ってしまった。
★★★
今朝は重いと感じていたはずの鞄が軽く感じる。走っても走っても息が無限に続きそうな気がする。
頭痛の消えた誠志郎は自らの変化に気が付き始めていた。だが、自分が暮らす屋敷が火事だとなればそんなことを考えている暇もなく全力疾走で道路を駆け抜けた。
そもそも、誠志郎は屋敷が火事になっていると教師から聞くまでもなく気が付いていた。動物的勘なのか、それにしては的確すぎる。本人はそんなこととっくに忘れている様でただ必死だった。
何故ならば、屋敷には誠志郎を育ててくれた大切な人がいるのだから。
「ソリティア、克二さん。無事でいてくれ」
乱れる呼吸の中、そんな言葉を漏らしていた。それは、心の奥底から出た誠志郎の願いだった。
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