彩りの花
世界はまだモノクロだった。
俺の周りは、前時代的な雰囲気のまま全自動で回ってゆく。
なんの変化のない日々が、今日もまた回ってゆく。
昨日と同じ今日、今日と同じ明日。
変化を求めない自分がいつしか彩りをなくし、それを嘆いては責任転嫁をし、心の安寧を保っていた。
しかし、平穏を打ち砕く警笛は唐突に響き渡り、いつのまにか色彩を取り戻していく世界に戸惑った。
なぜ、いったいなにが、そんな事はわかりきっているのに肯定したくないプライドから自問自答を繰り返す。
そしてその彩りの中心にいる人物からはこう告げられた。
「神谷彩花です!よろしくお願いします!」
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「今日はカウンターかぁ、最近女の子少ないししょうがないけど嫌なんだよなぁ」
パチンコ屋のアルバイトには二種類の業務が存在する。男性は基本的にホールでの接客、ドル箱の取り換えなど力のいる業務をする。女性は景品カウンターでの交換業務が主であるが、スロットコーナーなどの比較的力のいらない業務も行う。
しかし、歴戦のフリーターともなるとその全ての業務をこなすようになる。否、強要される。自己の意思は尊重されず人件費のために業務が増える、最悪のルーティンである。
例の如く俺もそのルーティンに組み込まれ、女性が過疎化してしまったこのパチンコ屋では景品カウンター業務が圧倒的に多くなりつつあった。
ただしここでしっかりと断言しておく。
俺は”学生“であると。
大学3年生で所属学科分野での就活が嫌になり大学を中退、2年間の過酷なフリーター生活で学費をため今は専門学校へ通っている。
仕事も面白くない、休日は長時間労働、学校とバイトの往来しかない青春のかけらもない日々を送っていた。
本日も昼頃からシフトが入っており、夜のシフトのメンツを眺めていた。
「ん?女の子の新人か。はやく育てて監獄から脱出したい……」
そこには見たことのない女の子の名前が追加されており、今日が初出勤だった。
「名前はーっと、かみや?かみたに?どっちとも読めるけどかみやのほうが一般的だよなぁ」
そこには神谷彩花と記載されており、ふりがなは記載されておらず読み方がわからない。
だがその瞬間、味気のないモノクロプリントのシフトに淡い彩りを感じのだ。
「なんだ?疲れてんのかな…」
そして16時を迎え早番と遅番が引継ぎ作業を行なっている時、俺は休憩の時間だった。このあとはカウンター業務なので、噂の新人を拝めるなぁと思いつつ、その反面でやる事はいつも通りで代わり映えのないと言い聞かせ、休憩室を後にした。
そして話は冒頭に戻る。
その少女はかみたにと名乗っていたが、正直話が入ってこなかった。確かに可愛らしい容姿も目を引くものがあったが、その少女には確かに彩られた、花のような印象があったのだ。
このモノクロの世界でたった一つの色彩に驚きつつも仕事は仕事なので切り替えていく。
「あーえっと、今日からのかみやさん?だよね。永島と言います。よろしくね。」
「かみたにです!今言ったばっかです!」
少しからかったのだが思ったより反応がいい。そして気がついたことがある。
(あーこの子きっとおバカなほうだ)
「ここの計算はなんかこうやるんだけど、神谷は暗算はー…無理そうだね」
「無理です!電卓使います!」
「この計算簡単だから電卓使わなくてもいけるのに…ま、みんな使うけどね。俺はいらんけど。」
現在閉店作業を教えているのだが、ここでのというよりはカウンター業務として肝心なのは、計算能力である。俺は暗算が得意なので基本的には電卓は使わないのだが、新人では止むを得ない。
「電卓でも遅くない?これは百マス計算ドリルをやらせよう」
「いやです」
はっきり言われてしまった。結構いいんだぞあれ。
それからというもの、なんの変哲もなかった俺の日常に徐々に変化が訪れていた。
気がつけば、俺の職権を濫用し偶然を装っていたずらを仕掛けたり、シフトを確認し出勤が被っていないかを確認していた。
楽しい。今まで色褪せていた世界にいつしか彩りが戻っていたことに気が付きもせずに、明日を迎えることが楽しみになっていた。
これは恋なのか。そう思った時、元カノのトラウマが彩った世界を暗く染めていった。
トラウマは加速度的に色世界を支配し、思考をネガティブな方向へと加速させる。
赤に髪を染めたり、結構派手髪だからもしかしたら貞操観念が緩かったり、その前にそもそも彼氏がいるのではないか。きっとそうだ。あんなにも可愛くていい子なのだから彼氏がいてもおかしくはない。
そう思い込んでいた矢先に、事件は起きた。
「あれ、神谷が来ないな、誰か聞いてる?」
出勤時に神谷の姿はなく、誰も欠勤の連絡を受けていない。
(あぁ、新人によくあるバックレか、あの子はしないと思ったんだけどな)
神谷のバックレ疑惑が浮上し、この世界の唯一の彩りが俺の中で消えようとしていた。だがいつまで経っても消えることのないその色は、自分の中で何か希望を捨てたくないという現れなのか、より輝きを増しながら僅かに揺らめく。
その時だった、朝礼を終えるころに社員が連絡事項を告げに朝礼に混ざる。
「あーあと神谷は欠勤の連絡があった。腹痛らしい、まぁしょうがないな女の子だからな」
その言葉を聞いて俺は安堵の息を漏らし、暗雲立ち込めていた視界にはまた暖かい色彩が小さく揺らめいていた。
(例え向こうに彼氏がいたとしても今は楽しい。いい子なのは確かだ、仕事仲間として育てていこう。)
少し肌寒さが増し、街は早すぎるのではないかと思うほど赤や緑、ゴールドといったクリスマスカラーでうめつくされていた。
「神谷はどうせかれしとなんだろ?俺は今年も家族でクリスマスパーティーかぼっちだわぁ…」
「え、私も彼氏はいないですよ?友達とは会いますが…」
「「ん……?……え…?」」
その一言はお互いに旋律を走らせた、衝撃的な事実であったに違いない。
お互い笑いあってから休憩が終わりなために自分の持ち場へ戻っていった。その声はクリスマスに浮かれているかのように少し明るいものであった。
『おせんべいありがとうございます!』
チャットアプリで送られたメッセージには、先程差し入れでもらったお菓子の横流しへの返事だった。
そこからはほぼ毎日のようにチャットアプリでの会話を楽しんでいた。こんな事は何年ぶりなのだろうか。
しかし、浮ついた心は到底何も見えていない。朝起きた時の目覚ましの時計なんて誰が見るものだろうか。
「やっば…」
それは完全な遅刻を示しており、慌てて飛び起きてはいつもより雑な支度を済ませ仕事場まで急いでいった。
最近は浮かれてはいるものの、やはり仕事や学校でのストレスがたまり正常な判断もできず、私生活に影響が出てしまっていた。
そしてチャットアプリにも影響が出ていた。
『最近ストレスが…癒やしがほしい…』
普段けしてこんなことはいわないのだが、ストレスの影響と少し心を許している相手なだけに、こんなことを送ってしまったのだ。
5つも歳が下の子ならば他にもっと都市の近い異性のほうがいいだろうと、行為を寄せている反面返事がいいものではないと思っていた。
『私が癒やしになりましょうか?』
それは願ってもない返事であり、即座におねがいしますといいそうになったが、やはり年の差は気になる。
その場は当たり障りもなく、断りも受け入れもせずにおわった。
後日、仲のいい社員と飲みに行く機会があり名前は伏せて相談してみることにした。
「…ということでなやんでいるんですよ。受け入れたいのにおれなんかでいいのかって。」
だが、その社員はどこか呆れたような嬉しいような表情しかせず、やれやれといった感じで予想外でいて、しかし心のどこかではわかっていた答えが返ってきた。
「いやだって、もう好きじゃん。悩むだけもったいなくね?デートしなきゃむりってんなら早くデートして付き合えよ。」
それは、的確でいて自分が一番求めていた答えなのかもしれない。
これで心は決まった。だが、どうやっても年を跨いでしまい、タイミングが悪い。チャットアプリでも良いのだがあれほど好意を寄せられている真っ直ぐな子なために、どうしても直接言いたいが彼女は早くに帰ってしまうためにタイミングが合わない。
しかし、そういうものは誰かが意図して操作したかのように舞い降りて来る。
「おつゆ、今日申し訳ないけど早上がりでよろしくな」
これはチャンスである。そう思ったときにはチャットアプリで家まで送る旨を伝え了承も得た。
それから彼女が仕事場を出るまで待ち、彼女の家まで送った。
自分の自宅からは反対になるがこのチャンスを逃してしまうともう二度とない気がした。ここで決めなくては。
そう思うと緊張してしまいなかなか話に持ち出せないまま、彼女の家の近くまで来てしまった。更に彼女には門限もあるためなお焦ってしまう。
だが、女の子に気持ちを伝えられて男の俺が何も出来ないのはどうも違う。やるぞ。そう思って口を開いた。
「なあ、神谷。ちょっといい?」
「なんですか?」
こわい。色々な逃げる理由はなんだってつけられる。だが、何か前に進むための理由は1つしかない。かわるんだ。
「もし、こんなんで良ければ、なんだけど、俺と、付き合う?」
「え…?え!いいんですか!」
「こんなんでよければね(笑)」
そして月日は経ち、今日は彼女の誕生日。
かねてより欲しかったものを二人で作りに来た。
「指輪のサイズはこちらでよろしいでしょうか?」
「はい。大丈夫です。石はダイヤモンドで。」
2人は素材や加工の相談をし、せっかくなのではめ込む石を相談した。
赤や青、黄色に緑、様々な色が意味を持ちそれぞれが彩りを見せる中でより一層輝き、見方によればすべての色が彩り、閉じ込め溢れだすダイヤモンドにした。
それから銀色の棒状の物を丸くしていく。プロに手伝ってもらいながら、シンプルであっても手の混んだオリジナル。
この世に1組しかない2つの輪っかを作ってそれを指にはめた。サイズ感は丁度よく違和感もない。
「本日はありがとう御座いました。」
2人は、工房を後にし門限までブラブラといつものようにデートしながら帰路についていた。
「ねぇ、彩花。はなしがあるだけどいい?」
「なにぃ〜?」
あの日と同じ場所同じ雰囲気でどこか懐かしく、暖かいものを感じつつもあの日前に進めた場所でまたもう一歩進もう。
「これまで色んなことがあっていい事も、楽しいことも、嬉しいこともあった。時には良くないこともあったり、辛い時期もあったけどどんなときでも彩花といられて幸せだった。だから、これからもずっと一緒にいてほしい。いや、ずっと一緒にいたい。だから改めて本気で結婚を前提に付き合ってほしい。というか、まだ婚姻届とか出せないけど二人の間では結婚したい。だから言葉を変えるね。結婚してください。」
あの日退屈で色褪せた世界はもうどこにもなく、彼女のまるで太陽に照らさた花の様な笑顔が、ダイヤモンドの様な雫に反射して俺のすべてを彩っていた。