『初級魔法すら使えない奴は廃嫡だ!』と追放された劣等魔道士は《魔法のランプ》に封印されていた大賢者と修行して最強へと至る〜名誉貴族になったので戻ってこいと言われても無理ですから〜
もう何回挑戦しただろう?
いつまで経っても僕は魔法が使える様にはならない。
魔法を使うための魔力の存在は知覚できている。
魔法を使うための魔力の流れだって理解できている。
それでも魔法は使えない。
──どうして僕だけが魔法を使えないんだろう?
※ ※ ※
「レイン、今日を持ってお前を廃嫡とする」
「……っ!」
「十五歳になっても、未だに初級魔法の一つすら使えんとは……。これ以上我がアレイスター男爵家の家名に傷をつける前に出ていけ」
父は淡々と告げた。
僕の事を見ようともせずに。
僕はどうしてか魔法が使えなかった。
貴族にとって魔法が使えないというのは致命的だ。
貴族は魔法の技術を独占する事によって特権階級として君臨しているんだから。
滅多にいないが平民でも魔法が使えれば貴族に召し抱えられる可能性は極めて高い。
貴族は魔法の技術を流出させないために、どれだけ無能であろうとも生活を保障される。
それでも僕の様に魔法が一切使えない、となれば話は別だ。
追放しても魔法の技術が流出しようがないからだ。
だから父は僕を追放しようとしているのだ。
全く魔法が使えない僕と違って、二つ年下の弟ユーグは既に初級魔法をいくつも修得している。
更に『そろそろ中級魔法の練習を始めてもいいんじゃないか?』と父が嬉しそうに言っている姿をついこの間見かけた。
その優しい声色、穏やかな笑顔、それは僕には一度たりとも向けられたことのないものだった。
「返事はどうした、まさか文句でも言うつもりか?」
父は不機嫌そうな態度を隠そうともしなかった。
「いえ……父上の命令に従います」
「それでいい」
その日初めて父と目が合った。
だが、その目は僕を見ていなかった。
僕はおそらく風景の一部としてしか映っていないんだろう。
「あぁそうだ、餞別代わりにこれでもくれてやる」
父はそう言って傍においてあった黒いランプを僕に向けて放った。
突然の事で驚いたが咄嗟にランプを掴む。
そのランプは薄汚れてサビついている。
相当古い物だと一目見て分かった。
全く手入れされてない……。
大方部屋の整理でもしている時に見つけて処分し忘れていたものだろう。
「売れば一晩くらい宿に泊まれるだろう。後はどこへなりとでも行って、好きな様に生きろ」
父は言い終わるより先に席を立った。
僕は何も言えずにその後ろ姿を見ている事しかできなかった。
※ ※ ※
屋敷から出た僕は、ひたすらに走った。
これからどうすればいいのか? という不安も、どうして魔法が使える様にならないんだ? という葛藤も考える余裕すらない程全速力で……。
レンガ造りの煌びやかで大きな屋敷が立ち並ぶ貴族街を抜けると、人こそ多いものの寂れた雰囲気の旧市街に辿り着いた。
僕はついに息が切れて走れなくなってしまった。
それでも一瞬たりとも立ち止まらない。
足を止めたその瞬間に絶望に飲み込まれてしまいそうだったから。
「死にたくない」
肩で息をしながら呟いた。
行く当てはどこにもない、お金だって持っていない。
それでもこのまま死んでたまるか。
野垂れ死んでたまるか。
そうだ、生き延びていつか後悔させてやるんだ。
僕を見限った事を、僕を捨てた事を。
「でも、どうすればいいんだよ」
僕には何もない。
魔法の使い方を教えてくれる師も、共に戦ってくれる仲間も。
それ以前に日銭を稼ぐ手段すらない。
「やっぱり魔法なんだ。魔法がないとダメなんだ」
とぼとぼと歩き続けながら考えていると、気付けば人気のない川辺まで来ていた。
──もし魔法が使えたら。
街の外に現れる魔物を駆除する冒険者として日銭を稼ぐ事だって可能だ。
家督の継承順位が低い低位貴族たちと同じ扱いをしてもらえるかもしれない。
それくらい魔法が使えるというのは戦力的価値がある。
そこで冒険者として名を上げれば、父を見返す事ができるかもしれない。
「それでも、最初の一歩が踏み出せないなら……」
僅かな可能性に縋って、僕は魔法を使おうと手をかざした。
使おうとしているのは初級魔法の《マナアロー》
魔力を炎や氷に変質させる過程が存在しない、最も単純で簡単な魔法。
体内の魔力がかざした手先に集まっていくのを感じる。
そしてそこに魔力の矢のイメージを付与して射出する。
それで《マナアロー》は使えるハズだった。
「……知ってたよ、使えない事くらい」
手先に集まった魔力がそのまま何にも変質する事無く、霧散していく。
結局奇跡は起きないんだ。
変わる事のない現実を知って絶望したその時だった。
服に入れてあったランプが突然震えだした。
「なんだ……なんだよこれ」
驚いて服の中からランプを取り出すと、それは眩く光っていた。
いや、でもこれは光というより……魔力?
その光の正体に気が付いた瞬間、ランプの口から煙が溢れ出した。
僕は呆気に取られて、動く事すらできなかった。
やがて煙は人の形となり……
「ぶはぁ~」
煙は女の子になった。
※ ※ ※
ランプの口から出てきた少女は、僕を見つけると、
「問おう、貴方が私のますたぁか?」
威圧するかの様に言った。
ただ残念ながら、見た目が小さくて可愛らしい少女の姿である事、そして甲高い声のせいで全く迫力はない。
それでも目の前で起こっている事が信じられず言葉が出てくる事はなく
「ますたぁ……?」
というマヌケな声を漏らすばかりだった。
きっと誰だってそうなるはずだ。
「おーい、君だよ君。私を出してくれたのは君だろ? 名前は?」
「僕はレインですけど……僕は何も……」
「嘘ついたってダーメ、だぞ? 君が私に魔力を注いでくれたおかげで、私はこうして目覚める事ができたんだからね」
再び口を開いた少女は、先ほどと打って変わって朗らかな口調で話しかけきた。
話を聞く限り僕がこの少女を目覚めさせたらしいが、僕にその自覚はない。
「確かにさっき魔力を集めたけど……というかそもそも君は一体何なのさ?」
「こいつは失敬! 私は古の大賢者が一人、ランファちゃんだよ! 聞いた事くらいあるよね……? あれ、ない感じ?」
大賢者ランファ、その名前にはもちろん聞き覚えがあった。
遥か昔、世界の危機を救ったと言われている大賢者だ。
だけど……目の前にいる自称大賢者は、伝え聞いたランファの姿、人物像と大違いだ。
本物はもっと理知的で……厳かで。
「あ~、この姿だから疑っちゃった?」
心を見透かしたかの様にランファは問いかけてきた。
「えと、はい……」
「まぁ、それもそっか! 今は必要最低限の魔力しかもらえてなかったしね」
「その事なんですけど……魔力がどうとかって言うのは一体?」
話の流れで、僕が魔法を失敗した時に霧散した魔力に反応してランファが目覚めたんだろう、という事は理解できた。
しかし、そんな微々たる魔力で目覚めるくらいならもっと前に目覚めていてもおかしくない。
どうして今になって目覚めたんだろうか?
「あ~、これの事? 魂を封じ込めるっていう《魔法のランプ》に私を封じ込めたらどうなるか試したらさ、出れなくなっちゃったんだよねぇ……」
「えぇ……」
大賢者とは思えないマヌケな理由だ。
やっぱりこの人……
「偽物じゃないのか? って疑っているな!」
「まぁ、ちょっと怪しいなとは思ってます。って……さっきから僕の考えてる事が分かってるみたいですね」
「まぁね、この位どうって事ないよ。試してみる? それでちゃんと心が読めてるって分かったら私が大賢者だって信じてくれるよね?」
「分かりました……!」
心が読める魔法なんて聞いた事がない。
もしそんな事が本当にできるなら、目の前でフワフワ浮いてるこの少女こそが大賢者と認めざるを得ない。
「まず最初に……君は今、悩んでいるね?」
「……っ!? 確かに僕は今とても悩んでいます」
「そしてそれは人間関係についてだね?」
「……はい」
確かに僕は人間関係、家族に縁を切られてどうしようか悩んでいた所だった。
まさかそれを見抜いているのか?
「そして君は……魔法に関しても悩んでいるね」
「すごい! 確かに僕はどうしてか魔法が使えずに悩んでいます」
「へぇ~、魔法がねぇ」
「……? 知ってたんじゃないんですか?」
「いやいや何でもないよ! 更に君は……足を怪我した事があるね?」
「どうしてそれを……!? もう治っているはずなのに」
昔、転んで足を挫いた事がある。
どうしてその事を知っているんだ、やはりランファは本物の大賢者なのか?
……あれ、でもこれって心読むのと関係無い様な?
まぁいっか。
「どうだい? そろそろ私が心を読めるって分かってもらえたかな?」
「はい! あなたこそ本物のランファ様だと確信しました」
「ランファ、で構わないよ。レインは今、私のますたぁなんだからね」
「なら……ランファ、そのさっきから言っているますたぁって言うのは何?」
ランファが目覚めて一番最初に僕に言ったますたぁという言葉。
あれは一体どういう意味なんだろうか?
「あれは……ノリだよ」
「はぁ……」
「君もあるだろ? なんか変わった言葉使いたくなったりとかさ」
「いえ、僕は別に」
「まあそんな事どうだっていいか! それより、だ。レイン、私は君に頼みたい事があるんだ」
ランファは変わらず朗らかに、それでいて今までより真剣な眼で僕を見据えた。
頼みたい事、って言われても全く想像できない。
僕にできる事があるとしたら精々そのサビだらけの《魔法のランプ》を綺麗に磨く事くらいだ。
「私を目覚めさせた時みたいに魔力を注いで欲しい。熱くて、濃いのをたっぷりだ!」
「言い方どうにかならないんですかそれ……」
「まぁまぁ、細かい事はいいじゃないか。それより、だ。どうやらこの《魔法のランプ》の封印を解くためには大量の魔力を注ぎ続ける必要があるらしいんだ。そこで君の魔力が必要ってわけ!」
ランファは僕を真っすぐに見据えていた。
僕はランファの様に心が読めるわけではないけど、ランファが言っている事は本当だと思えた。
ランファは僕の父とは違う。
真剣に僕の事を見て僕が、僕の魔力が必要だと言ってくれた。
ここまで本気で誰かに頼りにされた事なんて一度たりともなかった。
できる事なら助けてあげたい。
けど……初級魔法すら使えない僕に、大賢者であるランファを助ける事なんて本当にできるのか?
「僕の魔力が必要って……僕は初級魔法すら使えない落ちこぼれなんですよ!」
「君が……? 君ほど多くの魔力を持ってる人間は私の知る限りほとんどいないんだが……」
「嘘だ! だったらどうして僕は魔法が使えないんですか?」
「魔法が使えない? そんなはずは……いやもしかして」
ランファはそう言ったきり、黙り込んでしまった。
真剣に何かを考えている様に見えるが、風でフワフワと浮いているせいかふざけている様にしか見えなかった。
そのまましばらく黙り込んでいたが、突然何か思いついたのかニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべだした。
「なぁ、物は試しだが……ちょっと全力で魔力をランプに注いでくれないか?」
「だから僕は魔法が使えないって……」
「でも魔力操作はできるんだろ? 魔法を使う必要はない、ただランプに手をかざしてそこにありったけの魔力を集めるだけでいい」
「……分かりました」
言われるがままにランプに手をかざす。
魔法を使おうとする時と同じ、体内で魔力を練って、その全てを手のひらの先に集めるイメージで……。
そしてその魔力を……ランプに注ぐ!
その瞬間、さっきの様にランプがぼんやりと光を帯びた。
ランプを持つ手に熱が伝わる。
何が起こったかは分からないが、上手くできた事だけは分かった。
「おぉ~、レインの魔力、しゅごいのぉ~」
するとランファが恍惚として湿っぽい息交じりで声を漏らした。
不意に周りに誰かがいないか気になってキョロキョロしてしまう。
なんて声だしてんだ……!
「言われた通りやりましたよ! これがどうしたんですか!?」
ランファは満足げな様子で頷いている。
どうやらランファにとって好ましい結果になったらしい。
「ふむ……そうか、やっぱりそうだ」
何か分かったのかランファは、確かめる様に僕と《魔法のランプ》を交互に見た。
そして腕を組んで俯いた。
気になって声をかけてみたが、ランファは完全に自分の世界に入っていた。
僕の声は全く届いていないらしい。
そして考えがまとまったのか、再び顔をあげた。
「レイン、君と取り引きがしたい」
「僕と、ですか?」
「あぁ、君とだ。なぁに、これは君にとってもいい話だと思うぞ」
ランファは再び人の悪い笑みを浮かべた。
※ ※ ※
「私は《魔法のランプ》に封印されてて困ってる。君は魔法が使えなくて困ってる。そうだろ?」
ランファの言葉に僕はただ頷いた。
魔法が全く使えない悔しさで、いつの間にか唇を強く噛みしめていた。
「君が今後私を封じる《魔法のランプ》の封印を解いてくれるまで魔力を注いでくれるなら、私は君が魔法を使える様にしてあげようじゃないか」
ランファの言葉を聞いてすぐ、目を伏せていた僕は顔を上げた。
今までどれだけ頑張っても一度たりとも使えなかった魔法が使える様になるかもしれない。
真偽はどうであれ、今の僕は何にでも縋りたい気持ちだった。
だから即座に首を縦に振った。
もし、これが悪魔からの提案でも今の僕は迷いなくその提案に乗っただろう。
「なら契約成立だ。君は筋がいい、今はまだ全然だが五年もすれば僕の半分程度の魔力量を持てる様になるだろう」
「それって……多いんですか?」
「当たり前だろ? 私の魔力はそこら辺の魔導士百人分が持つ魔力に匹敵するんだからな」
「その半分……って事は、五十人分の魔力!?」
大賢者であるランファが百人分の魔力を持っているのはありえない話ではない。
でも僕が本当にその半分もの魔力を手にできるのか、全く信じられなかった。
「約束もした事だし、チャチャッと君が魔法を使える様にしてしまおうか」
「……僕は本気で悩んでいるんですが」
「それは悪かった。でも種明かしをすれば君もすぐに納得するだろうね。なにせ分かってしまえば笑えるくらい単純な事が原因なんだから」
ランファはイタズラをたくらむ子供の様に、ニッと笑った。
どうやらランファは本当に僕が魔法を使えない理由が分かっているらしい。
「君が魔法を使えない理由は単純さ、君の魔力が多すぎるからだよ」
「……それだけですか?」
「ああ、それだけだとも」
長年の悩みの答えがあっさりと提示された。
確かに単純だが、それがどうして魔法が使えない理由になるのか僕にはわからなかった。
「要するに、だ。君は10もあれば満杯になる《マナアロー》の箱に、100も200も魔力を詰め込もうとしていたのさ。そうなれば当然の箱は壊れて、魔力が霧散して終わる」
「そんな……単純な事に僕は今まで気が付かなかったのか」
「どうだい? 笑っちゃうくらい簡単な話だろ?」
確かに、ランファの言う事が本当なら笑うしかない。
これまで僕はずっと魔力が足りないから魔法が発動しないんだと、ずっとそう考えてきた。
だからずっと魔力量を伸ばす努力をしていたというのに……。
どうして今までそんな事に気が付かなかったんだろう。
「その気持ちは分かるよ。私も同じ悩みを抱えていたからね」
「ランファも、同じ悩みを?」
「まあ私は天才だから二年かそこらで解決したけどね」
「大賢者でも二年かかったなら、僕が気付かなくても仕方ない、か」
ずっと引っかかていた胸のつっかえが取れた気分だ。
なんだ……俺はそんな事でずっと悩んできたのか。
「それが分かれば後は簡単だ、100も200も魔力を詰め込んでも壊れない箱、つまりは魔法を使えばいいんだよ。それこそ上級魔法とかね」
「最初に使う魔法が上級魔法か……悪くないな」
「私が教えてあげるよ。君が望むなら、だけどね」
「ランファ……いや師匠! よろしくお願いします!」
「いいね、任された。僕の修行は厳しいから覚悟するんだよ」
あるのかすら分からない物を探すより、あると分かっている物を探す方が断然楽だ。
どれだけ厳しい修行だろうと、今なら耐えられる気がした。
そして、僕は程なくして初めての魔法、上級魔法を使う事に成功した。
※ ※ ※
師匠と修行を始めて五年が経った。
魔法が使える様になったおかげで、冒険者として生活費も稼げるようになった。
そして着々と実績を重ね、最上位冒険者であるSランクまで登りつめた。
師匠との修行、そして学んだ事を冒険者の仕事の中で実践していく。
そんな充実した日々を送っているうちに、父を見返したいという気持ちもいつの間にか無くなっていた。
もう父の事はどうでもいい、というのが俺の偽らざる気持ちだった。
「あの……レイン様。こちらまたお手紙をお預かりしてまして」
ギルドに顔を出すと、職員の一人から声を掛けられた。
「どうせまたアレイスター家からの呼び出しでしょ? そっちで処分しておいてくれないか?」
「うぅ~……分かりました」
「悪いね、いつも迷惑かけて」
冒険者として実績を積んでいく度に、アレイスター家から僕に接触を図ってくる様になった。
僕を一方的に見捨てたくせによくそんな事ができるとな、ともはや関心していた。
もう放っておいてくれたらいいのに。
※ ※ ※
それからしばらくしたある日、僕はギルドから緊急の招集を受けた。
ギルドにつくと、あちこちから怒号が飛び交っている。
どうやら只事ではない様だ。
普段なら僕の姿を見つけると駆け寄ってくるギルド職員も、僕がギルドに来た事に気が付く様子もない。
「ねぇ、レイン。これは面白そうな事件の匂いがするよ」
服のポケットから師匠がにゅっと顔を出した。
声も弾んでいて緊張感のかけらもない。
「師匠、ギルドにいる時は出てこないでください。バレたら絶対大騒ぎになるから」
「大丈夫だって、どうせこれだけ混乱してたら誰も私に気づかないさ」
師匠は相変わらずイタズラな笑みを浮かべている。
師匠の事がバレたら絶対面倒な事になるので、人前では姿を見せない様にしているのだが、野次馬根性が自制心を上回ったらしい。
「あぁレインさん! 大変です、王都が大変なんです!」
ようやく気が付いたギルドの職員が縋る様な目で僕に迫ってきた。
壊れた様に「大変です!」と連呼する職員を落ち着けて、詳しい事情を聞いた。
聞くところによると、王都東の大森林で魔物によるスタンピードが発生し、王都に向けて侵攻しているとの事だった。
一部の貴族が部下たちを連れて対応に当たったが、勢いは全く衰えていないそうだ。
それで冒険者ギルドの方にも協力要請が出て、僕も招集されたという事らしい。
「頼みますよぉ! 今王都で動けるSランクの冒険者はレインさんしかいないんですからぁ!」
ギルドの職員はもはや半泣きで、駄々をこねる子供みたいになっていた。
気持ちは分かるが取り乱しすぎだ。
「どうするかな……」
スタンピードを相手にするとして、その後が面倒くさい。
貴族からの勧誘は元実家のアレイスター家といくつかの下級貴族からだけだが、ここで思いっきり目立ってしまうと無視できない様な所から声を掛けられる様になるかもしれない。
……そうなるくらいだったら軽く魔物を間引く程度の働きで済ませるか。
数を減らして勢いを削げば、他の冒険者や貴族に任せても何とかなるだろう。
程よく手抜き、これでいこう。
と結論を出すと、服の中で《魔法のランプ》がガタガタと暴れだした。
なんて……これじゃ師匠に怒られるか。
下手に手を抜くなんて師匠が許すはずがない。
「分かりました、俺に任せてください」
「うわぁぁぁ……ありがとう、ございますぅぅううう!」
半ベソどころか本格的に泣き出した職員を振りほどいて、冒険者ギルドを後にした。
※ ※ ※
緊張した面持ちで剣を構える冒険者たちの防衛ラインを通り過ぎて、最前線に躍り出た。
そして既に避難したのか誰もいない見張りの高台に降り立った。
「これは……思った以上だな」
見れば大量の魔物が地面を埋め尽くすかの様に向かってきていた。
小型の魔物ゴブリンから、大型の魔物オーガまで。
多種多様な魔物が血走った眼でこちらに向かって近づいてきていた。
「これはこれは……いいねぇレイン、中々の絶景じゃないか」
「これを見てそんな呑気な事を言えるのはさすが元大賢者様ですね……」
「迫りくる敵! 後ろには守るべき人々! こんなシチュ、燃えない方が変だよ!」
危機的状況だというのに、師匠は随分と楽しそうにしている。
喧嘩を遠巻きに見る野次馬の様だ。
「さぁレイン! 派手にやっちゃってくれたまえ!」
「分かってますよ、派手に行けばいいんでしょ派手に」
「あ、でも! 今日僕に注いでくれるだけの魔力は残しておくんだぞ? 今の僕は君なしでは生きていけない体にされてしまったんだから」
「またそんな言い方を……」
五年前のあの日から、毎日の様に《魔法のランプ》に魔力を注いでいる。
それでも師匠の封印を解くには至らない。
師匠曰く、まだ必要な魔力の半分程度しか貯まっていないらしい。
それでもいつか……師匠の封印を解けたなら。
「撃ち方、はじめぇええ!!」
「超級魔法 《インフェルノ》!」
その一撃で魔物の半分を消滅させる。
何が起こったのか分からず、魔物の軍勢の足が止まる。
これじゃダメだ。
師匠なら今の一撃で片をつけてたはずだ。
「帰ったらまた色々聞かないとな……」
そして僕はそのまま残りの魔物を一匹残らず倒しきった。
※ ※ ※
「冒険者レイン、この度は大義であった」
胃が痛い。
どうしてこうなった。
豪華絢爛な王城の一角。
正面には王様と、脇を固める様に立つ、大勢の貴族。
その末席には元父がいた。
そのど真ん中に僕は跪いている。
視線が痛い。
早く帰って修行の続きがしたい。
王様から直々に呼び出しだ。
さすがに無視する事はできなかった。
「この度の功績を讃え、レインに名誉伯爵位を与える」
「……っ!?」
青天の霹靂だった。
精々報奨金を貰って終わりだと思っていたのに。
いや、貴族位というのはつまり……?
僕をこの国に留めておきたいって事なんだろうか。
それにしても一代限りとはいえ伯爵位か。
アレイスター家が男爵家だから、上位になってしまったわけか。
と俺を追い出した元父の事を考えると、
「お待ちください」
「アレイスター男爵、不敬だぞ!」
王の横に居た別の貴族の制止も聞かず、元父は続けた。
「恐れながら申し上げます! そこにいるレインは我がアレイスター家に連なる者、よって彼の功績は我がアレイスター家に帰属する物でございます」
「ふむ……レイン、それは真か?」
「いえ、私はアレイスター家と何の関係もありません」
「そういうわけだ、アレイスター男爵」
「レイン……貴様ぁ!!」
憎らし気な声が響く。
王様は呆れた様な顔で元父を見ていた。
僕が視線を向けていた事に気が付いたらしく王様はこちらを向くとにやりと笑った。
多分、何もかも最初から分かっていたんだろう。
※ ※ ※
「どうだい? 自分を捨てた父を見返した気分は」
「師匠……あれはただの自爆ですよ」
「なんだい張り合いのない、父を見返すためにずっと頑張ってきたんじゃないのかい?」
「今の僕にはもっと大事な目標があるんですから」
見返したい、その気持ちが原動力となっていたのは事実だ。
その気持ちがなかったら、僕はどこかで折れていただろう。
でも師匠と修行している中で、そんな事がどうでもよくなった。
風が吹けばフワフワとどこかに飛んで行ってしまいそうで、触れる事すらできない。
幻の様な師匠じゃなくて、
「それじゃあ今日も頼むよ」
「はい、行きますよ」
「いいよ! レインくんっっ! 来てっっ!」
「そのくだり飽きないんですか?」
──封印を解いて本物の師匠に会いたい。
そしてその時僕は、師匠に本当の気持ちを伝えるんだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
面白いと思って頂けたら、ブクマ登録や下の☆☆☆☆☆から評価していただけると励みになります。