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73 優しい手

泥濘(ぬかるみ)に足を取られたように前に進めない。

浮遊感に包まれたと思ったその次の瞬間には、あっという間に地面に叩き付けられた。


いや、地面では無い。

水だ。

しりもちをついた場所を見ると、底の浅い池のようだった。

大きな丸い葉っぱと白い綺麗な花があちらこちらに咲いている。澄んだ水が私を囲うように波紋を広げていた。


(私、死んだんだ)


また、雲上(うんじょう)に戻ってきたらしい。

あの息苦しさと痛みはもう何処にも無い。

ほっとしつつも、変な場所に落ちてしまったなと立ち上がろうとした時、聞き覚えの無い声が背後から聞こえた。


「誰だ?」

「え?」


振り返る。

そこにいたのは、瑠璃(るり)ちゃんでは無い子供だった。背丈は同じくらいだろうが、雲上で見たことの無い少年だ。

青い質素な服に、傷を負ったのか、あちこちに手当の跡がある丸い顔。それが無ければ、きっと綺麗な顔だろう。

紺碧の空に紛れそうなふわふわの髪の男の子が、池の傍に立っていた。

怯えたような顔が、すぐに警戒を帯びて私を睨む。

ユーゴさんに何も知らされていない子だったのだろうか。


「私は、ミコ。ユーゴさんに会いたいんだけど、どこにいるか知ってる?」

「ミコ……?ユーゴ?誰だそいつは。どうしてここにいる。その服は……兄上の侍女か?」

「え……?」


思わず自分の体を見下ろすと、確かに延で着ていた服のままだった。

兄上──見当がつかない。

首を傾げた私に対して、その少年は納得がいったのか、一人で頷いている。


「ちょうど良い。その花をとってくれ」

「あの、私は」

「命令を下すのがおれでは(いや)か?」

「んん?そういう事じゃなくて、ユーゴさんか瑠璃ちゃんに会いたくて……」

「知らない。いつまでそこにいるつもりだ、兄上は今日は帰らないぞ。どうせする事がないのだから、おれにつきあえ」

「はぁ……」


幼い割に、口がたつ。何処と無く逆らえないオーラを持つ男の子に、流されてしまった。

手元にあった花をとりあえず言われた通りに一輪手折り、池から出る。

倒れていた時も浅かったが、立ち上がると本当にその池の小ささが際立って見えた。

どこかひっそりと奥まった場所にあるその池は、以前雲上に来た時には見つけることが出来なかった。

濁りもせず、苔の生えた様子も無い。頻繁に手入れされていることが伺える。


「はい、どうぞ」

「侍女なのに、どうしてそんなに分不相応なんだ」

「だから侍女では無いって……言って、る」

「ん?」


少年に白い花を手渡して、その背後を見て思わず言葉を失った。

似ている。

延の後宮に、背後の建物がよく似ているのだ。

並び立つ大きな太い柱は、より鮮やかに塗り替えられ、所々に武器を携えた人が立っている。

けれどその全てが、私達が見えていないかのように誰一人としてこちらを見る者はいなかった。


「ねぇ、ここは雲上、だよね?」


祈るような声色で尋ねた私の期待を、首を振った少年がいともたやすく裏切った。

雲上とは聞いたことも無いと。


「兄上の好色さにはほとほと手を焼いているとは聞いていたが、ここまで見境が無いとは……、はあ。ここは後宮の離れだ。本当に何も知らないのか?」

「後宮……」

「西州、白蓮宮(はくれんきゅう)。おれたちの生活する場だ。侍女ならそれくらい教えてから連れてくれば良いのに……余程へんぴな所から拾われてきたのか?」

「西州……?西州は、滅びたんじゃ」

「何言ってる。滅びたなら、お前がいるここは何になる」


いいから早く来い。そう強い口調で話を終えた男の子が、私の手を引いて建物の中へと入っていく。

小さな手なのに、その手を振りほどいて逃げることは叶わなかった。

呆然としていたせいかもしれない。


通り過ぎるどこもかしこもあの場所に似ている。

手を引かれて歩く私に、郷愁に近いものを呼び起こした。


あっという間に大きな扉の前まで連れてこられ、少年が私を見上げる。

上から下まで見定めるような眼差しを寄越すと、繋いでいた手を振り払い、まるで汚いものを見るような態度で大袈裟に罵った。


「汚いな」

「えっ」

「この部屋に入るからには、もっときちんとしろ」

「そんな事言われても、急に連れてこられたし……」

「知るか」


理不尽だ。怒ったように唇を尖らせた少年に睨まれ、ため息をつく。

とりあえず水浸しなままなのを何とかしようと法術で水分を飛ばすと、薄い色彩の瞳が大きく見開かれた。


「おまえっ妖怪か!?」

「ち、違う違う!法術、()()()()()!もしかして、見たことがない?」

「無い。なんだそれは」

「こうやって……ほら」

「……あぁ、そうか。母上と同じ」


少年の目の前に人差し指を突き出すと、完全に威嚇したように体を縮こませた彼に弾かれそうになる。

落ち着かせようとゆっくりと声をかけながら、白い花の周りを方術で小さな水滴が踊るように回らせる。

それを見て、瞳を輝かせた男の子はかぶりを振って顔を片手で覆うともう一度念を押すように確認する。


「妖怪では無いんだな」

「違うよ。侍女です」


もう何度侍女では無いと言っても聞き入れて貰えなかったので、そういうことにする。

ほら見ろと言わんばかりに鼻を鳴らした少年が控えめに扉をノックすると、中から女性の声がした。


(不思議なリズムで叩くんだ)


二回や三回なら何度かこの世界でも聞いてきたが、何かのリズムを取るような独特な叩き方だった。


「どうぞ」

「失礼します」


緊張したような様子に、首を傾げる。

ここへ来るまではあんなに嬉しそうにしていたのに、急にどうしたのだろう。

許可をもらって扉を開くと、薬草のあの独特な苦い香りが鼻腔をくすぐる。それとはまた違うむせ返るような嫌な臭いに思わず鼻を覆うと、男の子が部屋の奥へと駆けて行った。


「あらあら、甘えん坊ね」

「違います!これは、転んだだけで」

「ふふ、そうね。手に持っているのはなあに?わたくしに見せてちょうだい」


ほっそりとやせ細った女性が、ベッドに横たわっていた。そこに小さな体で駆け寄った少年が、倒れ込む。

息を飲むほど美しい女性だった。

聖母のような微笑みを浮かべて自分と同じ色の小さな頭を撫でる。その手つきすら、どこか浮世離れして見える。

女神や天女、果てには天使といった大袈裟な例えすら烏滸がましいような女性。部屋へ踏み入れようとした足が、その迫力すらある美しさに思わず止まってしまった程だった。


(すっごい、美人……)


美男美女には慣れたつもりだったが、上には上がいるとは本当らしい。

基本的に、見た目の良い人は大抵が中身とのバランスでプラスとマイナスの要素が半々ほどであったり、むしろ残念なところが多いと思っていた。

けれどどうだろう。ここに、心根まで綺麗そうな女性がいるではないか。


少し頬は痩けているが、さらに肉付きが良くなれば完璧だろう。目元の隈が、薄化粧の下からもうっすら透けて見える。


(体調が悪いのかな?)


少年と同じ深い青色の長髪はベッドに流れ、その女性の輪郭を浮き出していた。

白い肌は、あの花と並ぶとよく映える。

あの男の子が花を持っていきたがった理由が分かった。


抱きついたように見えたが、女性にそう指摘されると頬を染めてぶんぶんと首を横に振って否定する。

思い出したように握り締めていた花を差し出すと、彼は満面の笑みを浮かべた。

私には見せなかった年相応の、可愛らしい笑顔だ。


「はい。蓮池から、取ってきました!母上がお好きな花だと先生が言っていたので」

「あら、折ってしまったの?」


差し出した少年の頭を撫でた女性が花を受け取ると、静かに顔を曇らせる。

親子らしい。少年も傷がなければ目鼻立ちは整っているし、髪の色もそっくりだ。彼がもっと柔和に笑ってくれればよく似た親子に見えるに違いない。


「……いけませんか?」

「花も、生きているのよ。そう無闇に手折っては可哀想ですもの」

「と、とったのはあの侍女です!」


男の子が突然私を指差す。それでようやく私の存在に気付いたのか女性が口元を覆って「どなたかしら?」と訊ねた。


ずっと立ち止まっていただけなのに、気付かれなかった。

小さな疑問を押しやって、その穏やかな警戒に真正面から立ち向かう。


侍女と嘘をついた手前、あまり後には引けない。

慌てて頭を下げると、「こちらへ」と手招きされる。

そのまま男の子の居る反対側につくと、細くてしなやかなその手に捕らえられてしまった。


「新しい侍女の方?」

「兄上の侍女だと」

「そう。あの人のでは……無いのね」


ほっとしたように息を吐く女性を、心配そうに男の子が覗き込む。

実は、と事情を説明しようとした所で、また扉を叩く音がした。

温かな手が離れ、心細いような気持ちに襲われる。

初対面の女性にどうして、こんなに心を許してしまうのだろう。


「はい」


背筋を伸ばして答えた彼女の顔は、先程とは打って変わって凛としていた。気品を携えながらも、芯がある応え。


「失礼致します。静花(ジンファ)様、こちらに公子様はいらっしゃるでしょうか?陛下がお探しに」

「まぁ」


困ったような顔をした女性は、静花──ジンファ──というようだ。また難しい名前だ。

彼女は少年を見下ろすと、その頬を両手で包む。


「公子様。先生がお探しになられているようですけれど」

「も、申し訳ありません。どうしても、母上に花をあげたくて」


公子と呼ばれた少年は、この男の子だったらしい。扉と母親とを交互に見つつ、罪悪感に押し潰されそうな苦しそうな顔で花を見つめる。

茶化したように扉の外の男性の口調を真似た彼女が、その綺麗な唇の端を上げる。


「ふふ、そのようね。でも良い?わたくしがいつも言っているように」

()い人でありなさい。ですか?」

「そうです。例え王になれずとも、強くは無くとも……貴方は西州の立派な公子だということを忘れてはなりません。兄上達がいずれ王となる時に支えられるように真面目に勉強しなくては、善い人にはなれないでしょう?」

「──はい。母上がそう望むなら」

「いいえ。貴方が望んだ道を進むのです。これは、その時に貴方が好きな道を選べるようにするための準備なのですよ」



母親に諭され、男の子が頷いた。

名残惜しそうに離れると、「ここに居ます」と高い声で返事をする。

扉の外で安心したように男性が笑った。


「では、行ってまいります母上。侍女……母上を頼む」

「えっ?え、ええ。かしこまりました」

「行ってらっしゃい、(ぜん)


観念したように背を曲げてとぼとぼと私達──いや、母親から離れると、少年は扉を開けて相手を確認することもせず頭を下げた。


公子といえば、王の息子のはずだ。

そのいわゆる王子が頭を下げる相手とはつまり、王だろうか。


緊張しながらその先を睨むと、扉の隙間から長髪の男性が見える。長いクリーム色のその髪は後頭部で半分ほどをまとめあげている。

甲冑のような固い防具を全身に纏い腰には大きな剣がぶら下がっていた。


ユーゴさんでは無い。

無骨そうなその男性がこちらに向かって会釈をすると、隣の女性も同じように軽く微笑んで頭を下げた。


無言のやり取りの後、大きな扉が閉まる音が響き無情にも天女のような女性と二人きりになってしまった。


王子の母親とは、とどのつまり。

そういうことである。

何とか首を飛ばされませんようにと願いながらこちらから会話をぎこちなく始める。


「善、って──」

「貴女、侍女では無いでしょう」


私の言葉を遮って、女性がそう言い切る。

無理矢理上げた口角が、ぴきりと悲鳴をあげた幻聴がした。

戸惑いながらも頷いた私の手を、先程のように握ると「緊張しなくていいわ」と優しく語りかけてくれる。


「私、何も知らなくて……無礼なことを」

「やだもう。そういうのはやめてちょうだい。わたくしも侍女なのよ、元だけれど」

「へ?」


母親というより、レナや侍女仲間の鈴玉(リンユー)達となんら変わりない気さくな態度で接してくれる。


「静花よ。善以外の公子様……どなたかが選んでこられたのかしら」

「それは」

「言いたくなければいいのよ。誰にだって、秘密はあるもの。せめて、名前だけでも教えてくださらない?」

「あ……ミコ、と申します」

「そう。ミコ、素敵な響きね」


若々しいとは思っていたが、私とそう年が変わらないようにすら見える。

戸惑いながらも名前を告げると、なんの躊躇いもなく受け入れられる。ミコとは、名乗ってはならない名なのに。

不思議とわだかまりを解されていくような、心を開かずにはいられないような魅力をまとった人が、静花様だった。


「わたくしなんて、運良く公子を産めただけの侍女だもの。皇后様のように尊ばれるような存在では無いのよ」

「静花、様」

「善が間違えて連れてきてしまったのね、ごめんなさい。本当は何のためにここへ来たの?」

「私、私……分からなくて」

「あら。そう焦らなくてもいいのよ。ほら、これを見て」


真実を告げて、見捨てられはしないだろうか。そう疑ってしまう私を、まるで赤子をあやすように優しく静花様はゆっくりと撫でてくれる。

先程善と呼ばれた少年から受けとった白い花を目前へと持ち上げると、私が折った断面から茎が伸びて蕾をつける。


「えっ」

「天からの贈り物なの。少ししか、使えないのだけれど。見たことは無いかしら?」

「私も、水の法術は使えます。植物を使う法術があるのですね」

「あら、貴女も使えるの?法術って言うのね……嬉しいわ、周りにはほとんど居なかったものだから」


蕾が成長し、花をつける。

白い花弁の先についた水滴を浮かせて弾くと、嬉しそうにその向こうの花の(かんばせ)が綻んだ。

なんて儚い笑顔を浮かべる人なのだろう。


緊張感から解放され、全てをさらけ出したくなる。


「私、きっと死んだんです」

「でも、わたくしは貴女に触れているわ。こんなにも、温かいもの」

「雲上に行くはずだったのにここへ。ここは、西州なんですか?」

「そうよ。王の治める豊かな西州……私の故郷」

「そんな……どういうこと」

「事情がありそうね。座ってちょうだい」


手を引かれ、静花様の使うベッドに腰を下ろす。

所々言葉に詰まりながらも事情を伝えると、静花様は否定せずに最後まで私の話を聞いてくれた。

訳の分からない話ばかりだろうに、優しい人だ。


「善に似ているわね。泣き虫さんで」

「す、すいません」

「謝らなくてもいいわ。わたくしはそんな善を愛しているもの。泣くことは悪い事では無いのよ。その後にどうするかが大事なの」


頬を拭ってくれた静花様は何かを噛み締めるようにそう言葉をかけてくれる。


(善……)


嫌な予感だった。

青い髪に善という名。私の知る彼とは別人のようだが、どうしても、気にかかる。


「善、とは。あの公子様のことですか?」

「ええ。まだ陛下から真名(まな)も頂けてないからわたくしが身勝手につけた字名(あざな)で可哀想なのだけれど……あの子はあの名が好きだと言っていてね。他にも公子様が沢山いらっしゃるから、丈夫な体に産んであげられなかったせいで……あの子はきっと王にはなれないの。母親も、ただの侍女で後ろ盾も無く……きっとすぐにわたくしは死ぬでしょう。その時、一人になってしまうあの子が不憫(ふびん)で仕方がないの」

「静花様が?」

「ええ。数年前からずっと、体を壊していて。もう一人で歩く事もままならないの。もう身篭ることすら出来ない女なんて、後宮には不要だというのに。陛下のご慈悲で、こうして最期のときを待ち続けているの」


真っ直ぐに正面を見据えて語る静花様が居なくなってしまうなんて、想像もつかなかった。


「ときのけだったらどうするんだと責められてしまって、本当はこうして貴女と話していることも、良くは無いのだけれど……こんな風に、善以外の誰かと話すことなんて本当に久しぶりで。ごめんなさい」

「ときのけ……とは、なんですか?」

「動物から人へ。人から人へと伝染る病よ。医官が見てくださったのだけれど、原因が分からないと言われてしまって。ときのけでは無いとは分かっても、もう手遅れなの」

「そんな……」

「陛下はそんなわけが無いとおっしゃってくださったのだけれど、子供の産めない身体になる病なんて、後宮では御法度でしょう?今ではもう、宦官の方くらいしか部屋を訪れなくて……貴女のように若い侍女や下女なんて、もうずっと見ていないわ」


道理で、ここへ来るまでに女性の姿を見る機会が減っていたわけだ。

この部屋の独特な臭いも、きちんと管理が行き届いていないかららしい。


「私、私に静花様の侍女をさせてください!」

「でも、もしもミコも身篭れなくなったら?陛下は、時折貴重だという薬湯を持ってきてくださるのにその効果も出ずに……不甲斐ないの。最後まで何一つとして残せずに、死んでいく。そんなわたくしに仕えようなんて莫迦なことを言わないで」

「そんな心配ないです!少なくとも私は、そんな病気知りません。こうして同じ部屋にいて気分も悪くないですし、むしろ静花様とお話できたおかげで元気です!」

「貴女……」


嘘だ。病気についてなんて全くといっていいほどほどに知識がない。絶対なんて言えるはずはなかった。

それでもここで食い止めなければ、彼女の心が先に折れてしまう気がして、言葉が理性より先に走り出た。


「私は、今日貴女に出会ったばかりで何も知らない身分ですが、静花様はお優しい方です。こんな不審な者を突き出さずに、お話まで聞いてくれて、素敵な方です!そう卑下なさらないでください、貴女はとても素敵な人です」

「……初めて、そんな風に言ってもらえたわ」

「皆静花様の優しさにあまえているんです、きっと。言わなくても伝わるだろうって……だから、善、くんもあんなに、貴女のことが好きで」

「……そうよね。わたくしには、善がいるものね。ごめんなさい。やっぱり死ぬのは怖いみたい……こんな弱気になってしまうなんて」

「おかしくありません。誰だって、死ぬのは怖いです。私も、凄く怖い。出来れば死にたくない。そんなの、当たり前です」


死んでここへ来たと告げたから、彼女が不思議そうな顔をすることは無い。

ずっと怖かった。

やり直せるからと言っても痛みは無くならないし、その時の記憶が全て消える訳では無い。

じんわりと近づいていく死とはまた違うだろうけれど、それでも何かを伝えたくて必死に言葉を紡ぐ。


息を呑んだ静花様は瞳を閉じてじっくりと言葉をかみしめるように頷いた。


手探りで袖の中などからなにか拭えるものがないかと狼狽えるが、静花様がそんな私を手で制した。

その目には、先程よりも強い光が見える。


「貴女になら、善を任せても良いかしら」

「はい……?」


私は静花様の侍女になるとは言ったが、あの少年のことは想定外だ。


「後ろ盾が無いとは、言ったわよね。ついさっき迎えに来てくださった先生──(りゅう)将軍は特別善に目をかけてくださってるの。けれど彼一人では、きっと善を支えきれない。わたくしを失った時に道を誤らないように、どうか善を守ってください」


私の手を握って懇願する静花様が、頭を下げようとする。

それを止めようとするのに、細いその体からは想像もつかない力で抵抗される。


「どうか、あの子が幸せに生きていけるように、導いてあげてください」

「静花様……!私に頭を下げるなんて」

「これくらいしか、わたくしには出来ることが無いの。母親として、もう。これだけしか……」


か細い声は涙を堪えているのだと、震えた手が如実に伝えてくれた。


ゆっくりと頷いた私を見てようやく静花様の震える手から力が抜けた。


「ありがとう」


こんなにも重たく胸に残る言葉は、後にも先にも無いだろう。

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